向日葵

〜もうひとりのセカンドチルドレン〜



■ Sixth Act …… 名もなき歌を ただ君に捧ぐ ■



Presented by 史上最大の作戦





「……使徒と呼ばれる生命体。いや、この場合は巷間にいわくところの『生命体』の
定義にすら当てはまらんかもしれんな。
 形は不定形。我々が想像しうる『生命体』の定義を最大限広範囲に拡げても、カテ
ゴライズすることは不可能だ。
 動力源、エネルギー源、移動方法、全てにおいて不確実かつ不明。第三使徒……我
我は『サキエル』と呼んでいるが……は直立二足歩行。第四使徒『シャムシエル』は
デバイス不明の動力によって宙を飛んでいた。だが戦闘時には直立したとの報告があ
る。
 そして第五使徒『ラミエル』に至っては動力源、移動方法ともに全くの不明」
 ……講師の退屈極まりない授業が続いていた。
 内容的にはまあまあ聞ける内容なのだろうが、なにしろ二言目には「不明」「不確
実」という単語が飛び出すのだ。真剣に学ぼうという気も失せようというものだ。
 最初のうちは真面目に聞こうと思っていたアスカだったが、その試みはものの五分
ほどで粉砕されてしまった。
 とにかく、退屈だ。
 かと言って他にすることもないから、アスカは机にうつ伏せになり、睡眠学習モー
ドに入ろうとした。どうせ全て知っている知識だ。
(……あれ?)
 と、視界の隅に入ってきた人影がある。
 持って回ったような言い方をすると、「先客」だろうか。
 アスカよりも早々と授業を放棄しているのは、アレックス・カーレンだった。
 そう分厚くもない、必要以外のことは一切書き込まれていないテキスト(世の中で
最も外部に持ち出しやすい情報手段は、紙だから)を積み上げて、即席の枕を作って
いる。本格的に眠る体勢だ。
 顔を、こちらに向けていた。
 女の子のアスカから見ても羨ましく思えるほど長い睫毛。だらしなく開いた口さえ
きちんと閉じていれば、瞑想しているようにさえ見えるかもしれない。
 呼吸は規則正しい。いや、この場合はもう「寝息」と呼ばれる部類だろう。
 あまりに無防備な寝顔に、アスカは思わず微笑みかけていた。
 だが、すぐにその笑顔は笑顔未満で消える。
「……」
 アレックスの寝顔を見ながら、アスカは思い出していた。
 ……アレックスが母親の死を告げられてから、もう三日が経った。
 その間、彼は何をしたか。
 ……何もしていない。
 取り立てて騒ぐでもなく嘆くでもなく、まるで別世界の出来事のように、ただただ
いつも通りの生活を送っていたのだ。
 本国のアメリカに戻るつもりもなければ、葬儀に出るつもりもないらしい。
 それが、アスカには不思議に思えてならない。
(……母親、か……)
 母親。
 「Mutter」という単語は、彼女にとって痛みを伴っていた。
 アスカの母親が死んだのは、もう随分前のことになる。まだアスカが幼子だった頃。
 だから葬儀の記憶は、あまりない。
 雨だった。それだけは妙に覚えているが、それだけだ。
 遠い昔だから、ではない。
 葬儀の光景よりも鮮烈な記憶が、頭にこびりついているから。
 ざわわ、ざわわ。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 キンポウゲのゆらめき。
 天井からぶら下がった身体の、ゆらめき。
 一つの流れとしての記憶ではなく、点の寄せ集めの記憶の断片。
 あれを見た……瞬間、自分は笑っていたのだと思う。
 笑いながら部屋に飛び込んで、その笑顔がそのまま凍り付いた。
(アレックスの笑いは……違った、かも)
 あの時……ミズーリ司令から母親の死を告げられた時の、アレックスの顔。
 間違いなく、笑っていた。
 いつもと同じ笑い。なのに、いや、だから、それは失調感を伴うほどのアンバラン
スさを持っていた。
 アスカは、母親になりたくない。
 母を憎んでいるから。
 自分の母親であることをやめた母親を、許すことができないから。
 だが、笑えるだろうか。
 これほどまで憎んでいる母親がもし今死んだら、アスカは笑えるだろうか。
 アレックスのように、あれほど無邪気に。何の屈託もなく。
 自信が、ない。
 笑うよりも先に、泣いてしまうような気がする。それがどういう心の動きかは分か
らないけれど、わけもなく泣いてしまうだろう。
(泣かないって……決めたけど)
 今となっては無意味な仮定ではある。少なくともアスカはこの先、「母親を失う」
という経験は絶対にするはずがないから。
 その事に気付くと、アスカの思考は宙に浮いた。無意味な仮定、それはつまり直面
しなくてもいいという事。証明終わり。
(どういう人間なんだろう?)
 そこでふと、隣で寝こけている少年に対する興味が湧いてきた。
 母親が死んだというニュースを笑って聞けるアレックスという人間は、一体どうい
う人間なんだろう。
 付き合いは意外と長いのだが、考えてみれば驚くほど、アスカはアレックスに関し
て知っている事が少ない。
 取りあえず、知っている限りの知識を列挙してみることにした。先日アスカが自分
自身にやってみたのと同様に。
(え〜と……)
 アレクサンドル・カーレン。ミドルネームはなし。アメリカ国籍のアメリカ人だが、
少しだけプエルトリカンの血が混じっていると聞いた(そもそも「純粋なアメリカ人」
というものが存在するなら、見てみたいものだ)。
 生年月日は9月16日、乙女座。血液型はB型。これはIDカードを何かの拍子に
見たときに知った知識だ。年齢はアスカと同じ、14歳。だけど時々、ひどく大人び
た感じがする。
 母国語は当然英語。ドイツ語はさっぱり(「名詞に男も女もあるか」が口癖だ)。
しかし頭は悪くない。少なくとも見かけほどは。
 得意な教科は生物、現代文学。苦手な教科は数学。
 趣味は……訊いたことがないから、よく知らない。
 食べ物の好き嫌いはない。よく食べるが、絶対に太らない体質らしい。羨ましい。
 髪の毛はブロンド、瞳の色は緑。既往症はなし、身体に異常なし。
 そして、エヴァンゲリオン四号機のパイロット候補生。
(……やっぱり、言葉は記号ね)
 全部並べ終えた後、アスカは溜息をついた。うつ伏せの体勢だから、吐いた息が腕
に当たるのが感じられる。
 自分にやってみた時もそうだった。こういう外面的な特徴をいくら積み重ねていっ
ても、決して完成図は「その人」にならない。出来の悪いレゴブロックでミケランジ
ェロの彫刻を模倣するようなものだ。
 たとえば笑い顔の特徴だとか、あの腑抜けたようなしゃべり方だとか、一言でピタ
リと表現するには、言葉はあまりにも無力すぎる。
 そして、アスカの一番知りたい事に対する解を、導くことさえできない。
(どんな、母親だったんだろう)
 息子がその死を笑って聞けるような母親。アレックスの母親。
 今度はアレックスの性格から、帰納法的に導き出そうとしてみる。
 しかしそれもまた、失敗に終わった。どんな母親像でも当てはまりそうな気がする
し、どんな母親像でも違うような気がしたからだ。
「……バカバカしい」
 小声だったが、思わず口に出してしまった。
(何であたしが、こいつの事でいちいち頭悩ませなきゃなんないのよ)
 大体、あのシンクロテスト以来アレックスとは口をきいていない。半ば絶交状態だ。
(やめやめ、考えるだけ時間の無駄ね)
 ふんと一つ、鼻息を洩らす。
 そもそもアスカにとってアレックスはライバルであり、友達ではない。
 当たり前。なぜならアスカの存在を脅かす人間は、全てが敵だから。容認し、許容
するということは即ち自分が自分を失うことに他ならないから。
 彼の母親がどんな人だったか、どうしてアレックスは母親の死にも動じないのか、
そんなことは知った事じゃない。
 そうふんぎりをつけ、アスカは本格的に眠りにつくことにした。
 前の晩は録り溜めていたビデオディスクを遅くまで見ていたから、つい夜更かしが
過ぎていた。目を閉じると待っていましたとばかりに睡魔が襲ってくる。
 だが、眠りの淵に頭の先まで沈み込む、ほんの少しの間。
 アスカの心のどこかには、何かしら小さなしこりが残っていた、かもしれない。


  ……少年は、肩に置かれた手の重みを感じていた。
 「アレックス」
  それが自分の名前であることを認識するまでに、少年は少しの時間を必要
  とした。
 「弱い生き方をしないで。お前は誰にも負けてはいけないの」
  それは暖かい口調。
  だが、厳しい言葉だった。
  少年は、戦っていた。
  叫びたい衝動と、戦っていた。
  「母さんにそんな事を言う資格があるのか」と、叫びたかった。


  何も言えなくて黙ってしまう少年だから、叫びたかったのだと思う。


「……つまらん夢を見たなぁ」
 ふと立ち止まり、アレックスは小さく頭を振った。
「貴重な睡眠時間をつまらん夢で浪費した。う〜む」
 年がら年中眠りこけている彼の睡眠時間のどこらへんが「貴重」なのか。この少年
の精神構造にはいまいち不明瞭な点がある。
 不明瞭と言えば、もう一つ。
 アレックスの言葉を聞いている人間が、彼自身以外にいないという事。
「やっぱりあれだな、母さんが死んだからだな」
 あまりにもあっけらかんとした話しっぷりだから、「昨日の飯が悪かったからだな」
という風に置き換えてもまるで違和感がない。むしろそっちの方がしっくりくる。
 そしてそういう口調が似合う、いい天気だった。
 15年前に勃発したセカンドインパクトの影響で、全世界の大気に微小な塵が浮遊
している。そのせいで、毎日の太陽は黄砂を含んだ薄黄色い光を投げかける。
 しかしその塵の含有率も年々低下し、あと5年もするとゼロになるらしい。すると
それはそれで今度は「直射日光が強すぎる」という問題点が出てくる。
 全て、理科の授業で学んだことだった。
「ま、世の中いい事づくめというわけにはいかないな」
 右手に持ったスコップを二三度振りながら、アレックスは抜けるような天空に慰め
の言葉(?)を投げかけた。
 その太陽は南中を過ぎ、しかしその光彩に翳りを見せることなく緩やかに傾いてい
る。
 NERVドイツ支部の本館から少し離れた所にある、何もない場所だった。腰の丈
ほどもある草むらが、ただただ広々と拡がっている。数キロメートルの距離を置いて、
遠くにシュヴァルツヴァルトが見える。ドイツの持つ景観の一つ、暗黒の森だ。
「さて……」
 アレックスは肩にかついでいた袋を地面に落とした。どすん、とも、どさっ、とも
表現できる音がする。
「……育ち方は……悪くないな。あと何日かで咲くかな」
 満足そうに呟くと、二三歩下がって、アレックスは「それ」を見た。
 正確には、見上げた。


 開花する直前の、大きな大きな向日葵。
 蕾を、天空高く突き上げていた。



「……ん?」
 ふと、少年は後ろを振り返った。自分の後方十メートルほどの位置に、人の気配を
察したのだ。
 つい先ほど、自分が歩いてきた道の半ばに、少女が立っていた。
「あれ、アスカじゃないか」
 同時に、ちらっと見せた表情がある。
 歩み寄ったアスカには、それが「狼狽」に見えた。
「何してんの?」
「いつからそこにいた?」
 二人は同時に、質問の言葉を発していた。
 少し困ったような顔を見せて、アスカは肩をすくめた。取りあえず自分が先に答え
るつもりらしい。
「あたしは……部屋から窓の外見たら、あんたが裏庭の方に歩いてるのが見えたから」
 これは、事実だ。ベッドに寝そべって雑誌をつらつらと読んでいると、視界の隅に
動く人影があった。
 何やら重そうな袋を持っていたのが気になったのと、アレックスに興味を持つほど
アスカが暇だったのと、そうアスカの機嫌が悪くなかったのが、後をつける気になっ
た理由か。どれか一つでも欠けていれば、動く気にはなれなかっただろう。
 そして、言わなかった事実が一つ。
 ……訊きたい事があったのだ、アレックスに。
 母親の事。笑顔の意味を。
 結局疑問を疑問として処理済みの棚に放っておくことができなかった。案外アスカ
もこだわり屋なのだ。
「あたしの事はいいじゃない、それよりもさ、何やってんの?」
「ん、俺かぁ」
 流れるような金髪を右手でかき上げると、アレックスはひょいと向日葵を見上げた。
「育ててんの、こいつ」
「こいつって……向日葵?」
「そ。ちゃんと種から育ててんの」
「へぇ……」
 改めてアスカは、その向日葵を見やった。
 随分手をかけているようだ。既に丈は2メートルをゆうに超え、茎(この場合は
「幹」と言ってもいいほどに太い)は何の障害もなくただ真っ直ぐに直立している。
葉には虫食いの穴一つない。放ったらかしの育ちっぱなしではこうはいかないだろう。
「向日葵なんかに手間暇かけてんの?」
「ああ。俺も最初は放っときゃ育つと思ったんだけどなぁ、案外これが手間かかるん
だわ」
 確かにアレックスの足元に置かれた袋には、四塩化炭素の化学式が印刷されていた。
アスカの知識が正しければ、肥料だ。
 だがそんなことを知りたかったのではない。
「そうじゃなくて……」
 どうしてアレックスが向日葵を育てているのか、そこをアスカは訊きたかったのだ。
 ……しかし、途中でアスカは言葉を飲み込んだ。
 アレックスと、向日葵。
 何となく似合っているようないないような、どちらともつかない気がする。
 向日葵のようにあっけらかんと笑えるところは似ている。
 向日葵のように生き生きとしていないところは、全然似ていない。
 どう訊いていいものか、一瞬迷ったのだ。
 そしてその間が、続ける言葉に舞台を与えなかった。
「……ふ〜ん」
 それだけを呟いて、地面に腰を下ろす。アスファルトではない土の感触が、形のよ
いアスカの臀部をGパンごしに軽く刺激した。居心地は悪くない。
「見ても面白いもんじゃないぞ」
 ちょっとだけ、アレックスは苦笑したかもしれない。その表情が妙に新鮮だった。
普段は苦笑するよりもされる側の人間だから。
「いいじゃない、減るもんじゃなし」
「何か気になるんだよ」
「心の持ちようよ」
「ふん……」
 と唸るからどうするのかと思ったら、
「それもそうだな」
 と来た。
 それまで少しだけ気持ち的に優位に立っていたアスカは、思わず引っくり返りそう
になる。
「よっこらしょ」
 爺さんみたいな掛け声とともに、アレックスは肥料の入った袋の口を開けた。土よ
りも少しだけ色の濃い肥料を、向日葵の根元の周りに丹念に撒く。
 その姿を、頬杖をついて眺めるアスカ。
 しばらく、静かな時間と太陽の光と遠くから聞こえる鳥の声だけが、二人の間を流
れていた。
 最初に口を開いたのは、やはりアスカだった。だがその口調に、しびれを切らした
色は見えない。
「それ、もうすぐ咲くんじゃない?」
「んだな。あと一週間もかからないだろうな」
「なら、もう世話なんかしなくったって充分じゃない。放っとけば咲くでしょ?」
「ん〜……」
 肥料を撒き終えたアレックスは袋の口を几帳面に閉めると、困ったように頭を掻い
た。
「それはよくない」
「何で?」
「ここまでせっかく育てたんだ、最後の最後で放ったらかしにしたんじゃ、『育てた』
って事にはならないだろ」
「そんなもんなの?」
「うん。別に花が見たいとか、そんなんじゃないから」
「へぇ?」
「育てることに意義がある。何かを育てるのはいいぞ」
 その口調は、アスカのよく知っている誰かに似ていた。
「花が咲くまで面倒見るの?」
「いや、最後の最後まで。こいつが開花して、しぼんで、枯れるまで」
「へえ、そこまで」
 アスカは素直に感心した。向日葵みたいな花は、「咲けばおしまい」みたいな印象
があったから。
 アレックスは手近にぽつんと突き出ていた蛇口をひねり、如雨露に水を溜めていた。
アスカに背を向けながら言う。
「当たり前だ。『育てる』ということは同時に『最後まで面倒を見る』って事なんだ
から。途中で放ったらかしにするような無責任な真似ができるかよ。ましてやこいつ
は生き物だ」
「……?」
 アスカはふと、眉をひそめた。
 今の言い方に、ほんの僅かな言葉の刺を感じたのだ。
 これまで、アレックスの口からは聞いたこともないような口調。
(怒って……るの?)
 ちょっとにわかには信じられない。怒るアレックスというのは。
「アレックス?」
 思わず、疑問形で名前を呼んでいた。
 だが振り返ったアレックスの顔には、最前見せた言葉に生えていた刺は微塵も見え
ない。
 相変わらずの、ぼけ〜っとした顔。
「ん〜?」
 間延びした声で返事する。
 しかし、アスカはそこに違和感を見つけていた。周りが思っている以上に、アスカ
は人の心の動きに敏感なのだ。
(取り繕ってる……)
 アスカの本能はそう判断した。
 アレックスは、今、表情を取り繕った。声を取り繕った。
 そして、心を取り繕った。
 春の草原の真ん中に開いた暗い穴を、アスカは覗いたような気がした。その事に触
れるのがためらわれた。
「……何でもないわよ」
「何だよ、気になるなぁ」
「あんたの抜けた顔見たら、訊く気も失せるわ」
「あっはっは、違いない違いない」
 何を考えているのかカラカラと笑うと、アレックスは如雨露で向日葵に水をやり始
めた。
 その横顔を見ていると、何を訊いても答えてくれそうな気がするし、何を訊いても
はぐらかされるような気がする。
 その印象の前者を信じて、だがアスカは最初訊きたかった言葉とはまるで違う質問
を投げかけていた。
「ねえ、アレックス」
「な〜に〜?」
 こちらの方を振り向きもしない。口調からはそうは思えないが、案外熱中している
のかもしれない。
「何であんた、いっつもそんなに幸せそうな顔してるわけ?」
 この場合の「幸せ」は、8割方皮肉がこもっていた。
 さすがにここまで露骨だと、アレックスと言えど気づく。
「つまり何か、俺がいっつもボケ〜っとしてるって事か?」
「それ以外に何があるってのよ」
「ふむ、それもそうだな」
 何に感心しているのか、妙に得心したような返事である。
「そうだなぁ……」
 ふと、アレックスは向日葵を見上げた。つられてアスカも視線を追ってしまう。
 蕾はもうすでに蕾と言えないほどに成長している。合わせ目の隙間からは、太陽と
同じ色をした花びらがほの見える。一週間と言わず、あと三日もすれば花開くだろう。
 それを見上げながら、アレックスはボソボソと呟いた。
「例えば、だな……。ふむ、エヴァを例にするとわかりやすいかな」
「エヴァ?」
「そ。例えばエヴァのボディに重大なダメージが加わったら、どうやってパイロット
を守る?」
 突拍子もないように見える喩え話である。取りあえず解答は分かるのだが。それを
アスカは正直に口にしてみた。
「神経回路を自動的に強制切断、でしょ?」
「そう、それと同じ理屈」
「……?」
 思わずアスカは首をかしげていた。何を言っているのかいまいちよく分からない。

「分かんないわよ、どういう意味?」
 少し苛立って、声がきつくなってしまったかもしれない。
 そこで初めて、アレックスはアスカの顔を見た。エメラルド色の瞳は濁ってはいな
いが、ぼやけている。
 そのせいか、まるで海のように深い。
 少し、ほんの少しだけ、鼓動が早まったかもしれない。だがその事を誰よりも一番
認めたくないのは、間違いなくアスカ本人だろう。
 見ていると吸い込まれそうな瞳をアスカから外さず、アレックス・カーレンはゆっ
くりと告げた。


「心の動きを、だな。遅くするんだ。そうすれば痛みも感じないだろ」


 ……向日葵と太陽だけが、二人を見つめていた。




Seventh Act へ続く
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