カウベル……というのを御存知だろうか?
 そう、あの喫茶店などにある、ドアに付いた鐘のようなモノで、開けるとカラカラ
と小気味の良い音を立てるアレである。
通常、来客を告げるモノなので、鳴らなければ困るモノなのだが、今そのカウベル
を鳴らさないようにドアを開け、中を伺おうとしている不貞の輩が、此処『Mute』
の前にいた。
 





『Lady Generation7』

構想・打鍵:Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。






 コソコソと中を覗こうとしているのは言わずと知れた龍之介。別にツケが貯まって
いるとかそういう事でコソコソしているわけではない。

「いない……かな?」
 ここでバイトをしている人間に言わなければならない事があるのだが、いたらいた
で覚悟せねばならないし、いなきゃいないで後々決心が鈍りそうだった。
 そんな彼の背中を不思議そうに眺める少女。
「なにやってんの? 龍之介。」
「どわぁっ!」
 いきなり探していた人物に声を掛けられた為、掛け値無しに23cmほど飛び上が
る龍之介。
「きゃっ……なによ、おっきな声出して。そんなに驚いた?」
「い、いや……はは。か、帰ってるかな……と思ってさ。」
 ちなみに彼女……愛衣は昨日までとある理由で外国にいたのだ。
 【とある理由=作者の陰謀】
「うん、昨日ね。中入れば?」
「そ、そだね。」
 確かにドアの前で立ち話をするのは営業的にも問題があるので、中に入り、カウン
ター前のスツールに腰掛ける。

「久しぶりねー、冬休み中になんか変わった事あった?」
 お冷やを目の前に置きながら、訊ねる愛衣に、
「う、うん。まあ、いつも通りの冬休みだった……かな?」
 本当なら思い切り変わった事があったのだが、言い出せない。
「ふーん。あ、これお土産。」
 そう言って、長さ50cm位の包みを龍之介に差し出す。
「あ、さんきゅ。……なにこれ?」
 海外のお土産と言ったら、『マカダミアンナッツ』か『白い恋人』(?)しか見た
こと無いので、痿しげにその包みをひっくり返したりする。
「ふふ。龍之介の為に奮発しちゃった。開けてみて。」
 はにかむ様な笑みで龍之介を見つめる愛衣。この様子から察するにまだ『あのこと』
は知らないようだ。
「悪いなぁ……」
 その笑みに果てしない罪悪感を覚えつつ、包装紙を丁寧に剥いでいく。

 ……それは朱色の箱だった。さらにその箱の蓋を開けると……
 中には、これまた長さ50cm位の棒のようなものが入っている。
「なにこれ?」
 そのを手に取り、掲げてみる。結構な重量で、3分の1位の所に切れ目が入って
いた。
「あれ? わかんない? ちょっと貸してみて。」
 そう言って、龍之介からその棒のようなモノを取り上げると、両端を両手で握り、
ゆっくりと左右に引き始めた。すると……切れ目の入っていた辺りから、銀色に輝く
何かがのぞき始めた。

 次の瞬間、一気にそれ引き抜いた愛衣は、そのままそれを龍之介の前のカウンター
に突き刺し、

 ガッ……

 それは……刃渡り30cmはあろうかという、いわゆる脇差だった。
「な… な… な……」
 いきなり刃物を突き立てられて声も出ない龍之介。そんな彼に、
「私が、なんにも知らないとでも思ったの?」
 先程までの笑顔は何処へやら、愛衣の表情は能面の様に無表情になっていた。彼女
は本気で怒っているとこういう表情になるらしい。

 龍之介の顔に、取って煮詰めたらガマの油が取れそうな汗が浮かぶ。腕の一本や二
本は覚悟していたが、折られるのと無くなるのとでは雲泥の差があった。
「い、いや、アレは作者の陰謀が……」
 【言うに事欠いて、俺のせいか?】
「やっちゃった事に変わりないでしょう? どーするつもりよ。」
「どーするって……やっぱり責任は……」
「誰への責任?」
「誰って……やっぱり……」
「……まあ、いいわ。私への責任は今、ここで取って貰うから。」
 そう言って突き刺した脇差に目を落とす。 
 こうなってしまっては覚悟を決める他はない。
「わかったよ……」
 言うや、小指を突き刺した脇差の根本へ置き、反対側の手で……
「ちょっと、なにやってんのよ。」
 そんな龍之介を愛衣が止める。

「でしょ? でしょ? やっぱりいくら何でも指を詰めるなんて……」
 額一杯にかいた汗を拭いつつ、安堵の溜息をつく。が……
「当たり前じゃない。小指一本程度で許せると思う? こっちよ。」
 つーっとお腹の辺りを指で横一線に引く仕草。
「……へ?」
 瞬間、龍之介の回りを流れていた時刻(とき)が止まった。

 ゆっくりと、脇差と愛衣の顔を交互に眺め見る。だが、状況は何一つ変わらない。
「あは、あはははは……じょ、冗談……だよね?」
「冗談だと思う?」
 一瞬の間も置かず言い返されてしまう。……とゆーことは……だ。

「きょ、今日は日が悪いから、また今度ということで……」
 ゆっくりとスツールを立ち上がり、ジリジリと下がり始める。
「逃げる気?」
「せ、戦術的撤退と言ってくれぇっ!」
 叫ぶや否や、龍之介は脱兎の如く扉へと駆け出した。……のだが、

 カランカラン……
 その扉が開き、とある人物が……
「きゃっ!」
「へ? うわっ……」 

 どっし〜ん!

「ご、ごめん。大丈夫? 愛美さん。」
 どうやらぶつかったのは愛美のようだ。
「いった〜い……どうしたの? そんなに慌てて……」
 その愛美の声は、龍之介にとって天使の声に聞こえた。
 【Angel Voiceか?】
「き、聞いてくれ愛美さんっ。愛衣が俺を殺そうと……」
 必死で訴える龍之介。正に必死だ。
「え……落ち着いて、順を追って話して貰える?」
 そんな龍之介を宥めるように愛美が訊ねる。
「じ、実はかくかくしかじか……」
 愛美は龍之介の説明を「ふんふん」と聞いていたが、

「……で、俺に『切腹しろ』って言うんだよ〜」
 龍之介に泣きつかれると、愛美は目を潤ませ、
「ひっ、ひどいわ愛衣ちゃん。いくら何でも切腹だなんて……」
「でしょ? でしょ? やっぱりそう思うでしょ?」
 敵だらけのダンジョンで、宿屋を見つけたような勢いで愛美にすがる。
「うん、いくら何でもひどいと思うわ。……お願い愛衣ちゃん、せめて介錯人を付け
 て上げて。」
「そうそう、介錯人ぐらいは……って、介錯人?」
 そう言ってまじまじと愛美を見る龍之介。今まで気付かなかったのだが、愛美は袴
姿だった。しかも、腰には何やら長いモノを下げている。
「あの、愛美……さん?」

「わかったわ、愛美。私も龍之介が苦しむ姿を見るのは少し辛いし……」
 【だったらやめてやれよ。】
「龍之介、愛美に感謝して……。」
 そう言って龍之介に背を向けると、肩を震わせ始めた。ひょっとしたら笑っている
のかも知れない。

 しかし愛美はそんな愛衣を気にした風も無く、
「わかりました。それでは不肖、安田愛美が介錯人を務めさせて頂きます。」
 言うやスクッと立ち上がり、腰のモノをスラリと引き抜く。

 瞬間、辺りに霧が立ちこめた。それもその筈、愛美が手にしていた刀は、『妖刀』
の誉れ高い『村雨』だったのだ。
『村雨』……その刀身は常に結露しており、振れば霧を呼び、使いこなせば亜空間の
モノすらぶった切るという特典付きの刀。その『村雨』が今、愛美の手に握られてい
た。

「あ、愛美さん! その刀は危険だ、それは術者の命すら奪ってしまうと云う……」
 後ずさりながら訴えるのだが、
「大丈夫、もう刀は私に力貸してくれるまでに使いこなせているから。」
 にっこりと笑いながら、刀を上段に構える。構えは上段だが、冗談では無いようだ。

「龍之介、男らしくないわよ。」
 振り向くと、先の脇差を握った愛衣の姿。
「私に刺されるのと、愛美に袈裟切りにされるのと、どっちが良い?」
「ど、どうせなら腹の上で……」
 【この期に及んで……】
「……愛美。」
 愛衣が愛美に目配せすると、愛美がこっくりと碌く。そして……

せーのっ!

 脇差が繰り出され、刀が振り下ろされる。それが最後の映像だった。ちなみに龍之
介の最後の言葉は
「夢なら覚めてくれ……」


 チュンチュン チチチチチ……
 【夢だった】

「うわぁぁ……っ!」
 ガバッと身を起こしたそこはベッドの上。
「……あれ?」
 思わず左右を見やり、それが現実の世界だと認識すると、思わず安堵の溜息を漏ら
す。
「はぁ……ゆ、夢か。」
 【当たり前だ。いくら何でもあそこまでハチャメチャに出来るか】
「ふぅ、しかし俺も相当欲求が溜まってるな。まさか唯にあんな事をする夢を見るな
 んて……」
 【そこまで戻す気か……】
 改めて部屋を見回し、時計に目をやる。
「ふわぁ。まだ7時前か……も少し寝よ。なんたってまだ冬休みなんだから。」
 そのまま背中からベッドに倒れ込む。
 ボスン!

「ん?」
 倒れ込んだ瞬間、妙な感じがした。ベッドのスプリングが妙な跳ね方をしたのだ。
そう、まるでベッドの上に自分以外の重量物が乗っているような……。
 恐る恐る目を横に向ける……までもなく、
「うーん…… お兄ちゃん。」
 ゴロンと唯が龍之介の方へ寝返りをうつ。
「なんだ、唯が一緒に寝てたのか。」
 妙な感覚の原因がわかり一安心した彼は、再び目を閉じ……

「……って、何やってんだ、おまえわっ!」
 慌てて跳ね起き、唯が被っている掛け布団をひっぺがす。幸い(?)な事に、唯は
パジャマ姿だった。
「ん? ……あ、お兄ちゃん、おはよ。」
 幸せ一杯の笑顔を龍之介に向ける唯。そんな唯に向かって、
「『おはよ』じゃないっ! いくら同居生活が長いとはいえ俺とお前は血が繋がって
 ないんだぞ。少しはお嫁入り前の女の子としての自覚を持ったらどうなんだ?」
 兄代わりとしての役目を立派に果たそうとする龍之介。
 【うんうん】
 が……
「でも……お嫁入り前の唯に、あんな事やこんな事をしたのは……お兄ちゃんだよ。」
 顔を紅く染め、俯き加減で、それでも嬉しそうに話す唯に……

 ちゅどん!

 彼の高尚な想いは吹き飛ばされた。慌てて首を巡らしカレンダーに目をやる。無情
なことにカレンダーは新しい年の物に代えられていた。
「ゆ、夢じゃなかったのか……」
 【当たり前だ。夢オチに2000ラインも費やせるほどの甲斐性はZekeにないっ!】
 呆然と呟く龍之介。しかし唯は気にした風もなく、
「夢じゃないよ。唯は、もう……お兄ちゃんのものだからね。」
“そっ”と幸せそうに龍之介に寄り添う唯。

 こうして今日も2人の幸せな1日が始まる……

            ☆            ☆

 さて、どのくらい幸せかというと……
「おはよう、友美ちゃん。」
「あ、おはよう唯ちゃん。今日から同じ学校ね(にっこり)」
 にこやかに朝の挨拶を交わす2人。それにならって龍之介も、
「おはよう友美。」
 が……、
「……つん(無視)」

「あ、いずみちゃん。」
「やあ……制服似合ってるじゃないか。」
 にこやかに朝の挨拶を交わす2人。それにならって龍之介も、
「よぉ、いずみ。相変わらず背が低いな。」
 だが……
「……つん(無視)

「みのりちゃーん。」
「あ……みなさん、おはようございます。」
 律儀に頭まで下げて朝の挨拶をするみのり。当然龍之介も、
「やあ、みのりちゃん……」
「……つんつん(無視)

 中略。
 そして極めつけは……

「相沢君、天野君、井上君、江戸川君…………山岸君、米本君、相田さん、飯島さん、
 江田さん、大川さん、加藤さん………篠原さん、杉本さん……舞島さん、水野さん……
 矢木沢さん、渡辺さん……新学期から欠席者が一人もいないなんて、先生安心しま
 した。」
 ホームルーム開始後の出欠取り、どうやら今日の欠席者は皆無らしい。ちなみにこ
のシリーズでの龍之介の名字は『綾瀬』である。

「あのー……」
 生徒の一人が弱々しく手を挙げるのだが、美鈴はそれを無視し、廊下の方へ顔を向ける
と、
「……入っていいわよ。」
 と、微笑み掛ける。
「せんせぇ〜、ボクまだ呼ばれてませ〜ん。」
 またも声が挙がるが、当然の如くそれは無視される。
『なんぱしが特定の彼女をつくると斯くも悲惨』……という典型的な例だ。
 ついでに言うと、その特定の彼女が同級生、なんて事になったら目も当てられない。

 ……んで、美鈴に促されて教室に入ってきた女の子は、髪の毛を頭の両側でお団子
にし、それをタータンチェックのリボンを結わえていたりする。
「今日から皆さんと一緒に学園生活を送る……鳴沢 唯さんです。」
 【お約束お約束】
「(しくしくしくしく……)」

 しかし嘆きモードに入った龍之介とは対照的に、
『おおぉっ! かわいいっ!!』
 1年A組の男子生徒一同からは歓声が上がる。もちろん同じクラスには唯に負けず
劣らずのかわいい娘がいるのだが、彼女達の想いは完瑣に一方向のみのベクトルしか
与えられていない為、今まで寂しい思いをしていたのだ。
 そこへ唯の編入である。沸き立つのも無理はなかった。

 ほんの僅かな間だけだったのだが……

 



 

「お兄ちゃん、これからよろしくね。」
「あのな……学校ではお兄ちゃんって呼ぶなって言ったろう。」
「えぇー……じゃ、あ・な・た。」
 【機種依存文字でなかったら、ハートマークが飛び交いそうな会話だ】
 天の計らい(=作者の独断)で目出度く隣の席同士になった2人。

『おい、龍之介。これは一体どうゆう事だ。』
 そんな2人を取り囲むように、1年A組男子一同が集まっていた。
『貴様! 水野、篠原それに桜子ちゃんに、みのりちゃん、挙げ句の果てに可憐ちゃ
 んにまでちょっかいを出して置いて……』
『にも係わらず、一緒に住んでいる女の子がいただとぉっ!』
『許さん! 許さんぞぉっ!!』
 【あー、うるさい】
 中には涙をこぼして絶叫する輩までいる。

 そんな状況の中でも唯は終始龍之介だけを見、
「でも、これからは唯のことだけを見てくれるんだよね?」
 こんな風に、幸せいっぱいの笑顔で腕に『ぎゅっ』としがみつかれたら、
「え……あ……う、うん。」
 【なんだその間は?】
 いかな龍之介とは言え、こう言わざるを得まい。

 ……その瞬間、
 ザザザザッ……!
 2人を取り巻いていた空間に異変が起きた。今まで2人を取り囲んでいた男子生徒
一同の塊が、文字通り四散したのだ。
 
「友美さんっ! 幼なじみに傷つけられた痛みは、この俺に癒やさせてくれっ!」
「可憐ちゃんっ! いつも側にいるから……君となら壁を越えられるから……例え君
 が『Angel Voice』だって……」
 【Angel Voice=音痴(ぉ】
「桜子ちゃんっ! 俺、木登り練習するよ。毎日会いに行くから……」
「みのりさ〜ん、素顔も素敵だけど、僕ぁ眼鏡に三つ編み姿の君が好きだぁ!」
 【節操の無い連中だ】

 そして残りの一人には……
「なんで私の所には1人も来ないんだぁっ!!」
 【欲しかったのか? じゃあ……】
「そんな事言わないでよ、篠原。僕がいるじゃないか。」
「……誰だお前は?」
「(えぐえぐ(/_;))やっぱり男のオリジナルは扱いが酷いや。」
 もちろん、男子生徒の誰一人として彼女達には振り向いて貰えなかったのだが……

 こんな風に、唯は『龍之介の恋人』という地位を、確固たるモノにしつつあった。

            ☆            ☆

 ……のだが、

 数日後……
 5時限目も終わり、後は6時限を残すのみの午後。

 バターン!
「きゃあ! 急にアレが来ちゃった。ねぇ、誰かアレ持ってない?」
 そう言ってトイレの個室を勢い良く出てきたのは唯。
 【良かったじゃないか、来て……】
 一緒に来た5人を哀願するように見回す。仲の良い友達と連れ立ってトイレに来た
りするのは最早お約束である。

「あら? 3日も早いですね。」
 いつも用意周到なみのりがアレの入った巾着袋を唯に手渡す。
 【こーゆー情報ってのは教え合うもんなんだろうか?】
「ありがとう。そうなの……もう、やんなっちゃう。」
 ぶつくさ言いながら再び個室に入って行く唯。

                  ☆
 
 そして数分……
「おまたせー。みのりちゃん、ありが……あれ?」
 再び個室から出てきた唯。だが、そこに友人達の姿は無かった。
「なんだ、みんな冷たいな。待っててくれてもいいじゃない。」
 唇を尖らせつつ、洗面台に向かう。。
「はぁ……でもやっかいだなぁ、毎月のこととは云え……お兄ちゃんに協力してもらっ
 て10ヶ月程止めちゃおうかなぁ……なーんて。」
 【おいおい】
 危ない考えを声に出して打ち消しつつ、ほけほけと廊下を歩く唯。その顔には緊張
感の欠片もない。

 ガラガラガラ……
 まだ、1月も半ば前なので教室内は常時暖房が入っている。そのために閉められて
いるドアを開け、教室へ……

「ねえ、龍之介くん、新作ホラー映画のチケットが手には入ったの。良かったら今週
 の土曜日に行かない?」
「次の日の日曜は私の弓道大会予選だからさ、来て欲しいんだ。龍之介に……」
「じゃ、成人の日には私と海を見に行きましょ。」
「あーっ! その日あたしのコンサートだから、あたしに譲ってよ。龍之介くん、来
 てくれるでしょ?」
「しょうがないなぁ。じゃあ、翌週の土曜日は私と……ね?」
「じゃあ、私とは次の日曜日にデートして下さい。」

 教室に入ってきた唯が見たものは、龍之介の回りに集まった5人の娘達……みんな
がみんな、彼に対してにこやかに話し掛けている。
 しかもそれを受ける龍之介は、果てしなくだらしない顔をしていた。

(むかっ)
 唯はずんずんとその集りに歩み寄り、更に5人を掻き分けるようにして、
『だきっ!』
 龍之介の腕に抱き付く。しかし……

「はい、離れて離れてー。」
 無情にもその手はいずみと桜子によって離されてしまう。
「ど、どうして? 唯はお兄ちゃんに汚されたんだよ? お兄ちゃんは責任を取らな
 くちゃいけないんだからぁっ!」
 目の端に涙を浮かべながら、当然の権利であるかのように叫ぶ唯。
 【あんまり教室内で叫ぶような事じゃないと思うが……】
 しかしそんな権利も、次の友美の一言の前にはなんの意味も持たなかった。

 
「わかってないわね唯ちゃん。女の子は『生理』が来ればキレイな身体になれるのよ
 【はい?】
「そ、そうなの?」
 嬉々として聞き返したのはもちろん龍之介。
 【喜ぶな!】
 更にみのりが
「ついでに云うと、男の子はお風呂に入ればキレイな身体になれるんですよ。」
 と、続ける。

 対して、
「そ、そんなの関係ないよ。お兄ちゃんは唯のことが好きなんだから……『あの時』
 だって、唯の耳元で何度も何度も『愛してるよ』って囁いてくれたもん。」
 まるで『あの時』のことを思い出しているかのように、うっとりとした目で遠くを
見つめる唯。
『…………』
 その唯の『あの時』発言に、思わず5人娘が沈黙する。もしそれが龍之介の本心で
あれば、彼女達は諦めるしか無いのだ。
 だが……
  
「あらあら……そんな事言っていたらいつまで経っても大人の女性になれないわよ。」
 振り返ると、いつの間にか美鈴が彼女達の背後に立っていた。そう云えば、とっく
に6時限目が始まっている時間だ。
 美鈴は続けて、
「いい? 唯ちゃん。男の人の言葉をそのまま鵜呑みにするのはあまり褒められた事
 じゃないのよ。」
 さすがに大人の女性の言葉は重みがあるのか、唯も黙って美鈴の言葉に耳を傾ける。
「……特にベッドの上で抱かれているときに囁かれた言葉なんか、選挙前の国会議員
 の答弁よりアテにならないわ。例えそれが『愛してる。結婚しよう。』なんて言葉
 でもよ。」
 【知らんっ! 知らんぞ、俺はぁ!!】

 諭すような美鈴の言葉はそれなりに説得力があった。実体験となれば尚更だ。それ
を追い風に、
「とゆー訳よ、唯ちゃん。」
「たった一度関係を持ったからって、安心しちゃだめって事よね。」
「大体私達に内緒でコソコソやろうとするのが間違いなんだよ。」
 【公開でやれってか?】
「まあ、私達にも油断はあったみたいですから、あまり強くは言えないんですけど。」
「そういうこと。でも次からはそう簡単にはいかないわよ。」
 【次?】

 勢いに乗った5人娘+大人の女性は、とても唯1人で止められるものではない。
 当然恋人である龍之介に……、
「お、お兄ちゃんっ! お兄ちゃんも何とか言ってよ。『俺が好きなのは唯だけだ』
 って言ってよぉ。」
 そう……今、この状況を打破できるのは龍之介のその一言なのだ……が、

「いないわよ。」
 あっさりと可憐が告げる。
 慌てて唯が振り返ると、本当に龍之介の席はもぬけの空だった。
 ……アケッ
 【逃げたな……】

「あら、早退なの? しょうがないわね。」
 美鈴がその場にそぐわない声を出すが、龍之介の心情を思えば当然だった。例えば
ここで龍之介が唯の願い通りの言葉を言ったとしよう。
 ……恐らく彼はその場で八つ裂きにされるに違いない。
 つまりこれは生命の危機を回避する、ヒトという種の採る当然の行動だった。
 【まあ、一部納得しないでもないが……】
 
「……ま、そう言うわけだ。」
「別に一度関係を持ったからって、ハンデを付ける訳じゃないから安心して。」
「お互い正々堂々と……」
 5人娘が唯を慰めるように言葉を掛けて行くのだが、
 【全然慰めになってないぞ】

「なんでっ!? どうしてそうなるのぉっ!」
 当然、唯は納得いかない。せっかく想いを遂げたのにこの有様では無理もなかろう。
「お兄ちゃんのばかぁ! 唯に【自主規制】【削除】までしておいてぇっ!」

「大分興奮してるようね。」
 それを冷静に見つめる友美達。
「でも、これ以上放って置くと、何を口走るかわからないですよ。」
「それでなくても、作者が変に期待させてスカしている状況が続いてるし……」
「……だな。可憐、出番だぞ。」
「おまかせっ!」

 ぶんっ! ばきっ! キュウ……
 【哀れだ……】

            ☆            ☆

 一方、早退した龍之介は……無謀にも『Mute』に踏み込んでいた。
 なにしろ身の潔白が明らかになったのだ。
 【なってない、なってない】
 カランカラン
「ちわ〜〜〜。」

 どかばきぐしゃぁ!

                  ・
                  ・
                  ・

「あーあ、可哀想。話ぐらい聞いて上げればいいのに……」
 ズタボロになった龍之介に哀れみの視線を投げかける愛美。
「もちろん聞くわよ。でも冷静に話を聞くには先にこうしておいた方がいいからね。」
 【既に冷静じゃ無いような……】

 その後、龍之介は軍事裁判より辛く厳しい査問を受けることになった。
 それで許してもらえたとはとても思えないのだが……

『Lady Generation7』了



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