クリスマス・イブ。
 言わずと知れた、キリスト誕生前夜の事である。
 俗に聖夜とも言われる
「恋人と一緒に過ごしたい夜」ランキング、堂々の一位に輝いた夜。
 もちろん、
『そんな夜に独りで過ごすのは果てしなく悲しい。』
 とばかりに、このシリーズの主人公(?)である龍之介は聖夜を一緒に過ごす相手
を確保せんと師走の八十八町を駆けずり回った。
 果てしなくゼロに近い確率の状況下で‥‥。
 え? 何故ゼロに近い確率なのかって? それは‥‥



『Lady Generation』

(Episode 6)

【前編】


構想・打鍵:Zeke

 この作品はフィクションです。登場する人物、名称、土地、出来事等は実在するものではありません。
 また本作は(株)ELFの作品「同級生2」の作品世界を設定として使用しております。




「私がいる限り、他の娘とイブは過ごさせないわっ!」

 おなじみ公園脇にあるピザハウス『Mute』。 
  その一角に陣取られた6人掛けのテーブル(特注品)。
 1名の欠席もなくきっちり6人がそこにいた。紹介の必要は無いかも知れないが、
一応‥‥
 鳴沢唯、水野友美、舞島可憐、杉本桜子、篠原いずみ、加藤みのり。
 この6人。

 今、声を張り上げたのは可憐。そしてその可憐の声に他の5人が『うんうん』とば
かりに頷き合った。
 【不幸だ‥‥龍之介。】
 今日はイブの前日、すなわち12月23日である。
 既に彼女達が阻止した龍之介の相手は、片手では数えられなくなっていた。
 それにしても、この状況の中で5人以上の女の子とコンタクトが取れた処が龍之介
の龍之介たる所以だろうか? 
 もちろんそれらは全て無駄な努力に終わったのだが‥‥

「いよいよ明日か‥‥」
 溜息ともつかない、いずみの声に、
「龍之介君と祝う女の子がいない代わりに、私達も寂しいイブを過ごさなきゃいけな
 い処がアレだけど‥‥」
 苦笑混じりに友美が答える。それに対し、
「あら水野さんだったら、一緒に過ごしてくれる男性(ひと)ぐらい直ぐに見つかる
 でしょう?」
 と、これはみのり。
「ただし、龍之介君以外にね。」
 そして桜子。
「だめだよみんな、油断しちゃ。相手は『あの』お兄ちゃんなんだよ?」
 そんな5人を諫めるかの様な唯。さすがは同居人と言ったところだろうか?

 シリーズ通して読んでいる方にはわかって頂けているであろうが、別に彼女達は龍
之介を憎んでいる訳では無い。
 【かわいさ余って憎さなんとか、って諺はあるが‥‥】
 
 そこへ‥‥
「お待たせ致しました。スペシャルミックスをオーダーの方は?」
 愛美が慣れない手つきでトレー上のピザを持ち上げ、6人を見渡す。
 その愛美をちらっと見た友美が、
「どうだった? いずみちゃん。」
「ああ、昨日の夕方に着いたそうだ。大丈夫、現地の社員を二人張り付かせた。こん
 な処で篠原の名前を使いたく無かったんだけど‥‥これも龍之介の為。」
 【最近思ったのだが、龍之介の為じゃ無くって自分たちの為じゃないのか?】
「あのー? ミックスピザは?」
 二人の会話に戸惑いながらも、再度愛美が訊ねる。
「あ、ごめんさい。」
 慌ててみのりがその皿を受け取ると、愛美はホッとしたようにトレーの上にのった
残りのピザを置き、カウンターの中へ戻っていった。

 此処で解説せねばなるまい。
 実は今回、彼女はいないのである。別に『愛美』と『愛衣』の字が似ているからと
いって打ち間違えている訳では無く、設定上の都合により、彼女は長期休暇になると
国外へ出てしまうという習性(習性?)があった。理由は‥‥
 『10years』シリーズを読んで頂きたい。大凡の想像はつくはずである。  

 話を戻そう。
 本シリーズを読み返してみると、『漁夫の利』とか『鳶に油揚げ』と言った諺が浮
かぶと思う。で、今回強力な『鳶』がいないことはある意味、彼女達にとって大きな
チャンスだった。
 しかし‥‥敵(敵?)は他に5人もいる。そしてお互いに手の内が読まれてしまっ
ている事がわかっているので、動くに動けないのだった。
 例えば龍之介の部屋。
 友美の部屋に面したガラス窓は厚さ12mmの対NBCF(Fはファイヤー)戦用に
開発された防弾ガラスで出来ていた。
 ちなみにNBCとは、バスケットボールとは何の因果関係も無い。核兵器、生物兵
器、科学兵器の事である。
 それを2枚合わせ、更に2重サッシにするという念の入れようだった。
 ちなみに米海軍のmk.50『バラクーダ』魚雷の直撃にも耐えるという‥‥
 【何故魚雷?】
 そして廊下に面したドア‥‥こちらは90式戦車の滑空砲弾にも耐えるらしい。
 【何処から撃つんだ?】
 いずれも篠原重工業開発部製。いずみが父親に泣きついてまわして貰った物だ。

 ‥‥話を戻そう。
「そうね、唯ちゃんの言う通りだわ。油断禁物、勝って兜の緒を締めよ‥‥ね。」
 桜子が不特定多数ならぬ不特定5人に向かって言う。
「もちろん抜かりはないわ。みのりさん、説明して。」
 友美がみのりを促すと、みのりは手に持ったファイルを広げながら立ち上がり‥‥
「今回の作戦は‥‥」

 カランカラン‥‥ 
  説明を始めたみのりの声はカウベルの音に遮られた。
 入ってきたのは‥‥
「こら唯! なにやってんだお前わっ。みんなパーティーの準備で走り回ってるんだ
 ぞ! サボってないでさっさと手伝え!」
 ドカドカとテーブルに近づいて来たのは、意外かも知れないが南川洋子‥‥と宮城
綾子だった。
 【宮城綾子についても『10years』を参照して頂きたい。】
 2人は左右から唯を抱え上げると、まるで他の5人が存在しないかのように唯をズ
ルズルと出口の方へ引きずり始めた。
「ふ、2人とも、唯は今大事な話が‥‥」
 訴えるように叫ぶ唯。‥‥だが、
「おだまり! 女子校に通う者は等しく悲しい定めを背負っているのよ。」
「あんな優柔不断男と女の友情、どっちを取るつもりだ!」
 有無を言わさぬ迫力で捲し立てる2人に、
「お、お兄ちゃん‥‥かな?」
 恐る恐る唯が言うが、そこまでだった。
「そんな訳で、こいつの身柄はたった今から如月女子高校1年E組一同が預かった。
 返却予定日は24日深夜、‥‥以上。」
 洋子がその場で宣言すると、そのまま唯を引きずり『Mute』を出ていってしま
う。呆然とそれを見送る残った5人は、台風が通過した田畑を見る農家の気分が少し
わかった様な気がした。 

「な、何なんだ? 今のわ‥‥」
 呆然といずみが呟く。すると、
「なるほど、今のが女子校の恐怖ね。」
 桜子がわかったように納得する。
「なんなの? それ。」
 と、友美。
「早い話、クリスマスとかバレンタインとか七夕のイベント当日に、彼氏がいそうな
 女の子を拘束しちゃうのよ。」
 得意げに解説する桜子。
「ふーん。醜い話ね。」
 可憐が受けるのだが‥‥
 【他人の事言えないと思うぞ。】   
「しかしなんだな‥‥唯とあの先輩がいないとなると‥‥」
 いずみの言葉に、
 バチバチバチッ‥‥☆
 さして広くない店内に、火花が散った。 
 【やっぱり醜い争いだ‥‥】

                   ☆

 一方、店外に出た唯、洋子、綾子は‥‥
「あんなモンで良かったのか?」
 洋子が抱えていた唯の腕から手を離しながら聞く。
「うん、上出来だよ。この埋め合わせはきっとするから。」
「気にしないの。龍之介君にお似合いなのは絶対唯だと思うからさ。」
 賢明なる諸兄の方々にはお解り頂けたであろう。実はこの3人はグルである。

 話は3日前まで遡る‥‥。

「お、いよいよ日本公開か。」
 リビングで雑誌を読み耽(ふけ)っていた龍之介が突然声を上げた。読んでいたの
は総合情報雑誌。数多の情報を一冊に凝縮した「○○ウォーカー」みたいな雑誌だ。
 その中に、以前から龍之介が目を付けていた究極のB級ホラー映画がいよいよ日本
に上陸すると言う記事があった。
「なにが日本公開なの?」
 キッチンで夕飯の手伝いをしていた唯が、龍之介の声に気付きパタパタとスリッパ
の音をさせ近づく。なにしろ、映画と言ったら1人で行かないのが龍之介だ。
「うん? これだよ。」
 龍之介が雑誌をひっくり返し唯に見せる。
「『悪魔死ね死ねモンスター』? またホラーなの?」
「ただのホラーじゃ無いぞ。既存のB級ホラーの粋を集めた究極のB級ホラーと言え
 る作品だ。」
  【それってつまりA級に近いって事なのか? それともC級?】
 再び雑誌に目を落とす龍之介。と、突然その表情が曇った。
「なんだ、公開って来年の2月かよ。」
 バサッと雑誌をソファの上に投げ出す。
「あーあ、せっかくイブに誰か誘って見に行こうと思ってたのに‥‥」
 龍之介の言葉を聞くと同時に、唯の頭上に豆電球が灯った。慌ててエプロンのポケッ
トを探る唯。
 先程美佐子から
「お客さんから試写会のチケットを頂いたの。良かったら行って来なさい。」
 と封筒を渡されたのを思い出したのだ。
 カサカサと封筒を開け、中のチケットを取り出す。
 ‥‥備後(現在の岡山県辺り)
 いや、ビンゴ。

「『悪魔死ね死ねモンスター』だよね?」
「は?」
「お兄ちゃんが見たい映画って。」
「そうだよ。」
 少し不機嫌な龍之介。
「さっきお母さんから試写会のペアチケット貰っちゃった。」
 途端に龍之介の顔が台風一過の空のように晴れ渡った。
「悪いな。」
 まるで当然の事のように唯にチケットを要求する龍之介。
 【本当に悪いと思っているのか?】
 もっとも、唯にも考えがあったのか、
「いいよ。はい。」
 惜しげもなくチケットを渡す。ただし一枚だけ。
「なんで一枚なんだよ。俺は1人で映画に行くほど酔狂じゃ無いぞ。もう一枚よこせ。」
 しかし唯だって負けてはいない。右手でもう一枚のチケットをひらひらさせ、左手
で自分を指差す。
 そんな唯を見、暫く考え込む龍之介。
「‥‥仕方がない、不本意だが1人で行くとしよう。」
 【こいつわ〜】
 こんな事言ってはいるが、龍之介本人も1人で行くよりは唯と一緒に行った方が良
いと思っていたりする。なら素直に誘えばいいものなのだが、
(同居している女の子とイヴに遊ぶ様になったら、もう『なんぱし』としてやってい
 けない。)
 という恐怖感に捕らわれているのだ。
 【そうなのか?】
 そんな龍之介の思いを知ってか知らずか‥‥
「チケット、よく見た方がいいよ。」
 余裕の唯。龍之介が怪訝な顔でチケットに目を落とすとそこには、
『試写日:12月24日 時間:入館 18:00 試写 18:30〜21:00
 ※注意:本券1枚では入館出来ません。必ず2人1組でおいで下さい。』

 チケットから目を上げた龍之介の目に、ニコニコと笑顔を向けている唯の姿が映る。
「‥‥ちぇ、わかったよ。‥‥唯、お前24日暇か?」
 渋々といった感じの龍之介だが、
「うん!」
 唯の方は気にも止めず、満面の笑みをもって答えた。

                   ☆

 こうして1人抜け駆けに成功した唯。だが、御存知のように初期段階で抜け駆けし
たからと言って成功した例は無い。無いと言うよりは皆無‥‥いや絶無と言ってもい
いだろう。
 しかし唯にもそれは良くわかっていた。なにせ犠牲者として一番被害にあっている
のが唯だ。それ故、他の5人の怖さを一番良くわかっていた。
 翌日から唯のアリバイ工作が始まった。

                   ☆

「お願い! 2人とも唯に協力して。」
 久々に登場したATARU内の半地下にある喫茶店で、唯が洋子と綾子に向かって
頭を下げていた。唯とこの2人が親友だという設定はあまり知られていないが、これ
はいずれわかる事なので割愛する。
 【大丈夫か?】
「まかせろ。要はあの連中に、唯が24日の日に身動き出来ないと思わせれば良いん
 だろ?」
 2つ返事で引き受ける洋子。もちろんもう1人の方にも異存はないようだ。
 そう、今回ばかりは、あらゆるベクトルが唯を後押ししていた。
 【なにしろ、作者がその気なのである。】
「ありがとう。それでね、3人でクリスマスパーティをやることにして欲しいんだ。」
 しかし唯以外の2人にも、あの娘達がどれほど鋭いかがわかっていたので、
「だめよ、そんな薄っぺらい作戦じゃ。まかせて、私に考えがあるの。」
 自信あり気に綾子が胸を叩く。そこには嘘偽りの無い友情があった。
 【唯は洋子と綾子を仲間にした。<DQIII】

 で、その翌日‥‥
「おはよー。」
 と唯が教室に入ると、その周辺にあっと言う間に人集りが出来た。
「なるちゃん、イヴを彼氏と一緒に過ごすんだって?」
「!?」
「しかも相手は同居してる男の子なんだって?」
「8年越しの想いをイヴの夜に打ち明ける女の子‥‥感動的な展開ねぇ。クラスメー
 トとして是非協力させて貰うわ。」
 既にさらし者状態である。
 顔を真っ赤にして首を巡らす唯の目に、にこやかに手を振っている綾子の姿が入っ
た。どうやら彼女の差し金らしい。
 だが、この状況はどー見ても唯を応援しているモノには見えなかった。
 
 こうして『れでぃ☆じぇね』史上、最大の作戦が始まった。

            ☆            ☆

 で、準備万端整った12月24日‥‥
 八十八駅前をふらついている1組のカップルが‥‥
「誰がカップルだって?」
 失礼。いずみと桜子が歩いていた。
 駅前はそれこそカップルであふれ返っている。女の子2人だけで歩いているのは彼
女達だけだった。
「今日はクリスマスイブなのね‥‥。」
 ほぅっと桜子が溜息をつく。
 【そうか‥‥世間一般が喜びそうな話題は避けた方がいいな。】

 彼女達が何をやっているのかというと、何のことはない、単なる見回りである。2
人1組なのはみのりの案で、互いを監視するためであった。
「交代まであと1時間か‥‥」
 いずみが駅の時計を見上げたちょうどその時、
「龍之介君!」
 桜子が声を上げ、そのままいずみを置いて”たった”と駆け出した。慌てていずみ
もそれを追う。
「やあ、桜子ちゃん。」
 駅ビルの壁に寄りかかり、人待ち顔の龍之介が桜子の顔を見るなり、笑顔を向ける。
 これからデートだというのに、他の女の子に笑顔を振りまく‥‥これが『なんぱし』
である。
「こんな寒空に駅前に1人でいるって事は、ナンパだろう?」
 桜子の背後からいずみ。
「いずみ、お前とはいずれきっちりとケリをつける必要があるな。」
「ねえねえ、ナンパするくらいなら私達とお茶しない?」
 2人の会話を全く意に介さない桜子。
「えっ、ホント? いやぁ、桜子ちゃんが誘ってくれるなんて嬉しいなぁ。」
「私はジャマか?」
 いずみがドスの利いた声で龍之介をねめつける。
「んな事言ってねーだろ、枯れ木も山の賑わいとゆーではないか。」
 口は悪いが、これが龍之介のいずみに対するコミュニケーションの取り方だった。

「じゃあ‥‥」
(行こうか。)と言いかけた龍之介の声に、
「ごめん、龍之介。待った?」
 の声が被さった。
 一斉に声のした方へ顔を向ける桜子といずみ。そこには‥‥
 ウェスト辺りまで伸びた黒髪、その毛先はパーマが掛かっているのだろうか、緩く
ウェーブしている。そして幼さを残した‥‥だが間違いなくカワイイ、言い替えれば
龍之介が絶対に放っておかない顔立ち。

「おせーぞ。」
 と応える龍之介に
「知り合い?」
「知り合いか?」
 すかさず応戦体制に入る2人。立ち位置もさりげなく龍之介を守るように‥‥だ
「知り合い?って、あれは‥‥」
 何かを言いかける龍之介だが、その前に龍之介の近くまで歩み寄ってきたその娘が、
「龍之介のお友達? あ、はじめまして。私、中村麻沙子。」
 【何者ンだそりゃ?(註:小説版同級生参照)】
 龍之介の言葉を遮る。
「あ、ども。はじめまして、篠原いずみです。」
「す、杉本桜子です。」
 つられる2人。
「ごめんねぇ、桜子ちゃんにいずみちゃん。私達これから『でぇと』なの。また今度
 誘って上げてね。」
 にっこり微笑み2人に言うと、次の瞬間には龍之介の腕を取り、カップルでごった
返す駅構内へと消えていった。

「誰? 今の‥‥」
「知らない。」
 呆然とそれを見送るいずみと桜子。
 数秒間、2人を取り巻く空間の時間がゆっくりと流れていく。
 彼女たちが我に返ったのは、龍之介の姿が駅構内に完全に消えてからだった。
「と、とにかく友美達に知らせて対策を練ろう。」
 自らにも言い聞かせるように桜子に向かって言い、2人は人の流れに逆らうように
して『Mute』へと向かった。

                   ☆

「お兄ちゃん、1ペナだよ。」
 一方、こちらは八十八駅構内には行った龍之介と中村麻沙子‥‥じゃなくて唯。
「何が1ペナなんだよ、絶対にバレてるぞお前のその変装。リボンを取っただけじゃ
 ないか。」
 【認識不足な奴‥‥。】
「大丈夫だよ。唯が『はじめまして』って挨拶したら、いずみちゃんも『はじめまし
 て』って言ってたから。バレていたら、そんな事言わないと思うよ。」

 上の会話のナゾ解きをしよう。実は映画を一緒に見るに際し、龍之介は唯に条件を
出したのだ。それは‥‥
『唯本人ということが、他人にバレないようにする事』だった。
 理由は先に述べたとおり、『なんぱし』のプライドである。
 しかしこの条件は唯にとっても好都合だった。
 何故か? 説明不要だろう。
  で、逆に唯が出した条件は、
『龍之介からバラすような言動はしない事』だった。
 龍之介に対する1ペナとは、先ほどのいずみと桜子に対する言動がその条件に引っ
かかったかららしい。

「でもやっぱりお兄ちゃんにはすぐにわかっちゃったね。呼び方も工夫したのに。」
 やたら嬉しそうな唯。
「わかんねー方がおかしいんだよ。それから呼び捨てはやめろ、呼び捨ては‥‥。」
「どうして? いずみちゃんは呼び捨てにしてるのに‥‥」
「うっ‥‥」
「愛衣ちゃんだって呼び捨てだよ。」
「愛衣は年上だろが。」
「それにさっき2人の前で呼び捨てにしちゃったから、今から君付けにしても遅いと
 思うよ。」
「なんでだよ。」
 【相変わらずお目出度い奴だ。】
 唯はそれには答えず、
「とにかく、1ペナルティーで晩御飯はお兄ちゃん持ちだね。」
 そう言うと、龍之介の腕に『ぎゅっ』としがみついた。

            ☆            ☆            

 龍之介と唯が如月町行きの電車に揺られている頃、『Mute』では‥‥
「オーダーよろしいでしょうか?」
 みのりがバイトに勤しんでいた。どんな時でも、そこにバイトがあれば働くのが、
加藤みのりという女の子らしい。ただし、龍之介の身に何かが起これば話は別である。
 そんな折り‥‥

 からんからん‥‥
「たいへんだぁ〜」
鳴らしたカウベルを自らの声で遮るようにして、先の2人が店内に転がり込んできた。
「安田先輩、タッチ交代。」
 すかさず身につけていたエプロンと手に持っていたトレーを、カウンタ越しに楽し
くマスターとお喋りしていた愛美に押しつけるみのり。
「え? ええぇ〜〜。」
 不満そうに唇を尖らせる愛美だが、元々愛衣に頼まれたのは彼女である。文句の言
いようはなかった。

「どうしたの2人とも、他のお客さん達に迷惑でしょ?」
 友美がリーダーらしく諫める。
 【君らの存在の方がよっぽど迷惑だと思うぞ。】
「なに落ち着き払ってるんだよ。龍之介が‥‥」
 そこまで言ってハタと気付いた。1人足りない‥‥
「可憐はどうした?」
 いずみが誰にともなく言うと、彼女の背後に立っていた桜子がやや斜め上方を指さ
し、
「あそこにいるわ。」
 その指先を辿ると、そこにはテレビが‥‥

『歌の祭典、クリスマス特集。次は舞島可憐ちゃんに歌って頂きましょう。』
 テレビの中の司会者が可憐の名を呼ぶと、シーンが切り替わり可憐の曲のイントロ
が流れはじめた。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
  ↑機種依存文字につき、4分音符と8分音符が舞っていると思って欲しい。 

「随分と長いイントロね。」
 やがて歌詞が画面下に表示され、歌が聞こえはじめてきた。だが、画面の中に可憐
の姿は‥‥無い。
「どうしたのかしら?」
 4人(友美、いずみ、桜子、みのり)が画面を注視する中、

 からんからん 
「L○d○ G○○e○○ti○n海より逞しく 未来を生き抜くた〜めには‥‥」
 カウベルの音と共に、可憐が歌いながら入ってきた。
 どうやらこの登場の仕方が気に入ったらしい。
 【またドタキャンか‥‥】

                   ☆

「お前なぁ、今回のはさすがに拙いんじゃないか?」
 何事もなかったようにテーブルに着いた可憐をいずみが諫める。
「何度も言わせないで。私は龍之介君の為だったら‥‥以下略よ。」

 【とても龍之介の為になっているとは思えんのだが‥‥】
「でもいいのかしら? まだ探してるわよ。」
 友美がテレビを見上げる。確かに画面の中では未だに先の司会者が可憐の名を呼び
続けていた。
 その言葉に対して、可憐はそのキュート(死語)な顔にわずかな笑みを浮かべ、
「大丈夫、こんな事で私の立場は揺るがないわ。なにしろ‥‥」
 そう言ってやおら立ち上がると、テレビのリモコンを手に取る。
 そして、
「私の人気は遂に巨大ロボットアニメにも波及したのよ。」
 ちなみに今日は土曜日、時計は5時を指していた。
 【おあえつらだな‥‥】
  ぴっ‥‥
 可憐が何chを選択したかは敢えて語るまい。ただ、そのスピ−カーからは‥‥

『こぉ〜て〜つ ふ〜んさ〜い ゴル‥‥L_B]!』

「ふぅ、危なかった。もう少しで某所からクレームが来るところだったわ。」
 【そりゃ、俺の台詞だ。】
 こうして貴重な10何分かが失われた。

                   ☆

「‥‥と、言う訳なのよ。」
 桜子が先の状況を細かく報告する。
「龍之介さんの事を呼び捨てにしてたんですね?」
 確認するようにみのりが聞く。それに対しては2人が同時に首を縦に振った。
「取り敢えず電話ね。」
 とにかく第一容疑者はこの場にいない2人だった。特に愛衣は海外にいようが安心
できない。
 何しろこのシリーズである。へたすりゃ『ストライクイーグル』に増槽を付けて、
尚且つ空中給油機まで用意しかねない。
 【誰がするかっ!】

 ジーコロコロコロ‥‥ ジーコロコロコロ‥‥
 篠原重工の一人娘が十円玉を山積みにしたピンクの電話で、電話を掛ける光景は何
処か涙を誘う。しかもダイヤル式だ。
 そんないずみだが電話が繋がってから10秒と経ずに
「友美ぃ〜。」
 友美に泣きついた。どうやら国際電話の交換手が外人だったらしい。

「ペラペラペラペラ‥‥」
 淀みないクィーンズイングリッシュでやり取りした後、
「はい、いずみちゃん。」
 どうやら無事、篠原の現地社員に繋がったようだ。
「もしもし‥‥ああ、私だ。目標は見失ってないだろうな? うん。今何してる? 
 電話? 何処に電話してるか‥‥なんてのはわからないよな。」
 その現地社員と話し込んでいるいずみの背後では、
「そっかぁ、そっちは夏だもんね。変わり? 無いと言いたいけど、イヴだから例の
 娘達は忙しいみたい。あ、だから愛衣ちゃんも安心して良いよ。」 
 愛美が当の愛衣と楽しげに電話をしていた。
  いずみがその場で電話を叩き切ったのは言うまでも無かろう。

 さて、愛衣の所在が明らかになったとて安心するのは早い。容疑者はもう1人いる
のだ。
 そのもう1人の容疑者‥‥唯に連絡を取っていた友美が4人の待つテーブルへと戻っ
てきた。
「どうだった?」
 4人の声が見事に重なる。
「向こうはクリスマスパーティーの真っ最中みたい。すごい盛り上がり様だったわ。」
「それで?」
「いたわ。途中で邪魔が入ってあんまり長くは話せなかったけど。」
「本人なんでしょうね。」
「間違いないと思うわ。アリバイ工作してるかと思ったけど、時間合わせで十数秒の
 ズレしか無かったもの。」
 予めテープに吹き込んだ声を流す方法を封じる戦法らしい。
「中村麻沙子については?」
「聞こうとしたけど、その前に洋子ちゃんに切られたわ。」
「容疑者が減っただけか‥‥。」
 なんとも重苦しい空気が5人の周辺に流れた。

「とにかく。ここでウダウダしててもしょうがないわ。龍之介君は如月町に行ったん
 でしょ?」
「そうだな。取り敢えず行くか、如月町へ。」
 立ち上がる5人を見て、マスターと愛美がホッと胸を撫で下ろしたのは言うまでも
ない。

                   ☆

 一方、切れた電話の向こう側‥‥
 如月町の繁華街にあるパブレストランで如月女子高校1年E組一同のクリスマスパー
ティが催されていた。
「よっ、さすが演劇部!」
「なるちゃんの声、そっくり。」
 さすがに40人近い生徒がいると、そういう特技を持った人間もいるだろう。
「ねえねえ、他に誰のモノマネが出来るの?」
「じゃあ、次は物理教師の加藤センセの真似を‥‥」
 しかし『唯の為』という当初の美しい友情は、この時既に単なるパーティの余興に
まで落ちぶれていた。

            ☆            ☆

 それから数時間‥‥現在時刻は午後の9時。
 この間5人が如月町を駆けずり回ったのは書くまでもないので割愛する。

「いたわ。」
 広い如月町とは言ってもデートスポットは限られてくる。よほど酔狂な人間でなけ
れば『ATARU』しかない。その『ATARU』の前で張り込んでいた友美、可憐、
みのりが歩いている2人を発見したようだ。
「隣の娘、見たことあります?」
 みのりが自分同様に視線を1点に集中させている友美に聞く。
「良くわからないわ。もう少し近づかないと‥‥。」
 確かに50mも離れていたらわかりにくかろう。それでも龍之介を見つける事が出
来たのは流石と言える。

「許せない‥‥。」
 背後からの突然の声に、
「は?」
 思わず顔を見合わせる友美とみのり。
「許せないわ、私なんかまだ龍之介君と手すら繋いでないのに‥‥」
 拳をワナワナと震わせている可憐の視線を追うと、2人は仲良さそうに腕を組んで
いる。
 それがどうにも納得いかなかったのか、
「あっ! 待って、可憐ちゃん。」
 友美の制止を振り切り、可憐は龍之介に向かって駆け出していた。

                   ☆

「おい、あんまりくっつくな。」
「だって、こうしてないとはぐれちゃうもん。」
 さも嬉しそうに龍之介の腕にしがみつく唯。確かにただでさえ人通りの多い駅前は、
クリスマスイブというイベントと相まって、凄まじい込みようだった。
 もっとも、腕を取っていないと、いつ龍之介が逃げ出すかわからないと云った意味
も唯にはあったようだが‥‥。

「龍之介くん。」
 そんな2人の前に息を切らした可憐が現れた。
「はあはあ‥‥。龍之介くんの姿が見えたから走って来ちゃった。」
 呼吸を整えながら龍之介を見上げるようにして破壊力抜群の笑顔を向ける。
「か‥‥可憐ちゃん。」
 慌てて唯の手を振り解こうとするが、そうはさせじと唯が全体重を龍之介の腕に掛
ける。
「だあれ?」
 その必死の攻防を見て、初めてその存在に気付いたかのように可憐が聞く。
「えっ、ああ、こいつは唯‥‥」
(ぎゅう)
「‥‥と同じ学校に通う。」
「中村麻沙子。よろしくね。」
 龍之介の背中を思い切り抓った事などおくびにも出さず、にっこりと唯が答える。
「ふふ。わたし舞島可憐。こちらこそよろしくね。」
 負けじと可憐も微笑みを返すがそこまでだった。
 次の瞬間、唯の『対可憐最終兵器』が炸裂したのだ。

「えぇー、舞島可憐って、ひょっとして『あの』舞島可憐ちゃんっ!?」
 唯の声は、可憐はもちろんこの雑踏の中でも半径3m程度を十分にカバーする程の
大きさだった。その結果‥‥

「え?」
「あ、本当だ。」
「すごい! 本物よ。」
「おい、可憐ちゃんがいるぞ。」
「マジ?」
「きゃあ、可憐ちゃんよ。」
「うぉおおおっ! 可憐ちゃんっ!」
 あっと言う間に可憐の回りに人集りが出来る。
 【恐ろしいワザだ。】

「ひ、卑怯者ぉ〜〜〜」
 叫ぶ可憐だが、その声は人集りの歓声に掻き消された。

「言わんこっちゃない。」
 その様を見ていた友美が頭を抱え嘆く。
「それにしても可憐さんの人気って凄いですね。」
 感心したようにいつでも冷静なみのりが言う。確かに可憐を包む人の輪は、大きく
なりこそすれ、収束の兆しは見えなかった。

                   ☆

「お兄ちゃん‥‥2ペナ。」
 上目遣いに龍之介をねめつける唯。龍之介はそんな視線は気にも止めず、
「‥‥っかしいなぁ。どーして唯だってわかんないんだろう?」
「話を逸らそうとしても駄目だよ。ばらそうとしたでしょ。」
「ふ、不可抗力だよ。」
 反論するが、
「唯、気に入っているペンギンさんのヌイグルミがあるんだ。」
「だからなんだ。」
「欲しいなぁ。」
 甘えるように龍之介を見つめる。
「お前なぁ、16歳になってヌイグルミは無いだろう?」
「まだ15歳だもん。」(註:両シリーズ共、唯は早生まれという設定にしてある。)
「大して変わらないではないか。とにかくヌイグルミじゃなくて他の物にしろ。」
 ヌイグルミの売場なぞには、死んでも行きたくないらしい。
「他の物ならいいの?」
「あんまり高くない物にしろよ。」
「うん。でもその前にごはんだね。」
「ちっ、覚えてたか。」
「当たり前だよ。お兄ちゃんが唯にご馳走してくれるなんて滅多に無いもん。」
 そしてまたも唯は龍之介を引っ張り、人混みをかき分けるようにして歩き始めた。

                   ☆

「ひ、ひどい目に会ったわ。」
 可憐が人集りを掻き分け友美とみのりの元に戻ってきたのは、それから30分ほど
経ってからだった。
「だから『待って』って言ったじゃない。で? 何かわかった?」
 その場でへたり込んだ可憐を呆れたように見下ろす友美。
「何かって?」
「あの娘について、何か気が付いた事は無かったんですか?」
 みのりが友美の言葉を補足すると可憐は暫く中空を睨み、
「‥‥どっかで見た事あるのよねー。」
「本当っ!?」
「誰なんですかっ!?」
 同時に聞き返す2人に、
「それが分かれば苦労はないわ。でも‥‥」
「でも?」
「唯ちゃんと同じ学校に通っているみたいよ、あの娘。」
「「!」」
 可憐の言葉に友美とみのりが思わず顔を見合わせる。
「妙ですね。」
 同じ学校に通っているというのに、唯から情報がもたらされなかった事が引っかかっ
たらしい。
「そうね。‥‥ちょっと確認してくる。」
 そう言って友美が手近にあった電話ボックスに飛び込む。

 ここでまた説明が必要なのだが、タイムスケジュールはゲーム本編にシンクロして
いる。どういう事かというと、この話は1993年当時を想定している訳で、現在の
ように携帯電話は普及していないのだ。
 【さっきの『鋼鉄粉砕』は気にしないように。】

「やっぱりね。」
 電話ボックスから出てくるなり友美が2人に向かって言う。
「何がやっぱりなの?」
 友美、みのりほど頭の回転が早くない(失礼)可憐が聞き返す。
「中村麻沙子は偽名なんです。」
 分かっていたかの様にみのりが断定する。
「唯ちゃんはもちろん、洋子ちゃんや宮城さんも知らないと言っていたわ。」

 この偽名云々に関しては、如月女子1年E組一同の間でも当然議論された。その結
果「知らぬ存ぜぬ」を貫き通すと云う結論に行き着いたのだ。
 少しでも唯の‥‥延(ひ)いては自分達との接点を少なくしようという魂胆だった。

 しかし、それを元に彼女達は1つの結論に行き着いた。
「偽名だって分かったからって、それに何の意味があるのよ。」
 相変わらず可憐だけは分からなかったのだが‥‥
「わからない? 中村麻沙子と名乗っている娘は間違いなく私達の顔見知りよ。」
 可憐の目を見、友美が噛んで含める様に言うと、
「‥‥あ!」
 ようやく可憐もそれがどういった意味なのか理解した。
 自分達に対して偽名を使う必要がある‥‥いや、使わざるを得ない事を知っている
人物。更に言うなら、自分達の龍之介に対する想いも知っている人物と云うことにな
る。とゆー事は‥‥
 ‥‥そう、これにより、彼女達は「龍之介がナンパした相手」という無限に近い選
択肢を排除する事が出来る様になったのだ。
 
 こうして、中村麻沙子にまつわる秘密のベールが、また1枚剥がされようとしてい
た。かつて無敵の戦闘機と謳(うた)われた『零戦』が、その秘密を暴かれ驚異でも
何でも無くなったのと同様に‥‥。

           『Lady Generation6』(前)了


【後編】へ続く
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