『Through The Window』

(10 Years Episode 6)
〜 an introduction 〜

構想・打鍵:Zeke
監修:同級生2小説化計画企画準備委員会

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 また本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。




1992年5月

「よっ……こらせ。」
 モノを持ち上げるときに、掛け声を掛けるなんて我ながら爺臭いとは思ったものの、
はっきり言ってこの荷物の重さは尋常じゃなかった。
 荷物……と言っても段ボール箱なのだが……の中には『考古学大全』とか『地層の
遺言』という名の、早い話考古学関連の学術書が詰まっているのだ。
 なんでこんなモンを俺が運んでいるかというと、家を増改築したからで……ってこ
れじゃ訳わからんな……。
 つまり、どういう経緯があったか知らないが、下の喫茶店を広くする事になったら
しいのだ。
 ところが、喫茶店が広くなった代わりに、今まで美佐子さんと唯が一緒に使ってい
た部屋が喫茶店に浸食(?)され、その面積が2/3程度になってしまった。
 こうなると二人一部屋という訳にもいかず、結果、唯が俺の部屋に引っ越してくる
ことに……違う! 
 そうでなくて、今まで俺が使っていた部屋に引っ越してくることになったのだ。
 で、俺は今まで親父が書斎として使っていたこの部屋を貰うことになったと言うわ
けなのだが……。

 親父の書斎……そこは書斎というには余りにも贅沢な広さを持っていた。いや、書
斎自体があの親父にとっては贅沢だ。
 そもそも、書斎というのは、年の9割を家の外で過ごす人間には縁の無いモノでは
ないのか? 
 だから俺は前々から親父に
「あの部屋をくれ。」
 と言っていたのだが、親父はいい顔をしなかった。理由を質しても「ダメ」の一点
張り。しかし、今の俺にはその理由が分かった。
 親父の持つ蔵書&資料の量がハンパでは無いのだ。仮にこの蔵書&資料をこのまま
俺の部屋に収めるとなると、
「床が抜けるな。間違いなく。」
 独り呟き階段を降りる。そして居間を抜け、美佐子さんの部屋の脇にある新たな親
父の書斎……と言えば聞こえは良いが、実際は単なる書庫……へ段ボール箱を置いた。
 はっきり言って気の遠くなる作業だ。まだ俺の部屋には手つかずの本棚が5つもあ
る。その本棚だってただの本棚ではない。どーみても一般家庭にはありそうにない巨
大な本棚なのだ。
 最初の本棚の本だってまだ1/3を運んだかどうかなので、本気で今日寝る場所が
確保できなくなるかもしれない。

「くそっ、親父の奴め。考古学者なんぞやめて、図書館でも開きやがれ。」
 自然と悪態をついてしまう。いや、そんなことを言っている暇はなかった。なんと
しても今日中に俺の寝るスペースだけは確保しなければ……。
 俺は健気にも心の中で自分を奮い立て、自分の部屋へ戻った。さっきと同じ作業を
する為に……。

 そんなこんなで昼過ぎ……
 さすがにこれだけ蟻のようにまめまめしく働くと、無限にあるかと思われた蔵書の
量もそれなりに減ってきた。
 美佐子さんが昼飯にと作ってくれたサンドイッチを頬張りながら一休みする。
 唯の奴は自分の部屋が貰えることがよっぽど嬉しかったのか、朝から如月町に出掛
けていった。何でも壁紙とカーテンを買いに行くのだそうだ。

「あいつのことだから壁紙からカーテンまで、全部ペンギン模様にしかねないな。」
 俺は今まで使っていた部屋が、ペンギンだらけになる様を憂いながら、最後の卵サ
ンドを口に放り込んだ。

 5月の優しい光が天窓から射し込む。
「これで5月の緑薫る風が窓から吹き込めば完璧なんだが……。」
  忌々しげに部屋の西側にある大きな窓を見つめる。窓の外には、つい3ヶ月前まで
は存在していなかった窓と壁があった。

 家が改築するのとほぼ同時期に、友美の家も増築したらしいのだ。
 その窓にはカーテンが掛かっていて中の様子は伺い知れない。
「まったく、あんな広い敷地なのに、なんでよりによってこの場所に増築するんだ?」
 ひょっとして友美の奴、俺に何か恨みでもあるのか? とバカなことを考えつつ、
平らげたサンドイッチの皿とコーヒーカップを階下のキッチンまで下げに行く。
 再び部屋に戻ってきた俺は、とある事に気付いた。窓の向こうの窓の鍵が開いてい
るのだ。

「ちょーどいい、俺の部屋の前にどんな部屋が出来たか見てやろう。」
 腹も一杯になり、ちょっとした悪戯心が芽生えた。
 手近にあった1.5m弱のアルミパイプ(何でこんなモンが此処にあるんだ?)を
手に取り、手を延ばす……までもなくアルミパイプは隣の窓に掛かった。
 スーッ と音もなくサッシが開く。そして更にカーテンをゆっくりと捲ると……
 中は思ったより明るかった。どうやらこの部屋にある窓はこれだけではないらし
い。
(くそ、俺の部屋にはこの窓と天窓しか無いってのに……)
 更に視線を巡らすと、誰かがこちらに背を向けて立っていた。あれは……
(友美じゃないか。)
 最早説明は不要かもしれないが、俺のお隣さん且つ同級生の水野友美がその部屋の
主らしい。
(こりゃいいや。これでわざわざ友美の家まで出向いて、ノートを借りる必要がなく
 なった。)
 自慢じゃないが、俺は授業中にノートを取ったりしないのだ。当然テスト前は友美
からそれを借りる事になる。
 一度、唯からも借りたことがあったのだが、あいつは妙な丸文字で暗号解読班が必
要なんじゃないかと思うほどのたくった字を書く。もちろん俺には暗号解読の趣味な
ど無いので、それっきり唯から借りるのは遠慮している。
 大体、それ以前にノートの纏め方が違う、唯は教師が書いたことを丸々写すだけだ
が、友美はその随所に注釈が入っていて、とてもわかりやすいのだ。

 ま、それはともかく、友美の奴はどこかから帰ってきたばかりなのか、羽織ってい
たジャケットを脱ぐと、持っていた紙袋から何かを取り出す。
 それは鮮やかなオレンジ色をしたワンピース……の水着だった。

(ふ〜ん。友美の今年の水着はあれか。)
 2、3年前海に行った時、2年続けて同じ水着を着てきた友美に、
「去年から全く成長しなかったのか?」
 と俺が言ったのが原因かどうか知らんが、あいつは毎年水着を新調している。
(どんな水着なんだろ? もしかしてハイレグ! ……って、友美がそんなの着るわ
 け無いよな。)
 洋服はそうでもないが、水着はそれだけみてもどんな形なのかわからない。第一に
着けている人間によっても大きく変わってくるのだ……これは俺の持論だが。

 俺がそんなことを考えていると、友美は何かを決意したかの様に『すっ』と立ち上
がり、身につけていたブラウスのボタンを外し始めた。
(あ、ちょーどいいや。ここで見てりゃどんな水着かわかる。)
 友美はブラウスのボタンを中程まで外すと、今度はスカートのホックに手を掛けそ
れを外す。
 ふぁさ……
 重力の法則に従い、絨毯の上にスカートが落ちる。友美はそのままブラウスのボタ
ンを全て外し、袖のボタンも外し……

 俺はその様子を“ほけっ”と見つめていた。
(はあ、友美も色気付いて来たなぁ。あんな下着を着けてるんだ。)
 色気付いたと言ってもそんな派手々々な下着ではなく、かろうじてランジェリーと
呼ぶことを許せる程度のものだ。
 結構前になるが、唯もその手のランジェリーに興味を抱いたのか、カタログとかを
取り寄せ、
「ねえ、お兄ちゃんはどれが唯に似合うと思う?」
 なんて聞かれた事がある。俺はそのカタログに載っていたランジェリーと唯を重ね
合わせ、その場で笑い転げてしまった。
 その後、唯の奴に持っていたカタログで何度叩かれた事か。

 下着姿になった友美は続いて手を後ろに回し、ブラのホックに手を掛ける。
(あれ?)
 そこで初めて、俺は違和感を感じた。なんとなれば……
(これってもしかして……のぞきじゃないか?)
 ブラのホックが外れ、肩紐が弛む。
 次の瞬間、友美が身体を“ビクッ”と震わせ、胸を両手で隠すようにして、顔だけ
をゆっくりとこちらに……
(やばっ!)
 俺は慌ててアルミ棒を引っ込め、カーテンを元に戻した。

「まずい! まずいぞ。」
 誓って言うが、俺は友美の着替えを覗いていた訳ではない。ただ、あいつの今年の
水着が「どんなのかなー」と思っていただけだ。
 ……って言い訳なんか通用するはず無いよな。ここはもう、素直に怒られて素直に
「ごめんなさい」と言うべきだろう。
 俺は覚悟を決めて、向かいの窓を見つめた。

 しかし、友美は5分経っても姿を見せない。
 ……更に5分待つ。それでも現れない。
「まさか、俺に見られたショックで失神してるんじゃ……」
 意を決して、先のアルミ棒を手に取り、恐る恐るカーテンを捲ってみる。
 部屋は……もぬけのカラだった。

「何処行ったんだ?」
 暫く部屋を眺め回してみたが、友美が戻ってくる気配はない。
「気付かれなかったのか?」
 自問自答してみる。タイミングとしては微妙だった。
 そうだ、友美はこの部屋が親父の書斎であることを知っているはずだ。そして書斎
には滅多に俺達が入らないのも知っている。
 そう考えると、少し安心した。こんな事が外に漏れでもしたら何を言われるかわかっ
たもんじゃない。
 一瞬、冷ややかな目で「最っ低」と言うあいつの顔が浮かんだ。

                   ☆

「おっと、こんな事してる場合じゃなかった。片付け片付け。」
 俺は、今の出来事を敢えて考えないようにし、作業を進めることにした。
 まだまだやらなければならない事は山ほどあるのだ。本を取りだした本棚を下まで
運ぶという作業もある。もちろん解体してだ。
 取り敢えず、空にした本棚3つを下に運ぶ作業から再開しようと、ドライバーを手
に立ち上がった。その時……
「龍之介くーん。」
 階下で美佐子さんが呼ぶ声が聞こえた。
「なーに?」
 ネジをまわそうと差し込んだドライバーの手を止め、大声で返事をする俺。

「友美ちゃんがみえてるわよー。」

            ☆            ☆

「とにかく、開口一番で謝るしかないな。」
 とたとたと階段を降りながら、考える。直接会いに来たのがイマイチわからなかっ
たが、外部に漏れる前に口止め出来るのはありがたい。

 勝手口から顔を出した俺に、じっとこちらを見ている友美が目に入る。
「よっ。」
 さすがに開口一番という訳にはいかなかった。美佐子さんに聞かれてしまうのも拙
い気がしたからだ。
 友美は俺を見つめた(睨み付けた?)まま、『おいでおいで』と2度手招きし、続
いて手近なテーブルを指差す。
『こっちへ来て、此処へ座れ。』ってことらしい。
 俺は勝手口からサンダルをつっかけ、それに従った。その正面に友美も腰を下ろす。

「なんだよ急に。何か用か?」
 開口一番で謝るつもりが惚(とぼ)けてしまった。まずい、深みに填りそうだ。
 すると、やっぱりというか、その俺の言葉に友美の目が険しくなった。

「私の家、増築したの知ってるわよね?」
 それでも声に怒気は含まれていない。もっとも怒りを堪えている為かも知んが……。
「ああ、なんだか杉崎工務店とかってシートがしてあったからな。」
「私の部屋も増築された所に移ったの。」
「へーそうなんだ。きれいになって広くなったのか? 羨ましいな俺なんかずっとあ
 の部屋だぜ。」
 さりげなくアリバイ工作する俺って……。
「ちょうどおじさまの書斎の前くらいが私の部屋になったのよ。」
 さっきから俺の言葉なんか聞いちゃいない風な友美。
「ふーん。」

 暫く間があく。
(今だ、謝っちまえ。今ならまだ傷が浅くて済む。)
 心の中で『謝っちゃえ』がルフランしていたが、頭の片隅で『だいじょぶだ、切り
抜けられる』という声も響いていた。
 きっと心が天使で、頭は悪魔なのだろう。
 じーっと俺の方を見たまま、コーヒーを口に運ぶ友美がすごく器用に見えた。

「今日ね、如月町に行ってきたの。」
 突然話の方向が変わった。
「それが部屋の位置とどういう関わりがあるんだ?」
 もう、後には引けない。
「今年の水着を買いに行ったの。」
 相変わらず俺の言葉は無視されているらしい。
「へぇー、今年はどんなのにしたんだ?」
 本当は知っているのだが……
「向こうで試着するのが恥ずかしかったから、うちでウエスト回りとか全部計って行っ
 たの。だから帰ってきて真っ先に着てみたのよ。」
 そこで言葉を切り、カップを手に取る。
 またもや暫くの間があく。恐らく友美が俺に与えてくれた最後のチャンスだろう。

『謝っちゃえ〜 謝っちゃえ〜
 だいじょぶだ〜 だいじょぶだ〜』

 俺の中で、壮大な合唱が始まる。

『謝っちゃえ〜 だいじょぶだ〜
 だいじょぶだ〜 だいじょぶだ〜』

 あ、天使押され気味。

『だいじょぶだ〜 だいじょぶだ〜
 だいじょぶだ〜 だいじょぶだ〜』

 カチャン
 カップと受け皿が触れ合う音がやけに大きく聞こえた。タイムリミットだ。
 俺の中の天使は、悪魔に一掃されたらしい。つまり……徹底抗戦決定!

「龍くん……」
 じ―――――っと俺の目を見つめる友美。
「なんだよ。」
(負けてたまるかぁ〜)
「……覗いてたでしょう。着替えてる処。」 

                  ・
                  ・
                  ・

 友美の言葉に、俺は『如何にも』といった感じの間を置き、そして驚きを隠してい
るかの様な声で言ってやった。
「覗いてたって……俺が?」
 そんな俺を友美は何も言わず、見つめるだけだ。
「だって、友美の新しい部屋って、親父の書斎の向かいなんだろ? 覗くにはそこに
 入らなくちゃいけないじゃないか。覚えてるか? 昔あの部屋には入って、親父に
 エラく怒られたの。」
  これは本当だった。まだお袋が生きてた頃、ふたりして部屋に忍び込み、こっぴど
く叱られたことがあったのだ。
「じゃあ今日、この家に美佐子さんと龍くん以外誰かいる?」
 初めて会話らしい会話が成立した。
「いないと思うけどさ、だからって俺を犯人にするのかよ。」
 俺は憤懣やるかたないといった調子で言ってやった。どうやら友美にも俺が犯人だ
という確証が無いらしい。

「でも……」
「そりゃ、俺の普段の言動も問題だけどさ、幼なじみの……友美の着替えを覗くなん
 て事は出来ないよ。そんな15年もの付き合いを無にするような事はさ……。」
「………。」
 友美は俺から視線を外し、俯いてしまった。
 ううっ……俺ってもしかして悪い奴なのかな? でも今更『実は俺が覗いてた』と
言える訳もない。
「あ、あのさ、覗かれたってどんな風に覗かれたのさ。」
 俯いた友美に声を掛ける。その問に対し、友美は軽く首を左右に振り、
「いいの。ごめんなさい、確証もないのに龍くんを疑って……。あのね……」
  続けて何かを言おうとした友美の声を、

 かららん!
  
 店のカウベルが断ち切った。
「ただいまぁ。あれ? 友美ちゃん、来てたんだ。」
 喫茶店に入ってきて『ただいま』などという人間は、少なくともこの家には俺の他
にはひとりしかいない。そこには両手に紙袋を下げた唯がいた。

「唯、お店から入って来ちゃダメでしょ。」
 美佐子さんが諫めるが、
「お母さん、唯、オレンジジュースね。お客さんだからいいでしょ?」
 唯はそれを軽く躱し、俺の席の隣に陣取ると、袋の中からカタログらしきものを取
り出し、
「ちょーど良かった。ねえねえ、こっちの柄とこっちの柄どっちがいいかな?」
 そう言って、テーブルの上にそれを広げる。どうやら壁紙のカタログらしい。
「へぇー壁紙を貼り替えるんだ。」
 友美がカタログを覗き込みながら言う。
「うん。唯もひとつ部屋が貰える事になったんだ。好きな壁紙に変えて良いよってお
 じさんが言ってくれたから。」
 さも嬉しそうに語る唯だが、対照的に俺は自分の顔がひきつって行くのがわかった。
「ふーん、そうなんだ。どこの部屋なの?」
 だが、まだ友美が気付いた様子は無い。今の内に逃げ……
「今までお兄ちゃんが使ってた部屋だよ。」
 何も知らない唯は、ニコニコと答える。知っていたら笑顔を見せないで教えるだけ
だろうが……。
「え? じゃ、龍くんは?」
(いかん! 全軍撤退。)
 立ち上がり掛けた俺だが、唯の答えを待たずに俺の新しい部屋を割り出した友美の
鋭い声に制せられた。

「龍くんっ!」
(………はい。)

 1を聞いて10を知る、それが水野 友美という女の子だ。

            ☆            ☆

 バッドニュースは最優先で、グッドニュースは良く確認してから報告すると云うの
が戦場に於いての鉄則と言われるが、今回はそれを痛感した。
 バッドニュースと云うわけではないが、さっさと謝っておけば被害はここまで拡大
しなかったろう。
 あれからふたりの女の子に散々、

「最低!」
 とか
「信じらんない。」
 とか言われ続け、俺は平謝りに謝るしかなかった。友美はともかくとして、何で唯
にまで頭を下げなきゃならんのか今一つ納得がいかなかったのだが、この状況で誰が
反論できよう。
 結局、
「なんでも好きなモノおごるから。」
 で許して貰うことになったのだが、ここでも俺はミスを犯した。さっきのセリフの
前に【『憩』の】と付けるべきだったのだ。
 案の定というか、ふたりが声をそろえて言ったのは、某氏の有名作品のタイトル
「「ピザが食べたい。」」
 だった。
 そんなわけで俺達は今、『Mute』のドアの前にいる。
 力無くドアに手を掛けたのだが、後ろのふたりが後押ししてくれたお陰(?)でド
アは難なく開いてしまった。

 からんからん

「いらっしゃ……なんだ。」
(なんだとはなんだ、これでも客だぞ。)
 と言いたかったが、これから起こるであろう事を考えると、とても言えなかった。

「ご注文は? いつもの?」
 いつもので通用するほどここに通っているのも悲しいものがある。
「それに、シーフードピザ!」
「私はツナコーン。」
(お前ら、少しは遠慮しろ。)
「へー、豪勢ね。あんたは?」
 俺の方に顔を向けるのだが、
「いつもの。」
 とだけ答える。ちなみにいつものとは単なるホットだ。

「ふふん」
 愛衣の奴は分かったように鼻を鳴らすと、カウンターへ向かう。そのスキに、
「いいか、さっきの事は絶っっ対に愛衣には言うなよ。」
 ここへ来るまで何度も繰り返したセリフだ。
「大丈夫だよ。唯達は約束守るもん。」
「もし喋っちゃったら、自分の分はちゃんと払うから。」
 そしてふたりは顔を見合わせ、
「「ねっ。」」
 と頷きあった。

「はい。おまたせー。」
 テーブルの上に2枚のピザ皿が置かれていく。そして3枚目のピザ皿と共に俺の隣
の席に愛衣が腰を下ろした。
「なんだよ、仕事しろよ。」
「いいじゃない、お昼まだなのよ。空いてる時間に済ませちゃわないとね。そんなこ
 とより……」
 愛衣はピザ一切れを口に付けつつ、漆黒に近い緑の瞳を俺に向け、
「今日は何やったの?」
 聞いてきた。
「なにもしてねーよ。」
「ふーん。そこのふたりに聞いてもいいんだけど?」
 目だけを唯と友美に向ける。
「別に……いいんじゃない?」
「あっそ。」
 と、今度は顔をふたりの方に向ける。

(頼むぞ〜 友美、唯。)
 そんな俺の願いが通じたのか、ふたりは、
「本当に何でもないんです。」
「お兄ちゃん時々こーゆーことしてくれるから。」
 と言ってくれた。
 が……、その後互いに顔を見合わせ
「「ねっ☆」」
 頷き合いやがった。
(お前ら、それじゃ喋ってると同じ事じゃないかっ!)
 思い切り言ってやりたかったが、それじゃ益々泥沼に填ってしまう。
 つまる処俺は、ふたりの(ひょっとしたら3人の)罠に見事に填ってしまったらし
い。結局こうなる運命だったんだろうか?

「なるほどね。じゃ、直接本人に聞きましょう。」
 何も聞かずに全てを解き明かす。これが叶 愛衣という女性なのだ。



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