『やるじゃん女の子』

(10 Years Episode 1)

構想・打鍵:Zeke

 この作品はフィクションであり(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を使用しております。
 尚、ここに登場する、人物、名称、土地、出来事等は実際に存在するものではありません。




 まだ午前中だというのに気温はもう30度を越えている。
「全く8月もそろそろ終わりだというのになんて暑さだ。」
 俺はぶつくさ言いながらも手持ちの装備を一つずつチェックしていく。敵の監視網
を突破するには邪魔になるだけの物だが目的は監視網を突破する事ではない、突破し
た先に本来の目的があるのだ。

 ここ1週間というもの毎日のように突破を試みているのだが成功したのはわずかに
1回、それ以外は全て敵に捕らえられ耐え難い屈辱を味わわされている。
 しかも突破できた1回もなんとも後味の悪い・・・。
 ん!? どうやら斥候に出した部下が戻ってきたようだ。

「お兄ちゃん。」
「バカもの、隊長と呼べ。」
「ごめん。」

 こいつが今回行動を共にする 鳴沢 唯、俺と同い年の女の子だ。なぜ同い年で
「お兄ちゃん」なのかと言うと2週間前に兄妹の契り(指切りだ)を交わしたからだ。

「まあいい。で、敵の様子は?」
「もうお店の用意をしてるよ。」
「そうか、よーし今日こそはなんとしても突破してやる。」
「この前みたいなことしないでよお兄ちゃん、じゃなくて隊長。」
「悪かったよ。」
「今度やったらケリ100発だからね。」

 ここ1週間でただ1回突破できたのは唯をオトリに使ったからで、当然オトリの唯
は敵の手に落ちた。で、家に帰った俺は唯にえらく怒られ「もうしません」と宣言さ
せられた挙げ句、例によって指切りさせられたのである。しかも今度は、
「嘘ついたらケリ100発いーれる。」ときたもんだ。
 まあ、唯のケリなんぞ何発喰らっても効きはしないだろうが・・・。

 慎重に居間を抜け玄関へ出る。
 初日はいきなり敵に発見され、
「龍之介君夏休みの宿題終わったの? ほらほら唯も龍之介君に少し教えてもらいな
 さい。」
 ・・・その後は思いだしたくもない。
 2日目以降はこちらが慎重に行動しているためかここで発見される事は無くなった。
 そっと玄関扉を開け外に出る。ここまでは順調だ。
「隊長、お母さん気がついてないみたいだね。」
「ああ、だが油断するな、ここの監視網は注意して行動すれば突破できるのが当たり
 前なんだ。問題は次の監視網だ。」

           ☆             ☆

 その問題の2次防衛ラインである水野邸、2階の窓から2人の行動を見ている人間
がいた。
「あの2人また逃げ出すつもりかな? 懲りないなぁ、今日中に全部片づくんだから
 我慢すればいいのに。」
 いかにも楽しげといった風に呟くとその人物も家の外へと向かった。
 外へ出るとすぐに放し飼いにしている愛犬が寄って来る。コリー犬を小型にしたよ
うな犬でシェルティー(シェットランドシープドッグ)といわれる種類、3歳になっ
たばかりだが結構賢い。
「龍くんと唯ちゃんがまた逃げようとしてるの。遊んでもらなさい。」
 ポンポンと軽く頭を叩くと彼女の愛犬は反対側の勝手口に向かって走って行く。
「うんうん、飼い主に似て賢いね。」

           ☆             ☆

「よし、ここまで来れば美佐子さんに見つかる心配は無いな。」
 喫茶店から死角になる場所に来てホッと息を付く、だが問題はここからだ。
 水野邸の門柱からそっと庭を覗き見る。人影はない、うんうん犬影もないな。
 よし!
「唯、一気に駆け抜けるぞ。」
「うん。」
 一斉に駆け出す俺と唯。しかし・・・
「龍くん、逃げる気?」
 振り返らずともその声の主がわかる、俺の幼なじみ且つお隣さんの水野友美だ。
「い、いいじゃないかよ、1日くらい。」
「だめ、今日で全部終わるんだから。」
「今日で終わるんだったら明日でもいいじゃないか。」
「そう言って去年は結局終わらなかったじゃない。」
 暫く睨み合いが続く。アニメだったら俺と友美の間には火花が散っているだろう。

「お、お兄ちゃ〜ん。」
 一触即発の睨み合いを打ち破ったのは、唯の情けない声だった。
「なんだよ、唯。」 
 唯の方を見やると友美の犬が唯にまとわりついている。もちろん危害を加えている
様子は無い、恰好の遊び相手が来たぐらいに思ってじゃれ付いているのだろう。
 しかしあの様子では唯は身動きが出来そうになく、仮に逃げ出す事が出来てもすぐ
に追いかけて来るに違いない。
 このまま唯を置いて逃げるのは簡単なのだが、今日はそうも行かない。別にケリ百
発が恐い訳ではないし、唯に口をきいてもらえなくなることなんか・・・なんともな
いぞ、うん。
 ただ・・・そう約束は守らなければならない。

「龍くん諦めたら? それともまた唯ちゃんを置いて逃げる?」
 勝ち誇ったような友美、だが俺には秘策がある。
「ふん、俺に同じ手が何度も通用すると思うなよ。」
 そう、こんな時のために用意した特殊兵器があるのだ。親父宛の御中元の中からく
すねてきたボンレスハム(1/2本)
「ほれっ、たーんとお食べ。」
 それを犬の側に放り投げる。
 彼女(犬は雌の筈だった)は食欲と忠誠心を秤に掛けるかのように友美の顔とハム
を交互に見ていたが・・・
「あ゛〜〜〜〜〜〜〜〜っ、」(作者注:友美の声)
 ま、当然だな。友美の愛犬は忠誠心より食欲を選んだようだ。

「わはは、所詮は犬畜生。唯、行くぞ。」
「やったねお兄ちゃん。作戦成功。」
 友美の悲鳴を背に俺達は駆け出す。
「待ちなさ〜い、きゃっ!」
 なんか悲鳴が聞こえたが気にせず走る。

「お兄ちゃん、友美ちゃん転んじゃったみたい。」
「よし、今の内に引き離すぞ。」
「でも起き上がらないよ。」
 振り返ると確かに友美が地面に突っぷしている。しかも起きあがる気配がない。
「大丈夫か? 友美。」
 近寄って声を掛けると、やっとノソノソと立ち上がる。
 思わず後ずさる俺と唯。
 だが友美はそのままそこにしゃがみ込み肩を震わせ始めた。
「ったく、すぐ泣くんだから。ほら立てるか?」
 俺が手を差し出すと友美も手を伸ばして俺の腕を掴む。
 何で腕なんか掴むんだ? 手を握りゃいいのに・・・。
 友美の顔をのぞき込むように見ると・・・泣いてない! どころか笑ってやがる。

 しまった!

 そう思って手を引こうとしたが既に俺の右腕は友美の両腕にガッチリとホールドさ
れてしまっていた。
「やっとつかまえた、もう逃がさないから。」
 くそ、なんて卑怯な真似を、人の善意につけ込むなんて。
「ゆ、ゆい〜〜〜。」
 今度は俺が情けない声で唯に助けを求める・・・が既に唯は友美の愛犬にまとわり
つかれていた。
 どうも彼女は唯が気に入ったらしい。それにしてもあのハムの塊をもう全部喰っち
まったのかこの犬わ?

 その時だった。
「あら、友美ちゃん今日は無事に2人とも捕獲できたのね。宿題は今日で全部終わる
 んでしょ、後で『憩』にいらっしゃい、好きな物を御馳走してあげるわ。」

「お、お母さん!」
 反応が出来た唯はまだましで、俺は口をぱくぱくさせるのが精一杯だった。
 なんてことだ! 今の会話から想像するに、美佐子さんと友美は初日から手を組ん
でいたって訳か?
「ひどいよ、実の娘を売るなんて。」
 どこでそんな台詞を覚えたのか唯が抗議する。足に犬がまとわりついたままだった
が・・・。
「あら、おかげで夏休みの宿題何とか終わりそうでしょ。じゃ、友美ちゃんお願いね。」
 美佐子さんはにっこりと微笑んで『憩』の中へ入って行った。


 6時間後・・・。

 『憩』の中でチョコレートパフェを嬉しそうに食べる友美を見ながら俺と唯は、ハ
ムサンドをパクついていた。
 もっとも、そのハムサンドにはハムサンドとは言いながら、一片のハムも挟まって
はいなかったが・・・。

『やるじゃん女の子』了


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