〜もうひとりのセカンドチルドレン〜 ■ Tenth Act …… 夜を越える隙間の中で ■
Presented by 史上最大の作戦 夜になると、司令室から窓を見ても、何も見えない。人家のない場所にここNER Vドイツ支部は建設されているから、室内の明かりを消すと星の光以外見る事はでき ない。 ブランデーグラスを片手に、ウィンストン・ミズーリはソファに横たわっていた。 「いよいよ、明日か……」 ほんの少しアルコールの香る声で、ミズーリ司令は呟いた。 聞く者は、彼自身以外は、目の前に座る加持しかいない。 「明日、ですな」 その加持は水割りのグラスをちびちびとやりながら答える。あまり熱心な回答とは 言えない。 「私の一存では決められなかった……それほどに、あの二人の間には明確な差がなく、 そして二人ともすばらしい才能の持ち主だった」 「一つよろしいですか、司令」 「私に答えられる範囲ならな」 「アレックスを……パイロット候補生に選んだ理由を、お聞かせ願いたいのですが」 「マルドゥック機関が選んだから……というのは、理由にはならんか?」 瞬時に答えた司令だが、喋る途中で躊躇いが出た。アルコールのせいにしたいとこ ろだ。 「ええ」 加持も酔眼だが、芯は醒めている。 じろりとその目を見返して、 「どういう答えを君が欲しているのかは分からんが……」 と呟き、グラスから琥珀色の液体を一口。 「ある程度なら、君も知っているだろうが……、私は、彼と彼の母親を棄てた人間だ」 「……」 加持は無言である。返答に困ったような顔。 「別にやむにやまれぬ理由があったわけでもない。ただ心が離れた。これは正直な気 持ちだ。人の心に理由なんかない時だってある」 「はぁ」 「君にも経験があるだろう、加持君」 ぴくりと、加持は眉を動かした。 言いたい事が二つあった顔だ。 一つは、「どうして俺と葛城の事を知っているのか」という疑問。 もう一つは、「俺はあんたと違って、子供が邪魔で別れたわけじゃない」という糾 弾。 だがどちらも口にしない。 代わりに口を開いたのは、ミズーリ司令の方だった。 「……贖罪、だな」 「は?」 「息子への贖罪と言えば、通るだろう」 「罪滅ぼしに、アレックスに候補生という地位を与えたのですか?」 「地位ではない。チャンスだよ」 「……」 「私は彼に、パイロットになれるチャンスを与えた。それ以上の物は与えない。人類 の守護神たるエヴァのパイロットになれる機会を、私は罪滅ぼしの代わりに彼に与え た」 「……」 「彼は期待通り、いや期待以上の働きを見せてくれた。正直、この最終選考まで残る とは思わなかったよ」 「司令」 「何だね?」 加持の視線は、既にアルコールの気配を失っていた。 「彼がそれを喜ぶかどうか、お考えになったのですか?」 何をか言わんやという顔で、ミズーリは加持の顔を見た。 「考えるまでもないだろう。私にできる限り、最大限の物を与えられたと思うが。汎 用人型決戰兵器のパイロットになれる機会……世の中の99パーセント以上の人間が 無縁の、ほんの一握りの人間しか選ばれない枠なのだよ」 「……」 「だが、私にできるのはここまでだ。明日のテストが全てを決める。アレックスか、 アスカか。勝った方に、『セカンドチルドレン』の名称が与えられる。今のところ、 どちらがその名を奪い取るか、私には予想できんがな」 「……」 「もう一杯、どうかね」 と言ってウィスキーのグラスを手向けたミズーリ司令だったが、加持は手にしたグ ラスをテーブルの上に置いた。 「……明日がありますので、そろそろ失礼します」 「うむ」 鷹揚に頷く司令の顔を見ずに、加持はドアをくぐった。 自室へ向かう廊下を歩きながら、加持は呟かずにはいられなかった。 「……これだから、軍人って奴ぁ……」 アスカは再び捻転した。 「……う〜ん」 シーツが皺だらけになる。その感触がまた不愉快で、唸らずにはいられない。 眠れないのだ。 緊張……なのだろうか。今まで何度もこういった「分かれ道」に立ったことのある アスカだが、眠れないなんて事は生まれて初めてだ。 エアコンは機能している。寝苦しいなんて事はない。 前の日に眠りすぎたという事もない。ちょっと頭の中で計算してみても、眠くなっ て当然なのだが。 頭の中のどこかが冷めているのか、熱くなっているのか。神経が研ぎ澄まされてい て、全く意識が沈まないのだ。 「……う〜ちくしょ〜……」 またしても羊の数が分からなくなった。分からないなら分からないで適当に数えて いればいいのだが、律義に最初から数え直す。そんな状態だから余計に眠れない。 こうなったら円周率を頭の中でどの桁まで計算できるか挑戦しようかと思ったが、 いざ熱中すると恐らく紙とペンを出したくなるだろう。そうなったら最後だ。絶対に 眠れない。 かくしてアスカは依然としてベッドの中で唸っている。 眠れない心当たりなら……多分、あれだろう。 明日、アスカと対戦する相手の事だ。 (……あいつ……) 自分の出生を話すアレックスの顔は、何だかひどく寂しげだった。いつもと変らな い表情と口調だったのに、どこか翳を背負っていた。 (やっぱ、似てるかな……) アスカと。 やはりどこかで、アスカと似ているのだ。あるいは同じと言ってもいいかもしれな い。 アレックスは、孤独な少年だ。その事がよく分かった。 その事に関して言えば、アスカの方がまだましだったかもしれない。 少なくともアスカの両親は、既に他界している。 この場合、自分を棄てた相手が生きている方が、より孤独だろう。 (だから、ああなのかな……) と何気なく考えて、そしてアスカは自分自身の考えにハッとした。 (……!) だから……なのか? アレックスは先日、アスカにこう言った。 「心の動きを、だな。遅くするんだ。そうすれば痛みも感じないだろ」 ……だからだ。 だから、アレックスは、鈍い「ふり」をしているんだ。 そのままの精神状態なら寂しくて悲しくて、心が押し潰されてしまうから。 何もかも心の表面だけで受け止めていれば、傷つかない。 深い喜びもない代わりに、耐え切れないほどの悲しみもない。 心を柔らかい毛布でくるんで、心に鍵をかける。 それが、両親に裏切られたアレックス・カーレンの身に付けた「処世術」なんだ。 「……」 アスカは身じろぎもしなかった。 どこまでもアスカに似ている。そして、全然正反対だ。 アレックスも……アスカも、弱い心の持ち主だ。 「心に素直になろう」などという人間は、自分が強い事を知らない人間か、あるい は傷ついた事のない人間だ。 もしも心に素直になったら、アスカもアレックスも、傷の深さと重みで壊れてしま う。 アスカは……その心を鎧で覆った。「天才少女」という名前の鎧を着せた。誰も寄 り付かない、寄り付く事のできない「プライド」という甲冑は、外から見る分には傷 を隠してくれる。 アレックスは……水の底に沈めた。全ての感情の動きを否定し、全ての流れを受け 止め、表面を滑らせて、落とす。 それが……惣流・アスカ・ラングレーとアレックス・カーレン。 ルビーとエメラルド。 紅玉と緑玉。どちらも同じ宝石のに、全く正反対の色。 同じなのに、正反対。 「同じなのに、正反対……」 アスカの唇から、心が流れ出た。 視線を少し動かすと、窓から星が見える。セカンドインパクト後の塵の影響だろう か、少しだけ黄色っぽく感じられた。 「……綺麗……」 思わずため息が出た。 目を凝らすと六等星まで見える。 「当たり前か」 そもそも「人間の視力で見る事のできる最低限の星」が、六等星なのだから。 人々の営みに関係なく、人の作る等級やランク付けに関係なく、星は時と回転を同 じくして巡り続ける。時間の流れの作り出す螺旋階段を回りながら、いつ終わるとも 知れぬ高みへと登り続ける。 時間の前に時間はある。そのまた前にも時間は存在する。帰納法的にどんどん時を 遡れば、どこに辿り着くのだろう。 「時間の始まり」という物は、存在するのだろうか。だったらいつ?その前は何が あったのだろう?いや、そもそも「始まり」の前には時間は存在しない…… …… …… …… ……やっと、眠くなってきた。思考があっちこっちへ飛んでいる。 アスカは肩まで毛布をかけた。 「……何もかも、明日か……」 今は気にせずに眠ろう。目を閉じると、ようやく自己の責務を思い出したらしい睡 魔が忍び寄ってくる。 眠りの淵に腰のあたりまでつかった頃、アスカが考えていたのは。 「どうせあいつのことだから、な〜にも考えずにグースカ寝てるんでしょうね……」 そして、それっきりアスカの意識は深い水に沈む。 ……アスカの予想は、外れていた。 少年は、ベッドの縁に腰掛けて窓の外を見つめていた。 時折瞬きする目だけが、室内でただ動いている物。 少年の目は、星だけを見つめていた。 変り続ける事に傷ついていた少年が、たった一つ「変わらない」と信じている物を。 信じられる物を。 そして、最終テストの日が、巡ってきた。 Eleventh Act へ続く ⇔ Ninth Actへ戻る 史上最大の作戦さんのシリアス書庫へ戻る このページとこのページにリンクしている小説の無断転載、 及び無断のリンクを禁止します。 |