『Lady Generation』

(Episode 6)

【後編】


構想・打鍵:Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 また本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。





 某県の南部に位置する某市は、人口50万を抱える中堅都市である。ここ十数年で、
爆発的な人口の増加があり、都市整備も急速な伸びを見せていた。その某市の南部に
位置するのが如月町で、市内にある商業地区では、3番目に大きい。

 その如月町に於ける商業的な中心と言えば、スタジオ『ATARU』が挙げられの
だが、ランドマークといった意味では、その『ATARU』の西側に位置する、
『如月ステーションホテル』がその任を負うだろう。
 地上100mを優に超えるその30階建のビルは、如月町周辺では無類の存在感を
誇っていた。

 で、それだけ高いビルだと、その壁面に当たった風はかなりの速度で地面を叩き、
叩きつけられた風は、地に沿って横殴りの風となる。これが俗にいうビル風である。
「寒いぃ〜。」
 そのビル風を、まともに受けている1組のカップルが……
「しつこいぞ!」
 失礼。いずみと桜子がいた。
「桜子〜、本当に来るのか?」
 いずみが手の甲をさすりながら傍らに立つ桜子に聴く。
「くるわ。龍之介君、クリスマスイブ、夜。この3つのキーワードが導き出す答えが
 此処なのよ。」
 通り過ぎるカップルに、それこそ目を光らせながら桜子が答える。
「だからって、なにも外で待つ事無いだろう? ロビーの中で待とうと思わないか?」
 道着を着ていれば寒さなんかへっちゃらのいずみでも、普段着では寒さが身に凍み
るらしい。
「でも、用もないのにロビーで待ってたら叱られないかしら?」
 変なところで遠慮深い桜子。
「龍之介の暴走を止めるという立派な用事があるじゃないか。」
 寒さから逃れるためとはとはいえ、無茶苦茶な論理である。だが、
「それもそうね。」
 その無茶苦茶な論理にもあっさりと同意する桜子。

 こうして最後の戦いの場として『如月ステーションホテル』に白羽の矢が立てられ
た。
 【ホテルに取っちゃいい迷惑だ。】

            ☆            ☆

 その頃、龍之介と唯は、そのステーションホテル裏側の通りにいた。
「あちゃ、混んでるな。イブだから空いていると思ったんだが……。」
 列の最後尾に並びながら龍之介がボヤく。
 その列は30mほど前にある店舗から続いているのだが……
「ねえ、お兄ちゃん。ご飯ってここで食べるの?」
 前方にある店の看板を指差し、聴いてみる。それに対する龍之介の答えは、あっさ
りとしたものだった。           ・・・・
「ん? ああ、そうだよ。旨いんだぜ、ここのラーメン。」

 ……唯は、わがままな女の子ではない。現に今の龍之介の言葉にも、
(お兄ちゃんが唯と一緒にラーメンを食べたい。)
 とゆーのなら、それはそれで良いことだ、と思っていた。
 ただ……何かが引っかる。

「ちょっと聴きたいんだけど……」
「なんだよ。」
「もし、もしだよ? お兄ちゃんがイブの夜に友美ちゃんや可憐ちゃんと映画見た後、
 ご飯を食べようって事になったら何処で食べる?」
 なるほど、由々しき問題だ。
「そうだなぁ……友美や可憐ちゃんとだったら……ステーションホテルの最上階にあ
 るレストランかな?」
(むかっ!)唯、怒りゲージ+80
「いずみちゃんとだったら?」
 極力怒りを抑えた声で、重ねて訊ねる。
「いずみ? ……あいつとだったらコンビニで肉まんだな。」
 唯、怒りゲージ−10
 【そりゃもう、お約束だからな。】
 もしこの場にいずみがいたら、誰もその暴走を押さえられなかっただろう。

「じゃあ、みのりちゃん。」
 ちょっとだけ機嫌が良くなった唯が再度聴く。
「みのりちゃんって料理が得意そうだからなぁ。家にお呼ばれして手作り料理と行き
 たい処だな。」
  それは却下だ。唯も料理は苦手ではないので、手作り料理というのはポイント高い
のだが、いかんせん家に龍之介を呼ぶと、『ただいま』『おかえり』の世界になって
しまう。
「それじゃあ、桜子ちゃん。」
「桜子ちゃんもステーションホテルかな……わっ、何すんだ。せっかく並んだのに。」
 突然唯が龍之介の腕を引っ張り、列から外れ出したのだから、彼の文句ももっとも
である。既に2人の後ろには数十メートルほどの列が出来ており、ラーメン屋自体に
もあと10mほどの位置まで来ていたのだから。
 とは言え、唯の気持ちも分からなくもない。高級とかそう言う問題では無く、ムー
ドの問題なのだ。好きな男の子と、夜景を見ながら食事するのと、会話も何もなく黙
々と麺を啜(すす)るのとでは雲泥の差がある……と、唯は思っていた。
 この辺がまだ「恋に夢見る女の子」である。もし唯がもう1人について龍之介に聴
いていたら、機嫌がもう少し良くなったかもしれない。
 愛衣とだったら、龍之介は十中八九「ラーメン屋」と答えていただろう。
 【これでいずみファンからの追求は免れるな。】

                  ☆

「決まったか?」
 龍之介がメニューから顔を上げ、正面でやはりメニューに顔を埋めている唯に聴く。
 結局唯に押し切られる形で、ステーションホテルの最上階にあるレストランで食事
することになったようだ。しかしこのテのメニューに耐性のない唯は、
「ねえ、ここハンバーグステーキセットって無いのかな?」
 どこぞのファミリーレストランと同じ様な扱いをしている。
「……も、いい。俺に任せろ。」
 字で見ると何とも頼もしい言葉だが、その声は果てしなく呆れた声だった。

「お決まりですか?」
 龍之介が軽く手を上げただけで、何処からともなく給仕がテーブルの傍らに現れる。
「俺はこのBコース、ライスね。で、そっちは……」
 唯の方へ顔を向け続ける。
「お子様ランチを……」
「かしこまりました。ディナーのBコースにお子様ランチですね。お子様ランチのチ
 キンライスに立てる旗はどちらの国旗に致しましょうか?」
 にこりともしないで給仕が聞き返してくる。
「へぇー、そんなのがあるんだ。唯、旗ぐらい自分で決め……」
 龍之介が言葉を切ったのは、唯が文字通り、もの凄い目で疉み付けていたからだ。
「すみません。お子様ランチはやめて、彼と同じBコースにして下さい。私はライス
 じゃなくパンで……。」
 龍之介に見切りをつけ、自らオーダーする唯。
「かしこまりました。Bコースのライスとパンを各お1つずつですね。お飲物は……」
「私、コーヒー。」
 今度は先に唯が答える。ちょっと背伸びである。
(シリーズ通して唯はあまりコーヒーを飲んでいない(笑))
 龍之介はというと、メニューを指差し、給仕となにやら目で会話している。
「かしこまりました。」
 給仕が一礼して立ち去ると、早速唯が抗議の声を上げる。
「唯、お子様じゃないよ。」
「おー、きれいな夜景だ。」
 もちろんそんな唯の抗議に耳を傾ける龍之介ではない。
 ただ、そこから見える夜景は確かに見事なモノだった。その言葉につられるように、
唯も窓の外を見やる。
「うわぁー」
 龍之介同様、唯も感嘆の声を上げる。
 海沿いを走るバイパスの灯が東西に延び、その向こう側は真っ暗な闇……海だが、
手前には宝石箱をひっくり返したかのような街の灯が瞬いていた。

「お待たせいたしました。」
 夜景を楽しむふたりに、先の給仕が割ってはいる。彼はふたつのグラスをテーブル
の上に置き、鮮やかな手つきでワインのコルクを抜いた。そして1つのグラス(龍之
介の側)にほんの一口分だけ注ぐ。
 龍之介がそのグラスをテーブルの上で、くるくるっと回し、一拍おいてからそれを
口に含んだあと、給仕に向けて軽く蔘いてみせる。
 【この手順に間違いがあるからといって、Zekeにクレームを寄こされても困る。何
  しろやっているのは未成年の龍之介なのだ(飢飢)】
 そんな龍之介の仕草を見て唯は感動を覚えた。それでも龍之介に仕込んだ愛衣がこ
の場にいたら合格点ギリギリもらえたかどうかという処なのだが……。
 【どこが悪いか? だからZekeも良く知らないんだって(^^;】

 龍之介は自分のグラスにはそれなりに、唯のグラスには、
「お前は唇を湿らす程度にしとけ。」
 と、ほんの少しだけ注いだ。そして、
「ま、じゃあ取り敢えず……」
 慌てて唯もグラスを取う。
「うん!」

「「メリークリスマス!!」」
 ふたりの声がぴったり重なった。
 【ふっ。あれからもう○ヶ月か……】

            ☆            ☆

 さて、ここで問題です。龍之介と唯がステーションホテルにいるということは、当
然ロビーを通って来た訳ですが、そこに張られた第一次防衛ライン(いずみ、桜子)
はどうしたでしょう?

 答え:
「くー、くー」「すー、すー」
 ふたり仲良く肩よせ会って、ロビーのソファで眠りこけていた。
 無理もない。朝からずっと出ずっぱりだったのだ。加えてロビーの暖かさはふたり
を夢の世界に誘うには十分すぎる効用があった。

「どうする? この娘達。」
 そんなふたりを見下ろす友美、可憐、みのり。
 やはりと言うべきか、彼女達も桜子と同じ結論に達したらしく、ホテル近辺で網を
張っていたのだ。
「しょうがないわね。こんな所で寝てたら風邪をひいちゃうわ。」
「起こして上げましょう。」
 何とも優しい言葉とは裏腹に、可憐の行動は過激だった。

 どかっ!

「ちっ!」
 ソファにめり込んだハンマーに可憐が舌打ちする。
「なにが『ちっ!』だ! 何がっ!」
 可憐の発する殺気を感じ取ったのか、ふたりは直前で目を覚まし、すんでの処でハ
ンマーを避けることに成功した。
「あら、風邪引かないように起こして上げたのに、随分とひどい言われようね。」
 悪びれもせずに可憐。
「もっと他の方法で起こさんかいっ!」
 確かにあの方法では永眠しかねないので、いずみの意見ももっともだ。
 【鎮静効果はどうした?】
「言うわね。龍之介くんが目の前を通り過ぎたってのに、ぐーすか寝ているとは何事
 よ。職務怠慢……いえ、職務放棄に対する当然の処置よ。」
 【既に職務か……】
 可憐は冷たく言い放つのだが、
「まあまあ、取り敢えず龍之介さんがここの最上階のレストランで食事をしていると
 いう事は確認できたんですから、よしとしましょう。」
 みのりが宥めるようにして取りなす。
「本当にレストランで食事なの? そのままお部屋に直行って事は考えられない?」
 そんなみのりの言葉に、桜子が不振そうな声で返す。それに対しては友美が、
「大丈夫よ。フロントは素通りだし、エレベーターは最上階へ直通するモノを使って
 いたから。」
 さすがに良く見ている。

「食事か……。そういえばお腹減ったなぁ。」
 レストランという言葉で、今まで忘れていた空腹が突如襲い掛かって来たようだ。
 物欲し気に辺りを見回すいずみ。その目に中2階にあるラウンジが入る。早い話が
軽食喫茶である。
「な、なあ、食事って言うなら小一時間は出て来ないんだろう? どうせならそこで
 待たないか? ほら、高いから見通し良いし……。」
 腹が減っては戦が出来ないという事だろう。
「そうね。そう言えばお昼から何も食べてないわ。」
「でわ、そうしましょう。」
 いずみの魂の……いや、胃袋の叫びは、珍しく全員一致で受け入れられた。

            ☆            ☆

「あー、おいしかった。」
 メインディッシュをきれいに平らげ、龍之介に満足気な笑みを向ける唯。
「お前、食ってる時が一番幸せそうな顔してるなぁ。」
 その様をじっと見ていた龍之介も、呆れたような笑顔を唯に向けた。
「唯、そんなに幸せそうな顔してた?」
「してたしてた。もう、このまま地球が滅びちまってもいい、って顔してたぞ。」
 笑いながら言ってやる。
(きっと、お兄ちゃんと一緒だからだよ。)
 その言葉は口に出しては言えなかった。
 そしてその直後、唯も言わなくて良かったと思った。何故なら……
「デザートでございます。」
 ウェイターがデザート皿を唯の前に置いた途端、
「きゃあ! 唯の大好きなストロベリータルトだぁ。」
 その笑顔はさっきより更に幸せそうな顔だった。

 黙々とデザートと格闘する唯を、龍之介はまたもじっと見ていた。
 そんな龍之介の視線に気付いたのか、ふと唯が顔を上げると、ふたりの目線がばっ
ちりと合う。
「……なぁに?」
 前に垂れてきた髪を邪魔そうに振りながら、龍之介を見る唯。
「え? あ、いや……髪が邪魔そうだな、と思っただけだ。」
 本当は、
(髪型ひとつで変わるもんだなぁ。)
 と思っていたのだが、そんな事を口走る龍之介ではない。もっともこれは相手が唯
だからということもあるが……。
 もちろん唯に龍之介の心中を察するなんて出来る訳もないので、
「うん、慣れてないからかな?」
 そう言ってふと、フォークを持つ手を止める。
「……ね、お兄ちゃん。」
「あん?」
「似合ってるかな? この髪型……。」
 俯いて毛先を弄ぶフリをして聞いてみる。
「ん? ま、まあ、似合って無くはないな。」
 龍之介らしい言い回しだ。
「似合って無くはない、って事は似合ってるって事でしょ?」
 唯、突っ込む。
「…………。」
「はっきり言って、お兄ちゃん。」
 唯、更に突っ込む。
「に、似合ってるよ。」
 【はて? どっかで見たような展開だな。】
 ここで曖昧な返事は出来ないと悟ったのか、唯の軍門に下る龍之介。さすがにここ
では『全っ然似合ってねーぞ』とは言えなかった。
 その龍之介の言葉に、
「よかったぁ。お兄ちゃんに似合ってるって言われるのが一番うれしいな。」
 満面の笑みで答える唯。そして、
「……本当はね、唯のリボンは好きな人の前でしか取らない事にしてるんだよ。」

 その場の雰囲気がそうさせたのか、それともほんの僅かなワインが唯の背を後押し
したのか、気付いたときにはその言葉が口から出ていた。
「ふ――ん。じゃ、悪いことしたな。」
 もちろんこの程度では「キング オブ 鈍感」の龍之介に想いは伝わらない。
「ううん。今日はいいの。」
「なんだよ、意志薄弱な奴だな。」
「そんなこと無いよ。だって……。」
 そこまで言って俯いてしまう。顔が焼けるように熱かった。

            ☆            ☆

「私達の顔見知りはいいとして、問題はそれが誰かって事よね。」
 桜子が手に持ったコーヒーカップを置いて、どっと背もたれに寄りかかる。
『可憐、そっちの玉子サンドくれ。』
「そうなんです。ざっと挙げただけでも、片桐先生、温泉に行ったときの母娘、その
 帰りのバスガイドさん……。」
 みのりが大まかな候補者を連ねていく。
『いいわよ。そっちのツナとトレードね。』
「あとは愛美先輩ね。」
 そして友美が締める。アリバイの取れているふたり(唯・愛衣)は外されていた。
 さらし者にされてまでアリバイ工作をした甲斐があったというものだろう。
『なんだよ、ケチくさいな。「すぅぱぁあいどる」なんだから少しはウェストサイズ
 とか気にしたらどうだ?』
「でも中村麻沙子って娘は、その誰でも無かったわよ。」
 その姿を間近で見た桜子は、挙げられた候補者全てを否定した。
『おあいにく。気にするほど肥えてないの。(ふと、考え込む可憐)……あ、そっか
 そっか、うん、いいわよ。好きなだけ食べて。(いずみの前へ皿を動かす可憐)』
「すると、簡単な変装とかしているかも知れませんね。」
『なんだよ、気持ち悪いな突然。』
「偽名の上に変装か……手強いわね。」
『だって少しでも食べて大きくならないと困るでしょ。(ポンポンといずみの頭を叩
 く可憐)』
 【仲良いなぁ】
「………。」(みのり)
「………。」(友美)
「………。」(桜子)
『……人が気にしていることを〜』
 容赦ない可憐の言い様に、いずみの怒りが遂に爆発する……前に、

 バキィッ!

 みのりがテーブルに手刀を叩き付けた。
「ふたりとも、いい加減にしてくれません?」
 そう言ったみのりの顔はいつもと変わらぬ笑みが湛えられていた。ただ、テーブル
と手刀の間からは陽炎が立ち上っていたが……。
「あは、あはははは……ごめんなさい。」
 かくして、可憐といずみの漫談は終了した。
 【面白かったのに……】

 話は戻って……
「……にしても、変装かぁ。」
 両手を頭の後ろに組み、ソファに寄りかかるいずみ。
「そうです。髪型を変えて、眼鏡を掛けただけでも、かなり違った印象になりますか
 ら……ほら。」
 そう言って、手早く髪を三つ編みにし、
 【「エレ様!」】
 瓶底眼鏡を掛けるみのり。
 【ものすごい説得力があるな。】
「た、確かにそうね。」
 桜子が蔘くが、その顔は複雑そのものである。

「……とすると、あの娘は眼鏡を掛けていなかったから……。」
 可憐、いずみ、桜子が頭の中に先程の「中村麻沙子」を思い浮べる。
「眼鏡を掛けて……」
 浮かんだ顔に眼鏡が掛けられる。
「髪にパーマが掛かってたから、ストレートにして……」
 髪型がストレートヘアになる。
「ヘアバンドを着ける……と。」
 白いヘアバンドを着けてみる。

「捕まえた―――っ!」
 突然、桜子が隣にいた友美に飛びかかった。
 どこでどう間違ったのか、中村麻沙子が友美になったらしい。
 【あながち間違いではないかもしれないが……。】
「やっぱりそうだったのね。さあ、言いなさい。龍之介くんは何処?」
 ぱかっ!
「やめんかっ、バカモノ。」
 いずみが可憐の傍らにあったハンマーを手に取り、桜子に鉄槌をくらわす。
「あ―――っ! 承認もなく使ったわね。」
 【も、え――ちゅうに……。】

「考えてみると、私と水野さんはその娘を遠目からしか見てないんですよね。」
 みのりが思案気に呟く。言われてみれば確かにそうだった。
「上にいるんだろ? 見てくればいいじゃないか。行き違いにならないように、私達
 はここで待っているからさ。」
 大したことじゃないという風にいずみが言う。
「でも、他人のデートをこそこそ覗くなんて、あまり良い趣味とはいえないわ。」
 【何をいまさら……】
「じゃ、待ってればいいさ。出口はここひとつなんだし、チェックインだってそこの
 カウンターじゃなきゃ出来ないだろうし。」
 彼女達は知らなかった。このホテルの特異性を……。

 と、
「あっ!」
 突然声を上げる可憐。
「どうしたの?」
 異口同音に聞き返す4人。
「ひとりそっくりな人がいる。」
「だれっ!?」「誰なのっ!?」
「そ、そんなに期待しないでよ。」
 間を置かず聞き返す4人に、ややたじろぎながら
「あ、あのね……美佐子さんに似てるの‥‥」

「‥‥はあっ。」
 可憐がそう言うや否や、溜息がその場を支配した。
「美佐子さんかよ。そりゃ20年前だったら考えられるけど‥‥」
 超絶に無礼な発言だが、そのいずみの言葉に『中村麻沙子』に接触した可憐と桜子
が‥‥いや、当のいずみの頭の中でさえ何かが弾けた。

 そう、いるではないか、20年前の美佐子にそっくりな娘が‥‥。
「まさかっ!」
 3人の声がピッタリ重なる。
「おい友美、唯はさっき間違いなく洋子達といたのか?」
 思わず友美に詰め寄るいずみ。
「声を聞いた限りじゃ間違いなく唯ちゃんだったわ。でも‥‥」
「言い換えると、声だけしか聞いていない。つまり直接会って確認した訳じゃない‥‥」
 みのりが友美の言葉を継ぐ。既にこの2人には3人が思い描いた人物の見当がついてい
た。
「するとどういう方法を使ったかわからないけど、唯ちゃんは今龍之介くんと一緒に
 いる訳ね。」
 確証はないのだが、最早彼女達にはそんなことは関係なかった。直接展望レストラ
ンに出向けばいいだけなのだ。

 こうして、中村麻沙子にまつわる秘密のベールが、また1枚剥がされようとしてい
た。かつて無敵の戦闘機と緕(うた)われた『零戦』が………
 【繰り返しは笑いの基本らしい。】

            ☆            ☆

 展望レストラン
「そんなこと無いよ。だって……今、唯の目の前にいるのがその人だから‥‥」
 俯いたまま、やや上目遣いに龍之介を見ながら消え入りそうな声での告白だった。
「……は?」
 間抜けなことに思わず後ろを振り返る龍之介。だが、もちろん背後には誰もいない。
「えと……それってつまり……」
 唯はというと、今度は真っ直ぐに龍之介の視線を受け止め、こっくりと蔘く。
「は、はは……そ、そうか、兄として……好きっていうノリで……」
 【往生際の悪い……。】
「お兄ちゃん。お兄ちゃんは唯の事、嫌いなの?」
 トドメの一撃だった。龍之介の顔が見る間に紅く……
「お、俺、ちょっとトイレ。」
 唯から顔を背けるように立ち上がり、足早にレストルームに駆け込んでいっていし
まった。

                  ☆

 バシャバシャバシャ……
 蛇口から流れ出る水を手で掬い、勢いよく顔に当てる。
「ぷぅーっ、……ったく唯の奴……なにが『好きな人の前でしかリボンを取らない。』 
だよ。危うく顔が紅くなるところだったじゃないか。」
 紅くなっていた……という事実は無視する。
 龍之介にとって『鳴沢 唯』という女の子はあくまでも『妹みたいな女の子』とい
う位置づけだった。少なくとも龍之介は常にそれを意識していた。
 だが、お互いにもう高校生なのだ。そろそろけじめはつけなければならない。

「俺はどうすれば良いんだ? 唯の奴は俺の事を……」
 鏡に写る自分自身に問うてみる。答えはとうの昔に出ていた。
 【BGM:オルゴール by 東鳩】
「そう、分かっていた。
 【タン タンタン タタタタタタタタタタン】
 唯の気持ち……。
 【タタタ タンタンタン タタンタタン タタタタン】
 オレのことを好きだという気持ち。
 【タン タンタン タタタタタタタタタタン】
 ずっと以前から気付いていた。
 【タタタ タンタンタン タタタタン】
 はっきりと口にして言うことはなかったが、
 唯はいつも、態度でそれを示してくれた。
 【タタン タタタン タタンタンタン タタタン】
 当然嬉しかった。
 【タタタタタン タタンタタタン タン タン】
 だけどオレは、その気持ちに気付いていながらも、あえて気付かないフリを装った。
 【タン タタタン タタンタンタン タタタン】
 オレにとって唯は妹のような存在だったから、恋愛の対象にしたくなかったのだ。
 【タタタンタタンタン タン タン タタン】
 けど、そんなオレにも、気持ちの変化が訪れた。
 【タタタン タタタン タン タタタタンタタンタンタン】
 きっかけは唯が髪型を変えて、いきなり驚くほど可愛くなったこと。
 【タタタン タン タタタンタタン】
 最初に見たとき、まるでオレの知ってる唯じゃないように思え、すっかり動揺して
 しまった。
 【タタタタンタタンタン タンタン タンタン タタタン………】
 それと同時に、オレは初めて、唯を異性として強く意識した……

 ………ってなんだ!? このバックで流れるオルゴールわっ!」
 【ちっ! 気付いたか。】
 わさわさと両腕を振り回し、何かを払い除けようとする龍之介。
「あ、危なかった。もー少しで『つーはーと』の世界に取り込まれる処だった。」
 【大人しく取り込まれときゃ良かったのに。】
「と、とにかくこのまま唯と一緒にいると、俺のナイロンザイルの様に強い精神力も
 切れる恐れがあるし……今日の処はさっさと帰ろう。」
 【ナイロンザイル? 木綿糸がいいトコだろうに……】

                  ☆

 一方の唯……
「お兄ちゃん、遅いな。」
 告白の途中で逃げ出すとは、ラブコメSSの主人公の風上にも置けない奴だが、健
気な唯は待ち続けていた。
 【一部ではギャグSSと言われているらしいが……】
「唯じゃ……嫌なのかな……」
 待っている時間と云うのは長く感じるものだ。不安が不安を呼び、悪い方悪い方へ
と考えが行ってしまう。
 ふと、テーブルに目を転じると空いたままのワインボトルが目に付く。不安を打ち
消すかのように、唯はそれを手に取り、グラスへ注いだ。

            ☆            ☆

 さて、エレベーターホールでエレベーターを待つ5人。

 チンッ! スーッ
 地下から上がってきたエレベーターの扉が開く。と、中からわらわらと女子高生と
思しき女の子達が降りてきた。
 そんな中、
「ありゃ、お前ら、こんな所で何やってんだ?」
 最後の方に降りてきた洋子が驚きの声を上げた。

 そう、書き忘れていたのだが、このホテルの地下にはちょっとしたパーティーが開
けるパブレストランがあったのだ。
 【御都合主義とも言う】
 更に白状すれば3話に於いてみのりが
 『同じクラスの南川洋子さんです。』
 と言っていたのをZekeは完全に忘れていた。この件についてお読みになった方々か
ら一切の苦情が無かったのは、皆様の広い心のお陰です。
 【諦められているのかもしれないが……】

「ちょうど良かったわ。南川さん、唯ちゃんは何処?」
 すぅぱぁアイドルの迫力を携え、可憐がずいっと前に出る。しかし迫力では洋子だっ
て負けてはいない。何しろ彼女は如月女子高校を入学して3日でシメた人物なのだ。
 その表情を変えぬまま、
「唯? 次のエレベーターで来るんじゃないか?」
 嘘を貫き通す。しかし……

 チンッ! スーッ
 さっきと同じ様に女子高生がわらわらと出てくるが、もちろん唯の姿は無い。
「いないようだけど?」
 再び可憐。
「次のエレベーターだろ。」
 しれっとして洋子。

 チンッ! スーッ わらわらわら
「げっ!」
 妙な声を上げたのは最後の便の最後に降りてきた宮城綾子。
 女子高生にあるまじき声だと思うのは、幻想を抱きすぎだろうか?
「あら、宮城さん。こんばんわ。ところで鳴沢さんの姿が見当たらないようですけど?」
 にっこりとみのりが綾子に笑顔を向けるが、その目は明らかに笑っていない。

「……なるほど。すると今唯はこの上のどこかにいるワケだ。
 洋子が三層をぶち抜いたホールの吹き抜けを見上げ、あっさりと言ってのけた。
「ちょっと、洋子……」
 綾子が碾めるが、洋子は気にした風もなく、
「いいって。どうせこいつらも気付いてるんだろ。」
 そして対峙している5人を見渡し、
「そうさ、今龍之介と一緒にいるのは唯さ。」

 ジャ――――――――――ン!
 5人の頭で、ピアノの鍵盤を複数叩いた様な音が響いた。
 想像していたこととは言え、さすがに事実を突きつけられるとショックが大きい。
「そう……それがわかれば充分よ。」
 真っ先に立ち直った友美がそう言って足を進めようとする。が……
「おっと、どうするつもりだ?」
 その友美の進路を防ぐように立ちはだかる洋子。ほとんど悪役である。
「決まってるだろ! 龍之介の暴走を止めに行くんだよ。」
 友美の背後からいずみが叫ぶ。
「そうか……じゃあ此処を通すわけには行かないな。もしどうしても通りたいって言
 うなら、私を倒してから行くんだな。」
 友美、可憐、いずみ、桜子、そしてみのり。彼女の前に文字通り洋子が壁となって
立ちはだかる。今度は格闘マンガのノリだ。
 だが、対する5人も一歩も引かない構えで洋子を疉み付ける。

「そうか、やるってんだな。……ちょーどいい、ここでお前ら5人を片付けて、この
 くだらんシリーズに終止符を打ってやる。」
 【大きなお世話だ】

 しかし、そんな洋子にも友美は動じなかった。
「みのりさん……」
 さながらエヴァ9話の葛城ミサトの如く自分の背後に立つみのりの名を呼ぶ。
「……はい。」
 同じくエヴァ9話の綾波レイよろしくみのりが一歩前に出た。

「黙らせて」
「はい。」

 どかばきぐしゃ!

 確かに洋子は強かった。『10years』系列では如月女子校を3日でシメたエ
ピソードを付けようと思ったのは事実だし、4話に於いてその片鱗も見せている。
 だが……
「口ほどにも無かったですね。」
 例え洋子が鬼神の様に強くても、『れでぃ☆じぇね』モードが発動したみのりの敵
ではなかった。

「くっ……やっぱりこんなオチか……」
 【ほっとけ。】
 最後にそう呟くと、洋子は気を失った。

「じゃ、行きましょう。」
 友美が他の4人を従え歩き出す。と同時に30人近い女子高生で埋まっていたホー
ルに、一本の道が出来た。
 洋子が倒れた今、彼女達に逆らう術があるわけなかった。

            ☆            ☆

 展望レストラン
「さて、飯も食ったし、そろそろ帰るか?」
 トイレから戻ってきて、開口一番がこれだ。ムードもへったくれも無い。
「………。」
 唯はと言うと、ムスッとして龍之介を見るだけ。
「な、なんだよ、帰らないのか? そろそろ出ないと、終電が……」
 確かに終電まであと30分あまりしかない。龍之介にとっては渡りに船の状況だっ
た。……しかし、
「答えてくれないんだ……」
 唯は龍之介の答えを聞くまで、一歩も此処を動くつもりが無いようだ。
「こ、答えるって……」
「そうだね。お兄ちゃんは、唯の事なんてどうでもいーんだ……もういいよ!
 お兄ちゃんなんか、お兄ちゃんなんか……」
 そこでいったん言葉を切ると、あろう事かテーブルに突っ伏し泣き出した。

「わ―――――ん! お兄ちゃんなんか、友美ちゃんに改造されて、可憐ちゃんにハ
 ンマーでぶっ叩かれて、いずみちゃんに矢の標的にされて、桜子ちゃんに変な注射
 撃たれて、みのりちゃんにリミット技食らえばいーんだ!」
 【命がいくつあっても足りない……】
 そんな唯を呆然と見つめる龍之介。だが、突っ伏している唯の傍らに転がったそれ
に気付いた。空のワインボトルに……。

「お前……酔ってるだろ。」
「酔ってないもん!」
 間髪入れずに突っ伏していた顔をガバッと起こし反駁する。一見すると普段の唯と
変わりないように見えるが、完全に目が据わっていた。
 大体、酔っている人間が
『酔っているよ』
 とはあまり言わないので、まあ、十中八九酔っているのだろう。
 
「お客様。」
 騒ぎを聞きつけたマネージャーが音もなく龍之介の傍らに立つ。
「あの、他のお客様方のご迷惑になりますので……」
「ああ、悪い。すぐ出るよ。ほれ、唯 立てるか?」
 椅子から立たせようと腕を取るのだが、唯はその腕を払い除け、
「大丈夫だよ。唯はお兄ちゃんがいなくても一人で……」
 なるほど確かに独力で立つ事は出来たが、その足取りはさながら、フランジ幅
30cmのH型鋼に配されたボルトの如き(意訳:千鳥足)で、真っ直ぐに歩く事す
らままならない。
「ほら、だから手を貸してやるって……」
 よろける唯に龍之介が手を貸そうとするのだが、
「いいの! 唯は……唯はもう一人で生きて行けるから……」
「なに訳わかんないことを……」
 席を立ち上がったはいいが、まだテーブルから5m位しか離れてない上、出口から
はどんどん遠くなっていく有様だ。
「あのー、よろしければお部屋をお取りしましょうか?」
 見かねたマネージャーが龍之介の耳元で囁く。しかしそんな事をしたら益々深みに
填ってしまう。
「いや、担いででも帰る……」
 つもりだった龍之介の視界にある人物が飛び込んできた。ちょうどレストランに入っ
てくる2人組が……。

 それを見るや咄嗟に唯共々その場にしゃがみ込む。何故かつられてマネージャーも
しゃがみ込んだ。
「如何致しました?」
「いや、ちょっと急に目畤が……部屋取ってくれません? それと出来れば裏口かな
 んかある?」
「了解しました。こちらの従業員通路からエレベーターホールに出られますが?」
 こういったことは日常茶飯事なのだろう、マネージャーも手慣れたモノだ。
「そりゃ、有り難い。」
「では、こちらへ。あ、キーはこちらをお使い下さい。2208号室です。」
 龍之介はキーを受け取ると、従業員用の通路を使いエレベーターホールへ飛び出し
た。

                  ☆

「そう、教え子に……」
「はい……私は教師失格なのかもしれません。」
「そんなこと無いわ。教師だって一人の女性よ。」
「そうでしょうか?」
「ええ。でも、偉そうな事言えないわね。私も少し前までそんな事はいけない事だと
 思っていましたから。……でもあの子が教えてくれたの。」
「え、すると芹沢先生も……」

 長ったらしい会話で申し訳なかったが、龍之介の目畤の原因は片桐美鈴センセ、他
1名が展望レストランに乗り込んできたからだった。
 さすがに泥酔している唯を連れている状態で教師の前に出られるほど、龍之介も図
太くはない。
 その美鈴が完全にレストランに消えた事を確認するや、2人……というか、一人と
マグロと化したもう一人……は待機していたエレベータに駆け込んだ。

                  ☆

 龍之介と唯がエレベーターに飛び乗ったのとほぼ同時に隣のエレベータの扉が開く。
 もちろんそのエレベーターには例の5人が……正に間一髪だ。

「ターボくんっ!」
 桜子が叫ぶや否や、ターボが桜子の肩を離れ、レストラン内に飛び込んだ。さすが
に偵察担当だけあって素早い。

「うわっ」
「なんだ!?」
「鳥料理の材料が逃げたのか!?」
 【どんな鳥料理だ?】
 レストランの中からそんな声が聞こえ始めた処でターボが桜子の肩に帰還を果たす。

 チチッ…… チチチッ
「うん。うん……いないの!?」
 他の4人が一斉に顔を見合わせる。その時……
「まあ、あなた達。こんな時間にこんな所で……」
(どうしたの?)と美鈴は訊こうとしたらしいが、もちろん彼女もシリーズの一角を
担う人物である。すぐさま状況を把握した。

「先生、龍之介くんは?」
 可憐が悲鳴に近い声で問いただすが、美鈴にわかるわけも無い。
「私達が此処に入って来た時にはいなかった筈です。……ちょっと訊いてみましょう。」
 美鈴は一人の給仕を捕まえ……
「実は……」
 状況を説明し、協力を求める。

「はあ、確かにそんなお客様はいらっしゃいましたが……あ、マネージャー、さっき
 の2人、どうしました?」
「え? ああ、あの2人ですか? ご気分がすぐれないとの事でしたので、お部屋を
 お取りしましたが……」

 が―――――――――――ん!
 さながら癌宣告を受けた患者のような衝撃だ。
「それでは、彼らが何処の部屋に居るか教えていただけます?」
 最年長の美鈴がおっとりとそのマネージャーに聞き返すが、
「申し訳ありません。お客様のプライベートになりますので……」
「教えられない……と。」
「ご理解を賜り、ありがとうございます。」
 しかし、そんな事で美鈴は引かない。

「腕尽くで……と言ったら?」
 ちなみに美鈴は合気道4段、あぜ道4段の計8段である。
 しかしそのマネージャーは臆した風もなく、
「申し訳ございませんが……」
 と繰り返すだけ。笑みの湛えられていた美鈴の顔に陰りが掛かる。
「そうですか……でわっ!」
 その言葉が終わらぬ内に、美鈴が仕掛けた。

 ズガッ!
 一閃の光……
「きゃあ!」
 ズンッ!
 だが悲鳴を上げ、倒れたのは美鈴の方だった。
 【ああ、やっぱりあぜ道じゃ役に立たない……】
 そんな美鈴を見下ろし、
「お客様、これ以上騒がれますと、私としても些か乱暴な応対になりますが……」
 相変わらずニコニコと笑みを浮かべているが、その身体には取り巻くオーラが見え
る様だ。

「みなさん、下がって!」
 格闘家【誰が?】の血がそうさせたのか、咄嗟にみのりが叫ぶ。と同時に、

  ふぉっ!
 マネージャーが繰り出した拳が大気を切り裂く。
  ガシィッ!!
「くっ……」
 それを何とか十字受けで防ぐみのり。

「ほう、私の拳を素手で受けるとは………なるほど、80%では失礼だったかな?」
 【なんのSS?】
 それまで彼を取り巻いていたオーラが渦を巻き始める。
「な、なんてオーラッ! こんな悪しきオーラの持ち主が地上にいるなんて……」
 【地上?】
 驚愕するみのり。当然だった、今の彼女では絶対に勝てない力の差だ。頼みのリミッ
トゲージも半分以下だ。
「ふははは……100%の俺を見るがいい! このセバスチャン=長……」

  バ キ ィ ッ !!        ……ズズンッ

「ふぅ、危なかった。もー少しでリ○フから苦情が来るところだったわ。」
 【そんな大層なSSか?】
 巨大なハンマーに寄りかかり、額を拭う可憐。さすがに6人の中で最大最強の攻撃
力を誇る娘だけの事はある。
 【相変わらずおいしい奴だ。】
「あーあ、気絶させちゃしょうがないだろ? 部屋が何処だかわからないじゃないか。」
 しかしそんな可憐にもいずみは冷たかった。
「……そうね。少し早まったかも知れないわ。いずみちゃんが餌食になってからでも
 遅くなかったわね。」
 負けじと可憐も言い返す。
「なんでもかんでも思い切りぶん殴れば良いってもんでも無いだろうが……」
「あんまり殴り慣れてないから、加減がわからないのよ。実験台になってくれる人が
 居れば良いんだけど?」
 そう言いつつ、いずみににじり寄る。
 【誰か早く止めてやれよ】

 とまれ……
「手がかり……無くなっちゃいましたね。」
 ぶっ倒れた長瀬……もとい、マネージャーを見下ろし、絶望的な声でみのりが呟く。
 だが、
「そうかしら?」
 そう言った友美の目は、先の給仕に向けられていた。

「わわ、私は何も知りません〜っ!」
 怯えた目で後ずさる給仕。だが、今の彼女達にそんな目が通用する訳がなかった。
「可憐〜、直接身体に聴いて上げたらぁ?」
 退屈そうにターボを指先で撫でていた桜子の声に、
「そうね。今度は大丈夫、極上の痛みを与えつつ、意識は残るようにして上げるから。」
 【ちっとも大丈夫じゃない。】
 可憐が一歩前に踏み出す。ハンマーの重みで床がたわんだように見えるのは気のせ
いだろうか?

「ひぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っ!!」
 
            ☆            ☆  

 さて、こっちはエレベータの中の龍之介と唯。
「ふにぃ〜」
「……ったく世話が焼ける。でも、この状態で家には帰れないよなぁ……」
 確かに泥酔している唯を連れて帰ったら、美佐子に何を言われるかわからない。
 【その前に、帰らない方が心配するぞ】
「ま、少し休んで、唯の酔いがさめたらタクシーを拾って帰ろう。」
 んな事を考えている内に……

 ポン…
『22カイデゴザイマス』

「ほれ、降りるぞ。」
 唯を引きずるようにしてエレベーターから降りる龍之介。
「ふぇ?」
「ふぇ? じゃない、降りるんだよ。」
「お泊まり?」
「お泊まりじゃない、休憩だ。」
「2時間?」
「うるさい。……ったくもう、相手が俺だからいいような物の、他の男だったら良い
 カモじゃないか。」
「あはは、お兄ちゃんだって相手が唯じゃなかったら、チャンスだったのにね。」
「……黙ってろ。ほら、肩貸してやるから。」
 唯の手を取り肩に回そうとするのだが、唯はそのまま龍之介の背中に凭れ掛かり、
「おんぶ〜」
「しょーがねーなー。」
 とか言いつつ、唯を背負う龍之介。

「えーと、2208号室は……」
 穗毯敷きの廊下のため足音もせず、部屋から声が漏れて来ると言うこともなく廊下
は静かだった。
「ねえ、相手が唯じゃなかったら、やっぱりしちゃうの?」
「言い方が露骨だなぁ。俺は紳士だから、酔った女の子に手は出さないぞ。」
「じゃあ、酔ってなかったらしちゃうんだ。」
「同意があればな。……2208、ここか。」
 ドアの前に立ち、キーを差し込む。
「唯は……いいよ。お兄ちゃんとなら……。」

 カチャリ…
 ドアを開ける。開けると同時に部屋の電気が灯った。
「酔ってるんだよ、お前は……。」
 靴を脱ぎながら冷静に言い放つ龍之介だが、それでも唯はそんな彼の耳元で囁く。
「……酔ってるよ。いくらお兄ちゃんにでも、酔ってなきゃこんな事言えないよ。」

 バタン!
 背後でドアが閉まる。
「降りろ。」
 何処か冷たい龍之介の声に、唯は降りるというより滑り落ちるようにして、その背
後に立つ。
「お兄ちゃん……」
「部屋の鍵……掛けるか掛けないかは唯が判断しろ。だけど良く考えろよ。もし、そ
 の鍵を閉めたら……もう、お前を妹としては見ないぞ。酔っていたなんて言い訳は
 聞かないからな。」
 もう、後戻りは出来なかった。

            ☆            ☆

「ここですぅ。」
 哀れな給仕が案内したのは、マネージャーの個室だった。鍵が掛かっていないのか、
給仕はあっさりとノブを回し中に入る。そして壁際に向かうと、
「ここに書いてあるナンバーが、当レストランで管理している部屋ですぅ。」
 なるほど、そこには鍵が掛けられるような金具が取り付けられており、その下には
番号がふってあった。
 全部で30ばかりの部屋番号があったが、鍵は一つも残っていない。つまり、全室
塞がっていると云うことだ。
「それで? 例の2人は何処の部屋なの?」
 相変わらず冷静さを1mmも欠かすことなく友美が訊ねる。
「そそ、そこまでわぁ〜」
 可哀相に、すっかり怯えている。
「本当? 隠し立てすると為にならないわよ。」
 可憐がずいっと前に出るが、
「私だって命が惜しいですぅ。」
 どうやら本当に知らないようだ。

「どうする?」
 案内してくれた給仕に見切りをつけ、いずみが友美とみのりを交互に見る。暗黙の
内に、友美はリーダー、みのりが作戦参謀という了解があるようだ。
「全部で30部屋……まわれない数じゃないわ。」
「一部屋づつまわるのか!? 無茶だよ。それに、どうやって確かめる気だ?」
 いずみの声は悲鳴に近かった。
「とにかく、行動を起こしましょう。考えるのはそれからです。」
 およそ作戦参謀とも思えない発言である。だが、時間が無いのも確かだった。彼女
達が2人の行動を把握しなくなってから既に15分が経過している。
 もし彼女達に頼れるものがあるとすれば、それは龍之介の理性だけだった。

            ☆            ☆

 しかしその龍之介の理性も、今や風前の灯火だった。
 
「……酔っていたなんて言い訳は聞かないからな。よく考えて……」
 カチャリ……
 だが、唯は龍之介の言葉を最後まで聞くことなく、鍵を閉めてしまう。
「……お兄ちゃん、唯は後悔なんてしないよ。唯はお兄ちゃんの事が……あ。」
 その唯の言葉を遮るように、龍之介が後ろから唯をそっと抱きしめる。だが、その
口から出てきた言葉は唯を動揺させた。

「唯……それ以上は言っちゃだめだ。」
 途端に唯の大きな瞳が潤んだ。
「ど、どうして? どうして駄目なの? 唯は、唯は……」
 その先は言葉にならない。龍之介はそんな唯を自分の方に向かせ、
「ばか、勘違いするな。その先は女の子が言う言葉じゃない。男の方のセリフだよ。」
 優しく耳元で囁くように言う。
「唯……好きだ。」

「!」

「昔からずっと……好きだった。」
 唯を抱きしめる龍之介の腕に、ほんの少し力が加わる。
「お、お兄ちゃん……」
 唯も龍之介の背中に腕を回し、こちらは力一杯抱きしめる。目からは先程とは意味
の違った光があふれていた。

 しばらく抱擁した後、二人の身体がゆっくりと離れる。見つめ合う瞳と瞳、そして
再び、ゆっくりと、近づいて行く。
「唯が……欲しい。」
 囁く龍之介に
「うん。」
 答える唯。直後に唇が重なった。

                   ☆

 コンコン…… いらいら……
 返事がない。
 コンコンコン…… いらいらいら……
 返事がない。
 コンコンコンコン…… いらいらいらいら……
「…………!?」
 ようやく部屋の中から返事が聞こえたような気がした。
「ルームサービスで御座います。」
 バイトで培った能力を遺憾なく発揮するみのり。
 カチャリ
 ようやく鍵が開き、バスローブを羽織った、見知らぬ男性が顔を出す。
「ルームサービス? そんなの頼んでないよ。」
 不機嫌そうな顔の男性に、
「あ、これは失礼いたしました。申し訳ありません。」
 丁寧に頭を下げるが、
「勘弁してよ!」 バタン!!
 男性は露骨に嫌な顔をし、ドアを乱暴に閉める。
 【そりゃそうだろう。】

 次の部屋……
 コンコン…… いらいら……
 返事がない。
 コンコンコン…… いらいらいら……
 返事がない。

「だぁ―――っ! こんな事やってたら、龍之介が唯のモノになっちゃうよ。」
 いずみの声は本当に悲鳴になっていた。
「仕方ありません、他に方法が無いんですから……あ、ルームサービスでございます。」
                  ・
                  ・
                  ・
 次の部屋……
 コンコン…… いらいら……
 返事がない。
 コンコンコン…… いらいらいら……
 返事がない。
 コンコンコンコン…… いらいらい……プッツン!

 部屋をあたり始めてから、この時点で既に30分……遂に可憐が切れた。手に持っ
ていたハンマーを振り上げ、
「あ―――もうっ! なに悠長なことやってんのよ! いい? ノックって云うのは、
 こうするの………よっ!」

  ど っ か ん !!
 【恐るべし! 舞島可憐さん】

『きゃ―――っ』
 中から悲鳴が聞こえてきたが、それには委細構わず、
「ターボ君っ!」
 ドアをぶち破ると同時に桜子の命令下、ターボが飛び込んで行く。
 10秒もしない内にターボが戻ってくると、
「いないわ。」
「よし、次の部屋ね。」
 二人してスタコラと次の部屋を目指す。

「……なるほど、効率的だわ。」
 いつだって冷静な友美。
「ちょっと(?)強引かも知れませんけど、時間的には7分の1ぐらいになりますね。」
 更に輪を掛けて冷静なみのり。
「だな……気は進まないけど、この方法が一番手っ取り早い。」
 いずみもそれなりに耐性が出来てきたようだ。
 【おそろしい連中だ。】

            ☆            ☆

 2208号室
「シャワー……先、浴びるか?」
 抱き寄せた唯の耳元で囁くように聞く。
「どっちでもいいよ。お兄ちゃんの好きな方で。」
 龍之介の胸に顔を埋め、消え入りそうな声で答える唯。
「じゃあ……一緒に入る?」
「……!?」
 ビクリと唯の身体が硬直する。さすがに恥ずかしさの方が前面に出てきたようだ。
それでも、
「お、お兄ちゃんがそうしたいって言うなら……唯は、いいよ。」
 まだ少し酔いが残っている為か、龍之介の提案に大胆にも応じてしまう唯。龍之介
はそんな唯を身体からゆっくりと離し、

 チュッ☆

 触れる程度のフレンチキス。そしてそのまま唯のブラウスのボタンに手を掛け、そ
れをひとつひとつ丁寧に外していく……

 【以下、18禁モード発動のため自粛……
       と、言うより知識及び表現力欠如の為、割愛(ぉ】

            ☆            ☆

「槌打つ響き〜」
  ど っ か ん☆ 

 さて、こちらはお約束のように、モノを壊す喜びに浸っている舞島可憐……と、
『きゃーっ!』
「ターボくんっ!」
 部屋から響く悲鳴もなんのその、我が道を征く杉本桜子。
「……いないわ。」
「次っ!」

 更に破壊は続く……

  ど っ か ん !
『左舷被雷! 傾斜復元出来ません。艦長〜っ!』
『無念だ。……総員、退艦。私は艦と運命を共にする。』
 【…………】
「次よっ!」 

  ど っ か ん !!
『キャ――――――ッ!』
『トシちゃんカンゲキ――――ッ!!』
 【今でも25歳なんだろうか?】
「つ、次っ!」

  ど っ か ん  !!!
『し、SIMOぉ〜』
『あ、兄貴ぃ〜』
 【なにか見てはいけないモノを見てしまったような……】
「次ーっ!」
                  ・
                  ・
                  ・
 こうして、ドアを破壊すること20数枚。
「はあはあ、ぜいぜい……。」
 一つのドアの前に息を乱した5人が立っていた。
「はあはあ……。こ、ここね。」
「ぜいぜい……な、なんでよりによって最後の部屋なんだ。」
 【唯にとっては好都合だけどな。】
「はあはあはあはあ、ぜいぜいぜいぜいぜい……。」
 最早言葉が出てこない可憐。当然の事だった。彼女の破壊したホテルのドアはゆう
に20を超えているのだ。だが、手に持ったハンマーは刃こぼれ(刃こぼれ?)ひと
つしていない。

「大丈夫か? 可憐。」
 いずみが心配そうに声を掛ける。
「だ、大丈夫よ……龍之介君の為だったらこのくらい……」
 【龍之介の為を思うならやめてやれよ……】
「でも、いずみちゃんが心配してくれるなんて……。」
 【ああ、美しい友情】
「何言ってんだ。私が心配してるのはそのハンマーの方だよ。」
 可憐のハンマーに視線を落とし、しれっと言い放ついずみ。
「……ドアを破壊する前にこの娘を破壊しようかしら?」
 物騒な可憐。そこには友情の欠片すら無かった。

「2人とも、喧嘩ならあとにして。今は一致団結して唯ちゃんの野望を打ち砕くのよ。」
 友美が2人の間に割って入る。
「そうね。とにかく此処にいることは間違いないんだから。」
 病弱な割には10層余りを走り回っても、たいして息の切れていない桜子。
「どうします? 取り敢えず降伏勧告を出しますか?」
 ひょっとしたら一番冷静なみのり。
「降伏は認めないわ。唯ちゃんにあるのは天冐のみ!」
 叫ぶと同時に可憐が最後の力を振り絞りハンマーを振り上げる。
「ごるでぃおん はんまーっ!」
 【終わったよ、それ……】

                   ☆

 一方、
「ああ……唯のって、すごくいい。」
 部屋の外で大騒ぎしている5人娘には悪いが、とっくの昔に唯と龍之介は2208
号室のベッドの上で結ばれていたりする。
 【よかった、いきなり風呂場の中じゃなくて……】
 しかも、さっきまでのシリアスさとは裏腹にいきなり煩な展開になっていた。
「はあはあはあ……ゆ、唯……俺、もう……」
 【最低だ、俺って……】
「出していいよ、お兄ちゃん。……もしお兄ちゃんがそうしたいなら『なか』で出し
 てもいい……」
「な……バカなこと言うなよ。」
 唯の言葉があまりにも刺激的だったのか、龍之介の動きが……
 刹那……

「ひかりに……なれぇ―――――っ!」
 ど っ か ー ん !!!!

 可憐の渾身を込めた一撃がドアをノック(?)した。

 サァ―――――――……
 ドアの破片が光の粒子となり龍之介と唯を包み込む。それは一種、幻想的な光景だっ
た。その中で、龍之介は男として最高の瞬間を迎えた。
「あぁ……」
 心地よい気怠さが龍之介の身体を等しく支配する。が……

「なに……してるの?」
 超絶に現実的な声に引き戻される。振り返った龍之介が見たものは、書かないでも
わかると思うので割愛する。

「と、友美! いずみに可憐ちゃん、みのりちゃんに桜子ちゃんまで……な、なにやっ
 てるんだよ、こんなところでっ!!」
 慌ててシーツを唯共々胸の辺りまで引き寄せる。と、そこで龍之介は現実的な局面
パート2にぶち当たった。
 なんとなれば、自分のモノがまだ唯の中に収まっている。
 とゆーことは……
「どわぁ! 『なか』で出しちまったぁ!!」
 【最低だ、俺って……PartII】

 頭を抱える龍之介に対し、唯は口元を押さえ、
「おにいちゃん、唯、なんか気持ち悪い……」
 【またその手か……】
「は……はは、お前、そりゃ飲み過ぎだよきっと……」
 ひきつった笑顔で応える龍之介。
「すっぱいモノが食べたくなっちゃった。」
 【早すぎ……】
「じゃ、じゃあ今日は美佐子さんに頼んで酢の物を作って貰おう。」
 【すっぱいって、そのすっぱいか?】

 もちろんこんな会話が、入り口付近に立つ5人には面白い訳がない。
 5人はつかつかとベッドの近くまで歩み寄り、

 ぶわさっ!
 と、2人が引き寄せていたシーツをひっぺがした。
「うわっ、なな、なにすんだ!」
 慌てて枕でもって最低限の場所を隠す龍之介。唯も同じように枕を抱きしめ、龍之
介の背後に隠れる。
 しかし、2人の行動は5人娘の視界には入ってはいない。5人の視線は敷かれてい
るシーツの一点に注がれていた。
 そこには唯の『初めての証』が……

「し、しちゃった……の?」
 無限に続くと思われた数秒の後、桜子がゆっくりと顔を上げ、次いで友美が、いず
みが、そして可憐、みのりが顔を上げる。
 そんな5人に向かって、龍之介はひきつった笑みを見せるしか無く、唯は……
 唯は、龍之介の背中越しに、5人に向かって小さくVサインを作っていた。


             『Lady Generation6』了


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