『前略、愛するあなたへ』

               story by 古酒
 街灯の明かりもない夜の街並みのとある一角

 優しい月の光を浴びて佇む、「憩」という名の小さな喫茶店がある

 様々な想いを静かに静かに眺めてきた、思い出の詰め込まれた喫茶店

 一面硝子張りの窓から僅かな光が漏れている

 「憩」のカウンターを照らしている小さな光

 その光は同時にひとりの女性を映している

 緩やかにウェーブのかかった長い黒髪の女性

 小さな光に照らされて、彼女は一心にペンを走らせている

 自らの想いの全てをそこに織り込むかのように


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| 前略、私の愛するあなたへ                   |
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|  お久しぶり、そう言って良いでしょうか。           |
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|  以前はこうやって何度も手紙を書いていました、いつかあなたが |
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| 読む日が来るかもしれないそう思って…。            |
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|  嬉しいことがあった日や、悲しいことがあった日に、その時その |
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| 時の思いを込めて綴った手紙。その手紙をあなたが読むことはなか |
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| ったけれど、それでも私は満足でした。             |
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|  今こうやって言葉を綴っていると、あの頃のことが鮮明に思い出 |
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| されます。一つの決意から始まったあの冬の日々のことも…。   |
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| そうだ、今日手紙を書いたのには訳があります。         |
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| なんだと思います? 取っても嬉しいことなんだけどな。      |
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| それでは、またいつか…… きっと会えるよね。         |
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|                        唯より かしこ |
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 あなたへの手紙、これで幾度目になるのでしょうか

 あなたと出会ったあの頃から、小さな心に灯した感情を消さないように

 私は私の心を綴ってきました

 誰も読まない、誰にも出さないあなたへの手紙

 楽しいことも、辛いことも、嬉しいことも、悲しいことも

 みんな、みんな覚えています 私の心と、あなたへの手紙の全てが


 今日、私に小さな命が宿っていることがわかりました

 この突然の出来事に、私は少し不安を感じています

 あなたはどんな顔をするのでしょう、どんな言葉をかけてくれるのでしょう

 いえ、きっと、あなたのことだから…わかるような気がします

 この小さな命が大きくなって、恋を知り、愛をはぐくむとき

 きっと、私とあなたの物語を笑いながら話せる日が来るのでしょうか

 その時を楽しみにして、あなたに手紙を書いて行きます、これからも……


 カランコロン…

 カウベルが静かに鳴って「憩」の扉が開かれる

 彼女が首を巡らせると、一人の男が立っている

 「ああ、やっぱりここにいたんだな、…ただいま」

 男は彼女に近づいていくと、彼女にキスをしつつそう言った

 「お帰りなさい、お・に・い・ちゃん

  あのね……今日は嬉しいお話があるんだよ」

 二人は肩を寄せあい、幸せそうに話しながら扉の奥に消えていく


 夜の街並みを歩いていくと喫茶店に巡り会える。

 優しい月の光を浴びて佇む、その喫茶店の名前は「憩」。

 様々な想いを静かに眺めてきた、小さい小さい喫茶店。

 そして、これからも………


                                了

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