夜風に吹かれながら、淳は、遠くの街の明りを見ていた。足元には、喫茶『憩』の屋根が見えている。先程まで桜子の様子を見ていたが、特に容態に変化がないので、問題なしと見極め、こちらへジョウントしてきたところだった。 「あっちが先に覚醒している以上、猶予はならないか……」 それでも彼には、躊躇いがあった。また同じことになりはしないか、またあの悲劇を繰り返すのではないか……だが、どんなに考えたところで仕方のないことだ。今、ガーディアンを目覚めさせなければ、《光》と《闇》のバランスを決定的に崩してしまう。それだけは、絶対に避けなければならないことだった。 「俺はいつもやりすぎるんだろうか」 2000年前に限らず、その前も、そのまた前も、いや、そもそも、始まりの時からそうだったのかも知れない………… 淳は、軽く頭を振って、ため息を吐いた。ここまで事態が進んでしまっては、やるしかないではないか。そう自分に言い聞かせ、ゆっくりと降りていった。 『憩』の2階。ちょうど、唯の部屋の窓のところで降下を止めた彼は、部屋の中を覗き込んだ。唯が机に向かっている。 淳は、深呼吸をすると、窓を軽くノックした。唯がこちらを向いた。驚いて、悲鳴を上げようとして、慌てて口を塞いでいる。 「唯ちゃん、窓を開けてくれないかな」 そう言ったのが聞こえたのか、唯は窓に近づくと、鍵を外した。 「緒黒先輩……」 「ごめんよ、こんな時間に」 「どうしたんですか?」 「昼間の約束を果たそうと思って」 「何が起きてるのか、教えてもらえるんですか?」 「……というより、思い出させてあげるってとこかな」 「?」 「中に入ってもいいかい?」 「どうぞ……」 淳は、空中で靴を脱ぐと、まるで壁をすり抜けたかのように、部屋の中へ入った。唯が穏やかに笑っている。 「昼間のことがあってから、何を見ても驚かなくなっちゃったみたい」 「え? ああ、壁を通り抜けちゃったんだね」 「緒黒先輩って、どうしてそんなことができるんですか?」 「どうしてって言われてもね……昔からできたとしか、言いようがないな」 「あの……」 「何だい?」 「本当に、緒黒先輩ですよね。いつもお兄ちゃんのことを庇ってくれた、あの緒黒先輩ですよね?」 「そうだよ」 唯の疑問ももっともだ。淳は、苦笑しながら、唯に言った。 「まあ、俺も、こんなことができることを思い出したのは、ごく最近だけどね」 まるで、何かを見極めるかのように、唯がじっと淳を見つめる。そして、ため息を吐くと、ベッドに腰掛けた。 「唯には、前の先輩と同じに見える……やっぱり本物の先輩ですよね」 二人はしばらく口を開かなかった。重苦しい沈黙が場を支配する。やがて、何か決心したかのように思いつめた顔をして、唯が淳に問い掛けた。 「どうして西御寺君は、あんなことをしたんですか? どうやって先輩は、唯たちを助けられたんですか? どうして……」 「唯ちゃん」 「はい……」 「ごめんよ。逐一説明してる時間はないんだ。それに、説明するより、唯ちゃん自身に思い出してもらった方が早いしね」 「……………………」 「実際、俺にも、まだ詳しいことはわからないんだ。まあ、そもそもの始まりは、あのブレスレッドだったんだけどね」 「ブレスレッド?」 「龍之介が納戸から見つけてきたブレスレッドだよ。憶えてない?」 「憶えてます……」 唯が少し顔を赤らめて答える。龍之介に関係のあることだったら、何でも憶えてるんだろうな。淳は、優しく笑った。 「あれは、俺の覚醒のための、マスターキーだったんだ」 「マスターキー?」 「そう。機が熟したときに、俺を覚醒させるためのアイテム」 「覚醒って……何をですか?」 「唯ちゃんが見たような、俺が本来持っている能力とか、過去の記憶とか、まあ、そんなものさ」 「どうしてそれが、家にあったんですか?」 「俺がそうなるように、手配したからだよ」 「え?」 「以前、記憶を封印する前にね。時が来たら、龍之介の親父さんから、龍之介を経て、俺のところに来るように、手配しておいたのさ」 「でも、あれはおじさんが、随分前に外国で見つけたって……」 「そう。17年前に、ドナウ河の沿岸で見つけたはずだ」 「……………………」 「今、腕につけてるけどね」 そう言って、淳は左腕を見せる。 「形が違う……」 「そう。元々はこういう形をしてたんだ。こいつを分析されると困るんで、何の変哲もない、ブレスレッドに変えてあったんだよ」 「…………」 「続けてもいいかな?」 「はい」 「それで、こいつが手元に来た日に、俺は覚醒し、何が起こり始めてるのかだけは、思い出したわけなんだ」 「何ですか?」 「………戦いだ」 「戦い?」 「宇宙が誕生してから、延々と続いてきた戦いが、また始まるんだ」 「宇宙が?……」 「今は信じられないだろうけどね」 「……誰と誰が戦うんですか?」 「そうだね……相反する二つの意志と言っても良いし、《光》と《闇》と言ってもいい」 「光と闇?」 「そう」 「それが、どうして唯たちに関係があるんですか?」 「それは……」 一瞬、淳は躊躇ったが、すぐに意を決して話を続けた。 「君が、その当事者だからだよ」 「え?」 信じられない。唯の顔は、そう言っていた。 「そうだね。今まで、普通の女の子として暮らしてきたのに、いきなり戦いだと言われても、それも、自分が戦うんだなんて言われても、信じられないよね」 「…………」 「でも事実なんだよ。だから、昼間のようなことが起こったのさ」 「あれは唯がいたから……?」 「唯ちゃんだけじゃないけどね」 「まさか……お兄ちゃんは、お兄ちゃんは、関係ないですよね? お兄ちゃんは、大丈夫ですよね?」 「………今のところは……としか言いようがない……」 嘘だ。必ず龍之介も巻き込まれる。桜子と龍之介の出会いが、それを示していた。だが、淳には言えなかった。 「そんな……」 「唯ちゃん」 「はい……」 「あれこれ説明してるより、君を覚醒させてしまった方が早い。そうすれば、君も何が起ころうとしているのか、理解できる」 「唯を……覚醒?……」 「そう。君の中には、もう一人、別の人間が眠っている。その人格と、君の人格を融合するんだ」 「唯の中の……別の人間?……」 「ごめんよ。もう時間がない」 淳は、唯の前に立ち、両手を唯にかざした。 「本当は、君がすっかり納得してからにしたかったんだけど、また今日みたいなことがあったら、どうなるかわからないからね」 「唯は……唯は、どうなるんですか?」 「……どうもならないよ……忘れていた事を思い出すだけ……」 これも嘘だ。きっと、思い悩むに違いない。くそっ! 俺がその原因を作っちまったんだ。こんな嘘をついてまで、この子を巻き込まなくちゃいけないなんて! 「唯は……どうしてればいいですか……」 「記憶が蘇るとき、強烈なフラッシュバックがくる。多分、気を失うだろうから、横になってた方がいい」 「はい」 唯は、素直にベッドに横になり、目を閉じた。 「いつでも良いです」 「じゃあ、始めるよ……」 淳の両手が仄かに輝き始める。そこから、光の泡が生まれて大きくなっていき、唯の体を包み込んでいく。最初はじっとして動かなかった唯の体に、びくっと痙攣が走る。 「そんな……」 唯の口から、微かに言葉が漏れる。淳は、目を閉じて、歯を食いしばった。 「そんな……そんな……そんな!……」 記憶が蘇っている……悲しい過去の記憶が…… 「いや……行っては駄目……駄目ぇ!」 既に唯の体は、まばゆいばかりの光に包まれている。おそらく、激しく痙攣しているはずだ……淳は、そう思うと、涙が流れるのを止めようがなかった。 「いやぁ!……お願い!……お願いぃ!!!」 絶叫と共に、唯の口から鳴咽がもれているのがわかる。覚醒プロセスは始まった。後は、目を覚ますのを待つだけだ……唯の体を包んでいた光がゆっくりと薄れ、消えていく。唯は涙を流していた。 ごめんよ…… 淳は、顔を伏せると、ジョウントアウトした。 「唯! どうした! 唯! 唯!」 龍之介の叫び声と、ドアを激しく叩く音が、唯の部屋に響いた。 助けて! REM君! 「京子ちゃん!」 REMは、慌ててベッドから起き上がった。しまった! 畜生! 俺としたことが。つまらん感傷に浸ってる場合じゃなかった! そのままREMは、テレポートし、桜木邸に程近い道路に出た。 「京子ちゃん! 京子ちゃん!」 辺りには誰もいない。 「くそ! 確かにこの辺りだったのに!」 しきりに周りを見回すが、やはり人影はない。ふと、道端に落ちている鞄に、彼の目が止まった。 「これは!……」 ひもで止めたマスコットに、「KYOKO」の文字。 「やられた……」 がっくりと肩を落とし、鞄を抱きしめる。 「俺としたことが……俺としたことが……」 鞄を抱えたまま上空へテレポートし、辺りをスキャンする。しかし、京子の気配すら感じ取る事ができない。更に、次元構造全体にまでスキャン範囲を広げる。だが、やはり、京子の存在を感知する事はできなかった。 「どこか余所の次元へ連れて行かれたのか……」 そこまでは、彼の能力をもってしても、京子の存在を見分ける事はできない。全く痕跡を残さずに、京子を連れ去った敵に向かい、彼は力の限り叫んだ。 「見てろよ!! 必ず京子ちゃんを取り戻してみせるからな!!!」 いずみの部屋で寝ていた友美は、ふと目を覚ました。そのまま耳をすませる。 誰かが、呼んでるわ……誰? ベッドで寝ているいずみを見るが、穏やかな寝息を立てている。 (やだわ。神経が過敏になってるのかしら?) だが、またしても彼女は、自分を呼ぶ声を聞いた。 (まさか?) いずみを起こさないよう、そっと布団から出た彼女は、パジャマの上に制服の上着を羽織ると、静かに部屋を出た。そのまま廊下を進み、玄関へと向かう。すると……誰かがそこに立っている。 「ひっ!」 「し! 俺だよ、友美ちゃん」 「誰?」 目を凝らして見る。そこに、淳が立っていた。 「緒黒先輩?……どうやって中に?」 いずみの家は、さすがに、篠原重工という大会社の社長邸宅らしく、厳重なセキュリティが何重にもかけられている。それをかいくぐって中へ入る事など、普通の人間にはまず無理だからだ。 「ちょっとした特技があってね。それより、出てきてくれたってことは、俺の声が聞こえたんだな」 「あれは……先輩が?」 こんなところから呼んだって、聞こえるはずがない。第一、聞こえるほどの大声なら、いずみの家のものも起きてくるはずだ。 「説明するには、ちょっと込み入ってるけどね。それより、今、いいかな?」 「一体、何を……?」 「昼間のこととかね、君に理解してもらわなくちゃいけないことがあるんだよ」 「昼間の事を? じゃあ、いずみちゃんも……」 「駄目駄目。今は君だけでないと、駄目なんだ」 「どうしてですか?」 「込み入った事情があってね。それより、ちょっとそこを動かないでくれるかい」 淳が両手を水平にのばすと、微かにキーンという音がし、周囲の景色が微妙に変化した。 「今、何を?」 「結界を張ったのさ。いくら夜中でも、こんなところで話をしてたら、誰かが聞きつけて起きてくるからね」 「結界?……」 「そう。一時的に、この空間をさっきまでいた次元から、切り離したんだ」 「次元って……一体何のことです?」 「誰も邪魔しに来ないから。まずは、そこに座って」 何だか訳がわからないといった表情ながらも、友美は素直に、廊下に座り込んだ。 「つまりね。この宇宙は、極めて小さい構成要素の特性が原因で、無数の世界が同時に存在する、多次元構造をなしているんだ」 「はあ……」 「この世界でも、理論的には、その構成要素の存在が仮定されてるよね。『超ひも』というのを聞いた事ないかい?」 「物理の本で読んだ事があります」 「さすがだね。で、その『超ひも』が様々な形態をとることで、クォークの特性が決定され、そのクォークの組み合わせで、素粒子の構造が決定されているわけなんだが、その肝心の『超ひも』は、様々な固有振動を持っていてね」 「はい……」 「振動数が同じものは、互いに結びついてクォークを形作るけど、少しでも振動数が異なると、相互に干渉しあうことがない。それで、同じ宇宙の中なんだけど、全く環境や大きさの違う次元が多重に存在する事になるんだけど……」 「はあ……」 「ちょっと、難しすぎたかな?」 「少し……」 いくら友美が頭が良いと言っても、理論物理学を学んだことがある訳ではない。実際のところ、ちんぷんかんぷんだった。 「まあ、結界って言うのは、ある次元空間だけを、一時的に別の次元に移す事だと思ってくれれば良いよ」 「はあ……」 「それより、今はそういうことを話に来たんじゃないんだ」 「え?」 「昼間のことを、いずみ君と話し合っていたんじゃないのかい?」 「ええ……でも、手がかりがなくて、全然進まなくて」 「だろうね。俺がこんな時間にここへ来たのは、なぜあんなことが起こったのか、君に思い出してもらうためなんだよ」 「思い出す?……どうやってですか? いずみちゃんと散々話し合いましたけど、思い当たることなんか、何もなかったんですよ」 「そりゃそうだろう。今の君は、何も知らないから」 「からかってるんですか?」 「違うよ。もう一人の君が、その答えを知ってるのさ」 「もう一人の私?……」 「そう。君の中には、もう一人、別の人格が眠っている。そいつが知ってるんだ」 友美は、目眩がしそうだった。もう一人の私? 一体、どこにそんなものが? 「必要のないときに、気がついたりしないように、封印してあるんだよ」 「どうして!……」 「考えてる事がわかったのかって?」 友美は、恐る恐る頷く。 「そういう力が俺にはある……としか説明のしようがないな」 「………」 「いずれにせよ、覚醒してしまえば、全てわかることだよ」 「覚醒……」 「そう。他に適当な言葉がないんで、そう呼んでるけどね」 「それって、私だけがそうなんですか?」 「察しがいいね。確かに、他にもそういう子がいるよ」 「昼間の4人の中に……」 「今、唯ちゃんの覚醒を行ってきたところだ」 「唯ちゃんが!?……」 「そう。2000年前、俺が君たちを封印した時に、覚醒トリガーの設定にへまをやらかしてね。唯ちゃんを振り出しにして、唯ちゃんの覚醒が、君の覚醒を用意し、君の覚醒が、また別の子の覚醒を用意するって具合に、連鎖状に設定を行ってしまったんだよ」 「2000年前!?」 「そう……2000年前、これから始まるのと、同じような戦いがあった」 「信じられない……だって、私、そんなに長生きしてません!」 淳は、苦笑いしながら答えた。 「そりゃそうだ。君はそんな、おばあさんじゃないよ」 「じゃあ、どうして2000年前なんて?」 「ある事情があってね。君と、君の仲間は、その2000年の間、封印された人格を持ちながら、転生を続けてきたんだ」 「転生?」 「そう。もちろん、今までは覚醒する事がなかったから、転生する前の記憶など残ってはいないけどね」 「………まるで、マンガか小説みたいですね」 「信じられないのも無理はないさ。でも、もう時間がない。いずれにせよ、覚醒すれば全て思い出す。悪いけど、今から始めさせてもらうよ」 「待って、まだ聞きたいことが」 「覚醒すれば、わかるさ」 そう言うと、淳は、友美に向かって、両手をかざした。光の泡が現れ、友美を包む。 「こ、これは?……いや……やめて下さい!……」 「ごめんよ。そんなわけには、いかないんだ」 「いや!……やめて!……い……」 友美の体が、完全に光の泡に包まれた。 「以前も君はそう言った……なのに、無理矢理戦いに引きずり込んでしまった……今回も、同じだ……謝ってすむことではないけど……ごめんよ……」 淳は、光の泡から顔を背けながら、ぽつりと呟いた。 カチャリ。龍之介の部屋のドアが開いた。時刻は、午前3時。音を立てないように、静かに部屋に入ってきたのは、唯だった。 先程まで、龍之介は美佐子と一緒に唯を看ていた。突然の悲鳴。そして、原因不明の昏睡。普段は、冷たい態度を取っている龍之介が、涙を流さんばかりに、必死で看病した。唯は、目を覚ましたときに、泣きながら抱きしめてくれた龍之介の体の温もりをはっきりと憶えていた。 唯は、そろそろと龍之介のベッドに近づく。龍之介は、唯が目覚めて安心したのか、ぐっすりと、寝入っている。 「お兄ちゃん……」 ごく小さな声で、唯は龍之介を呼んだ。 「唯、思い出しちゃった……」 唯の瞳から、大粒の涙がこぼれる。 「どうして唯とお母さんが、ここへ来たのか。どうして唯がこんなにお兄ちゃんのことを好きなのかも……わかっちゃった……」 涙をぬぐおうともせず、唯は龍之介の寝顔を見つめていた。 「今度は違うよね……今度は、あの時と違うよね……」 唯は、ベッドのそばに座り込んで、しばらくの間、小さな声ですすり泣いた。 「ううん……唯……」 はっとして顔を上げる唯。龍之介が寝返りを打って、こちらを向いていた。 「お兄ちゃん……」 再び、微かな声で呟いた唯は、龍之介に顔を近づける。 「唯を許してね……」 そう言って、龍之介の唇に、自分の唇をそっと重ねあわせた。やがて、唇を離した唯は、ゆっくりと立ち上がり、静かに部屋を出ていった。 「……うう……唯?」 龍之介が目を覚ます。微かに石鹸の香りが残っている。だが、家の中は静まり返り、物音一つしなかった。 チチチチ………雀のさえずりが聞こえる。友美は、ゆっくりと目を覚ました。昨夜、確か緒黒先輩と、夜中に話をして……いつの間に寝床に戻ったのかしら…… 「つっ!………」 頭痛がする。まだ覚醒のショックが抜けてないんだわ……覚醒? 覚醒って、どういうこと? 何で私、そんなことを考えたの? ええと、昨日は……昨日は…… 友美の思考が、そこで止まる。「昨日」の記憶が、いくつも同時に蘇る。何? どうして、こんなことを私は憶えているの? そんな馬鹿な! 昨日は昨日よ! 訳がわからず、パニックに陥りそうになった瞬間、記憶の断片が、パチンと音を立てて、あるべき所に嵌め込まれた。 ( 思い出した!………思い出してしまった………) いずみを起こさないように、そっと体を起こす。まだ、夜が明けたばかりのようだ。いずみの寝息が聞こえる。友美は不意に涙をこぼした。 (そうだったわ……私のせいであなたは……) 友美は、いずみの寝顔を見つめながら、悲しい記憶を辿っていた。 (あの人を追う事ができなかった……あんなに愛し合っていたのに……) そのことを憶えてすらいないなんて……皆、私のせいだ……「あの時」、私があんな事をしなければ、離れ離れにならずにすんだかも知れないのに…… 「ごめんね……」 こらえきれず、鳴咽を漏らしてしまう。何もかも思い出した。何もかも…… 「う……ん……友美?……」 いずみが目を覚まし、ぼんやりと友美の方を見る。 「友美? どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」 いずみは、慌てて布団を跳ね上げて、友美の傍らにしゃがみこんだ。 「ううん……何でもないの。そんなのじゃないから、心配しないで」 駄目よ。まだいずみちゃんに気が付かれては。涙を拭いながら、いずみを見た友美は、精一杯の笑顔を作って見せた。 「昨日の事を思い出したら、ちょっと悲しくなっただけ」 「昨日の事って……」 「一昨日までは友達だったのに、まるで、仇みたいな仕打ちをされたから……」 「うん……そうだな……」 いずみの表情が暗くなる。いくら話し合っても、いくら考えても、命を狙われる理由はおろか、西御寺や洋子に、何が起こったのかすら、結論が出なかった。はっきりしたのは、彼らが、「敵」になってしまったということだけだった。 友美が泣きなくなるのも無理ないよな…… いずみはそう思い、まだ鳴咽を漏らしている友美の肩を抱いた。 |