凄まじい爆風が、病室の中を荒れ狂った。いずみは、サイコアローを放った姿勢のまま、爆風を受け流していた。友美と唯は、バリアを張って、桜子を庇っている。REMは、呆然としてバリアを張っており、淳は、窓の外を凝視していた。やがて、風が収まり、辺りに静けさが戻ってくる。窓の外に、京子の姿はなかった。沈黙がその場を支配する。 「何故だ……何故、京子ちゃんがあいつらの……」 REMの言葉が虚しく響く。淳は、沈黙を守ったままだ。辺りはすっかり静けさを取り戻した。いずみは、構えを崩して、ゆっくりとREMを見る。 「あの……」 「…………」 いずみが何か言いかけるのを、淳が肩を抱いて止める。REMは、顔を伏せたまま、力なく肩を落としている。桜子が、心配そうにREMを見つめていた。 『ふふ……』 REMが、青ざめた顔をあげ、窓の外を見た。その目が大きく見開かれている。 「どうしたREM?」 『ふふ……ふふふ……』 「何!?」 淳も、驚いて窓を振り返る。闇の中から、滲み出すように、京子が姿を現した。体中に傷を負っているようだが、気にする素振りもない。 「《光》のものの中にも『力』を増したものがいたとはね」 血まみれの顔で、京子は冷たく笑った。 「ハノイユのサイコアローを受けながらもそうしていられるとは、大したものだな」 「お褒めに預かって光栄ね」 「どうするつもりだ? 降参するかね? それとも、俺が相手をしようか?」 「降参? 寝言はやめてくれるかしら。私の使命は、あなたたちを消し去ることよ」 「よかろう。相手になってやる」 「待ってくれ!」 REMが、淳を押さえて窓際に立った。 「俺がいく」 「REM!」 「こうなったのも、俺に責任がある。俺が相手をして、京子ちゃんを元に戻す」 それだけ言って、REMは窓の外に出て、京子と相対する位置に浮かんだ。 「『光の使徒』、エミュイエルね」 「そうだ」 「あなたに私を傷つけられて? 私は桜木 京子でもあるのよ」 冷ややかな口調で、京子が言い放つ。REMは、何も答えず、ゆったりと構えた。 「そう……わかっててやるというのね。では、覚悟なさい」 京子の手から、闇の剣が伸びる。REMは、自然体のままだ。次の瞬間、京子の体が消え、REMの目の前に現れた。 「てぇえええい!!」 闇の剣が、REMの体に食い込むかと思われた瞬間、バリアがそれを食い止める。 「甘い!」 REMの手が差し出されると、光が京子に向かって打ち出された。が、体を素通りして、宙に消える。 「なに!?……ぐぁ!」 背後に回った京子が、REMの背中に深々と闇の剣を突き立てた。 「ふふふ……あんな単純なホロに騙されるとは、『光の使徒』も大したことはないわね」 「ば……か……な……」 「私の見た目に騙されたの? ふふふふ……」 「が……は!……」 REMの手が闇の剣を握り締め、強引に引き抜こうとする。バチバチと黒い閃光が腕 に走る。 「無駄よ」 「がぁぁああ!!」 「な!?」 気合とともに剣を引き抜くREM。そのままテレポートして、体勢を立て直した。肩で息をしている。 「………参る」 REMの体が分裂し、京子を取り囲み、一斉に、サイコボムを放った。テレポートを繰り返し、逃げ続ける京子に向かい、光の球が執拗に、打ち込まれる。 「く!」 京子は、逃げながらも闇を連射し、反撃を試みる。光の球と闇の球の応酬が続く中、REMが、手の中で重積ヴォーテックスを作り出し、京子の周りに配置していく。 「これは!」 京子の顔が恐怖にひきつる。 「次元構造体の干渉領域だ。そこにつかまって逃げられたものはいない!」 京子は、闇を乱射して、それを破壊しようとするが、全く効果がない。 「ひ!」 「無駄だ!……」 だが、突然、REMの体がぐらりと揺れた。京子を囲んだ、重積ヴォーテックスに、揺らぎが生じる。 「が!……がは!」 「ははははは! 先程の傷が堪えてきたようだな!」 京子が目を見開き、絶好のチャンスと、REMに躍り掛かろうとした瞬間、光の壁が現れ、彼女は、まともに、突っ込んだ。 「ぎゃぁぁああああ!!!」 激しい閃光に包まれ、京子が地面へ落ちる。 「ひ、卑怯者!……」 「誰がいつ、1対1の戦いだと言った?」 淳が、京子の背後に現れ、再び光の壁を巡らせていく。 「ルナイユ! REMを頼む!」 「はい!」 唯が、REMの傍にテレポートし、ヒーリングを行う。かろうじて空中に浮いてはいるものの、先程の傷がかなり堪えているのがわかる。 「さて、闇のものよ」 淳は、光の壁を完成させ、京子と向き合っていた。 「その体から出ていってもらおうか」 「誰が……」 「では、今度は、本気で相手をさせてもらおうか?」 「………」 「賢明だな」 淳が手を上げ、京子にサイコブロックを施そうとしたその刹那、光の壁を破って、闇が侵入してきた。 「アーリマン!」 『まだその体を渡すわけにはいかん……』 「くそ! どこだ!?」 闇は、脈動を繰り返しながら、京子の体を包みこんでいく。 「させるか!」 淳の手に、サイコスピアが現れ、闇に向かって放たれた。が、一瞬の差で、京子の体は闇に溶け込む。闇と光が、激しく衝突し、爆発を起こすが、京子の姿は消えていた。 『今日は、ほんの小手調べだ……次を楽しみにな……』 低い笑い声とともに闇は消えた。淳の握り締めた拳が震えている。 「そのようなことをさせるか……俺を本気で介入させたいのか?!……」 病棟から騒ぎ声が聞こえてきた。淳は、戦闘で影響を受けたところを修復すると、病室に戻った。REMが隅に座り込んで、まだ唯に手当てを受けている。 「人が来る。バトルスーツは解除しておいた方がいい」 いずみと友美は、無言のまま、制服姿に戻った。唯も、REMの傷が塞がったのを確認すると、やはり制服姿に戻る。 「何が……何が起こったんですか……」 桜子が、怯えた様子で、誰にというでもなく、問いかけた。しばらくの間、誰も口を開かない。 「窓の外にいたあの人は?……ここは……ここは、2階なのに……」 「桜子ちゃん」 「はい」 「今すぐは無理だけど、必ず事情は説明するから、しばらく誰にもこのことを言わないでいてくれるかな」 「でも!……」 「頼む」 そう言って、淳が頭を下げる。それを呆然と見つめていた桜子が、静かに言った。 「わかりました……」 「ありがとう」 ばたばたと廊下を走ってくる足音がする。 「杉本さん! 大丈夫!?」 「は、はい!」 若い看護婦が、息を切らせてドアに立っている。 「すごい音がしたんだけど、何か見なかった?」 「いえ……」 「あなたたちは?」 淳たちは、顔を見合わせ、一斉に首を振る。 「そう……一体、何だったのかしら?」 「何か、ありましたか?」 「心臓の悪い方が一人発作を起こして……桜子ちゃん、本当に大丈夫?」 「はい」 「なら良かったわ。でも、何かあったら、必ずナースコールするのよ」 「わかりました」 「それじゃあ……あ、あなたたちも、もう面会時間は終わりですからね」 そう言って、看護婦は、他の病室へ走っていった。 「桜子ちゃん、ありがとう」 淳が、すまなさそうに言った。 「いいんです。何か訳があるんでしょ?」 「ああ」 「必ず説明して下さいますよね」 「きっとね」 桜子は、静かに微笑んだ。それで充分です。表情がそう語っていた。 「じゃあ、帰ろか」 淳の言葉に答えるように、REMが、青い顔をして、黙って立ち上がった。 「大丈夫か?」 「ええ。何とか」 少しふらつきながらも、桜子に声をかけて、ドアの外に出る。 「じゃあ、また来るからね、桜子ちゃん」 いずみ、友美、唯の3人も、桜子に声をかけて、病室の外へ出た。 「それじゃあ、桜子ちゃん、またね」 「ええ」 「また来るからね」 「うん」 「びっくりしたろうけど、気にすんなよ」 「うん」 最後に淳が、ドアを出ようとして、何か言いかけたが、結局、思い直したように、別れの挨拶だけを述べた。 「おやすみ、桜子ちゃん」 「おやすみなさい……」 「間違いないのかい?」 都築家の居間で、コズエをはさんで、静かに話が進んでいる。 「はい。間違いありません」 「まさか、こんなに早く見つかるとは……」 男が腕組みをして唸っている。 「その、なんていったっけ」 「龍之介先輩ですか?」 「そうそう、その龍之介君。本当に全然覚えてない様子だった?」 「はい。とても、とぼけているとは、思えませんでした」 「ううん……『奴ら』は既に動き出してるはずだから、たとえ、記憶を封印していたにし ても、とうに覚醒していてもよさそうなものなんだが……」 「でも、センサーの反応は確かです」 再び男は黙り込んだ。年配の女性が、声をかける。 「いずれにしても、中央へは報告が必要なのではなくて?」 「確かにな……」 男は、天井を仰ぐと、ため息まじりに呟いた。 「覚醒していなければ、『危機』に対処してもらうわけにはいかん……だが、今は、藁をも掴みたい状況だからな……」 コズエの報告を受けて、これからの対応を相談しているところだった。だが、肝心の『ソルジャー』が覚醒していないのでは、中央に報告したところで無駄に終わる。だからといって、無視するわけにもいかない。 「取り敢えず、報告だけは上げよう。その上で、判断を仰ぐか」 「はい」 「それにしても、厄介だな。2000年前と同じように、既に覚醒して、何らかの活動を始めてると思ってたんだが」 ここは? 誰もいない……何もない……虚無? なぜこんなところに俺はいるんだ? 見渡す限り灰色の世界。光でも闇でもない、灰色の世界。地面に立ってるはずなのに、足元も灰色で、地面が見えない…… 「誰もいないのかー!?」 いないのか……いないのか……ないのか……のか…… 誰も何も答えない……馬鹿な! 皆どうなったんだ!? 戦いは? 戦いはどうなったんだ!?……戦い? 何の戦いだ? 皆って誰だ?……違う。俺が探してるのは!…… 「唯! 唯!!」 静寂。龍之介の言葉が限りなくこだまする。ゆい……ゆい……ゆい……い……い……なぜ返事がないんだ? 唯はどこへ行ったんだ!? どこだ!? どこにいるんだ!? 『……のものよ……』 誰だ!? 唯はどこへ行ったんだ? 皆は!? 『……ものよ……愛するものを守りなさい……それが、あなたの務めです……』 そんなことはわかってる! わかりきってるんだ!! なのに、いない。どこにもいない。ここは……俺の知ってる世界じゃない。唯の知ってる世界でもない。誰も知らない世界だ。なんで俺はこんなところにいる?! 皆どこに行ったんだ?! 唯はどこにいるんだ!? 『もうすぐ時が満ちます……あなたが必要とされる時がきます。だから……その時に備えなさい』 何なんだよ、それって! それより唯はどこだ!? 唯は!? 『愛するものを守りなさい……あなたの務めを果たして……』 だからわかってるって言ってるじゃないか! だから唯がどこにいるのか教えてくれと言ってるんじゃないか! 知らないのか?! 知ってるのか?! どうなんだ!? 『そうではありません……そうではないのです……』 何がだ! 何がだ!! 守れと言ったのはおまえじゃないか! 何が違うんだ!? 教えろよ! 知ってるんなら教えろよ!! 『時が満ちます……』 待て! 教えろ! 唯は、唯はどこに行ったんだ! 今どこにいるんだ!! 唯は!! 「どこにいるんだぁ!!」 突然目が開いた。見なれた天井。息が荒い。心臓が破裂しそうだ。夢?……龍之介はゆっくりとベッドから起き上がり、時計を見た。午後8時30分……食事の後、眠っちまったのか。何度も深呼吸し、動悸が収まるのを待つ。何だったんだ? 今の夢は……最近、妙な事ばかりだ。唯といい、友美といい、いずみといい……それに、こずえちゃんだって……何かおかしい。何かが起こってる……なのに、誰も、俺に真実を言おうとしない。くそっ! 一体何があるっていうんだ。唯が帰ってきたら聞き出さないと…… 唯? 龍之介は心臓が鼓動を打つのを感じた。いくら何でも、もう帰ってきてるはずだ。あいつがそんなに遅くまで出歩いたことなんてなかったから……ベッドから起き上がると、部屋を出て、階下のダイニングへ降りていった。 「美佐子さん、唯は?」 テーブルで頬杖をついていた美佐子が、龍之介の方を見て、ため息をついた。 「まだよ……」 「まだ……って……」 時計の音がダイニングに響く。 「ねえ、龍之介君。唯は何か言ってなかった? 遅くなるとか……」 「何も……聞いてないよ」 時計の音がいやに耳につく。今まで一度だって、こんなに遅くなったことはなかったのに。何かあったのか? まさか…… 「ただいま……」 玄関の開く音がして、唯の声が聞こえた。慌てて龍之介が玄関に走る。 「唯! 一体何時だと思ってんだ!!」 思いがけない龍之介の怒声に、唯は息をのんだ。龍之介も自分の言葉に愕然としていた。ゆっくりと、唯が顔を伏せる。 「いや、すまん。そんなことが言いたかったわけじゃあ……」 「ごめんなさい……」 聞こえるか聞こえないかのか細い声で答えると、唯は、階段を駆け上がって、そのまま、部屋に閉じこもってしまった。 「唯…………」 呆然として立ちつくす龍之介の後ろ姿を見つめながら、美佐子はため息をついた。 八十八病院の遥か上空。淳とREMは、背中を合わせ、目を閉じていた。 「やはり見つからんな」 「……ええ……ぎりぎりのタイミングでしたから、うまくマークできなかったんじゃ」 「いや、それは間違いない。アーリマンに回収された後、しばらくは、次元トレースが生きていた」 「しかし……」 「そう。今はシュプールを追う事ができない」 「あなたのマーキングでも追えないということは……」 「次元境界だな。危ないマネをしやがる」 風が一層強くなる。この高度だと、うっかりすると、簡単に数百メートルは流されてしまう。淳とREMは、位置を維持しながら、京子のシュプールを追っていた。 「次元……境界ですか……」 「使徒……では到達できないな……残念ながら」 「………帰ってこれるでしょうか……」 「え?」 「アミア・フロイラインは、帰ってきました。或いは京子ちゃんも……」 「アミアか……」 遠い追憶の彼方に、とある少女の笑顔が浮かんだ。明るく素直で、屈託のない女の子だった。だが、あの戦いは、彼女にどれだけの重荷を負わせた事か。 「アミアは、特別だった」 「特別?」 「ああ。彼女と初めて会った時からそう感じていた」 「一体?……」 「ERDE-035から、TERA-001へただひとり、しかも訓練途中で派遣されたのは、当時、彼女だけだった。誰も彼女がノウンワールドの切り札になるとは思ってなかったよ。俺もそうだったし、アーリマンだって鼻にもひっかけてなかった」 「ええ」 「だけど、まるで彼女に引かれるように、レディ・ガーディアンが集まり、《闇》を撃退し、君たち光の使徒を巻き込んで、戦いを、《光》の側に有利に導いた」 「あれは、あなたの介入があったからでは」 淳は、まるで、何かを思い出したかのように、ゆっくりと首を振った。 「いや。確かに介入はした。だが、彼女がいなかったら、俺は躊躇い続けただろうし、戦いの趨勢もどうなっていたかわからない」 「あなたを説得したのは、ハノイユではなかったのですか?」 「違う。ハノイユは、何も言わなかった。本来、俺は戦いに関与することをできるだけ避けなくてはならない。ハノイユには、それがよくわかってたからな」 「そうだったんですか……」 「だが、アミアは違った。彼女には、強さがあった。光に生きるものに対する、絶対的な信頼があった。彼らを守ろうとする一途さがあった。彼女も、決して俺の立場を知らなかった訳ではない。だが、それを踏み越えてでも、自分の世界を守ろうとする意志があった」 「確かにそれは私にもわかりましたが」 「何が彼女をそこまで駆り立てたのか? なぜ彼女はあんなにも世界を愛したのか? 単なる義務感では、そこまでできない。教条的な使命感だけでは、俺が心を動かすこともなかった。彼女には、何かがあった。それが何なのかは、俺にだって、最初はわからなかったが……」 「理由があったということですね」 「ああ……まごうことのない理由があった。それが解ったとき、正直、驚いたけどね」 「それで、特別……なんですか?」 「そうだな……」 遠くの街の灯りがちらちらと瞬いて見える。だから彼女は帰ってこれた。アーリマンの呪縛を解くことができた。 「では、京子ちゃんは……」 REMが唇を噛む。淳は、再びREMに背を向けた。 「独力では、難しいだろう……何より、《闇》によって覚醒させられているから、自ら脱出してくる事は……」 「まず有り得ないということですね……」 「万に一つくらいの可能性だな」 「彼女は……京子ちゃんは、やはり《闇》の使徒なんでしょうか?」 「いや、違う」 「しかし、あのパワーは、並の人間では……」 「そうだ。だが、彼女は、決して《闇》の者ではない。それは間違いない」 「なぜそう言い切れるのです?」 「それは……」 淳は目を閉じ、言葉を探した。 「アーリマンが直接介入してきたことで解る。彼女が《闇》の使徒なら、何も、自ら出てくる必要はないからな」 「そうでしょうか?」 「ガーディアンを襲った他の使徒たちは、皆、独力で逃走してるよ。彼女だって、もし、《闇》の使徒なら、俺が介入した段階で、そうしていただろうよ」 「それはそうかも知れませんが……」 我ながら、嘘が下手だな。淳は苦笑した。 「それより、確実に彼女を取り戻す方法がある」 「本当ですか?」 「ああ。アーリマンが、わざわざ彼女の回収に出てきたということは、まだ利用する気があるからだ」 「まさか……」 「そう。彼女が、また我々……いや、俺かな……ともかく、また襲ってくるのは間違いないだろう」 「また……戦わねばならないのですか?」 「ある程度は、やむを得ないな……」 「しかし、そうだったとしても、どうやって彼女を……」 「そこからが策だ」 「え?」 友美は、床についても、まんじりともできなかった。 「そういうことだったのね。桜子さんに会いに行けと、先輩が言ったのは……」 病室に入った途端、感じたあの気配。あれは間違いなく、「覚醒」プロセスだわ。あんまりあっけなくて、ちょっと拍子抜けした感じがする。2000年前は、あれほど、苦労したのに。 「これから、どうすればいいのかしら……」 使命の遂行に、問題はなくなった。だけど、リーダーがまだ「覚醒」していない。このままでは、体制に大きく問題が出てくる。光の使徒は、当てにできない。彼らの使命は、私たちとは異なる。 「サライユもまだ見つからないのに……」 寝返りを打ちながら、呟きがもれた。ガーディアンは、5人が揃わないと、大きく戦力が落ちる。今《闇》が集中して攻撃してきたら、ひとたまりもないわ…… 「ノウンワールドの動向もチェックしないと……」 まさか、アミアのような人材が派遣されてくる事は、もう有り得ないけど、アーリマンの「覚醒」は、彼らも探知してるはずだわ。ここにも、コマンダーか、リサーチャーが派遣されてるはず。早々に探し当てて、コンタクトを取った方が良いわね…… 「アミア……か……」 朝の陽射しが窓から部屋の中を照らす。いずみは、寝返りを打つと、目を覚ました。 「朝か……」 体を起こして、ため息を吐く。ふと、昨日のことを思い出し、唇に手をやる。まだあの暖かい感触が残っているような気がした。 「夢……じゃないよね……」 何だかまだ信じられない。あの時……もう二度と会えないと思った。今でもはっきりと憶えてる。あの人の後を追わず、ダハーカとの戦いを選んでしまった時。そして、ダハーカの手で、私は…… いずみは、体を震わせた。戦い……また戦い……もう嫌。それが決められた運命だということはわかってる。私に選択の権限はない。でも……どうして私は戦うんだろう。今まで何度となくそう思いながら、仲間を助けるために戦い続けてきた。それを終わりにすることはできないだろうか…… 「それに、あの人と……」 戦いが終わると、また記憶を封印しなくてはならない。そうすれば、またあの人のことを忘れてしまう。 「そんなの嫌……」 もう忘れたくない。もう離れたくない。どうして《光》と《闇》があるんだろう。どうして戦いあわなくちゃいけないんだろう。そうじゃなければ、私はあの人と一緒にいられるのに。ずっと一緒にいられるのに…… 涙がいずみの頬を零れ落ちる。再会の喜びは、あっと言う間に、戦いの渦の中に消えてしまうだろう。そして戦いの後には…… 「もう嫌なのに……」 「ええ……そういうことで……ええ……」 廊下の向こうで、ひかりが誰かに電話をしている。可憐は、毛布に包まって、呆然とそれを聞いていた。昨夜は一睡もしていない。目は血走り、顔色がおかしい。 「いえ……診察してもらった結果は、何か強烈なショックを受けたんじゃないかと……」 可憐の瞳は、それを聞いても何も反応する様子がない。時々、手足が痙攣したように動く。ベッドのシーツは、そのためか、くしゃくしゃになっていた。 「……わかりません……ええ……とにかく、何を言っても無反応で……」 可憐の頭は、昨日の経験を反芻していた。突然現れた女性。私を殺そうとした。手の中に見えた、闇のエネルギー……それで私を殺そうとした……私を殺そうと……迫ってくる。駄目……もう駄目……! 「いやぁぁぁあああああ!!!」 「そ、それじゃあ、また! ………………可憐ちゃん! どうしたの!?」 ひかりが慌てて可憐の部屋へ駆け込んでくる。 「いやぁ! いやぁぁぁああ!!」 「可憐ちゃん! 可憐ちゃん!」 可憐の叫び声を聞いて、可憐の母親も部屋に駆け込んできた。 「可憐!」 「いや……いやぁぁぁあ!……」 がっくりと首が落ちる。そのまま可憐をベッドに横たえると、ひかりと可憐の母親は顔を見合わせた。 「申し訳ありません。私がついていながら……」 「ひかりさんの責任ではないですから……」 「せめて、何があったのかだけでもわかればいいんですが……」 控え室で倒れている可憐をひかりが見つけてから、可憐はずっとこの状態だった。何を聞いても答えられず、ただ、何かに怯えるように悲鳴を上げ続けていた。 「ずっとついていてあげたいんですけど、色々後始末がありまして……」 「ひかりさんには、すっかりご迷惑をおかけして……」 「いえ、気になさらないで下さい。何てことはないことですから」 「本当にすみません……」 「また明日、様子を見に来ますので」 「ええ、それでは……」 ひかりが部屋を出ていく。可憐は目を開けなかった。たおやかな指が、可憐の意志とは関係なく、ひくひくと痙攣していた。 |