An Episode in The Known Worlds' Saga ---《 The Soldier 》 外伝


光の真名
ひかりのまな

第4章 『目覚めぬ者』

… D-Part …



 洋子がテレポートアウトしてくる。ダメージを負っているようだが、目はぎらぎらと輝き、闘志が溢れている。

「なかなかやるじゃねえか。あのお嬢ちゃん」

 西御寺は、パラディメンジョンブラスターの直撃をまともに受け、血を流しながら、怒りを顕にしている。

「呑気なことを言ってる場合か! くそ!」

 ガーディアンたちも体勢を整えており、自然、睨みあいとなった。

「もうやめたらどうだ?」

 淳の声。洋子が声のした方を仰ぎ見て、吐き捨てるように言った。

「またお前か! 何なんだ! いつもいつも邪魔しやがって!」
「それが仕事でね」
「やかましい! これは《光》と《闇》の問題だ! お前はおとなしく見てろ!」
「そうはいかん。お前たちが何を企んでいるか、それを聞き出す必要があるからな」
「企む? 何を企むことがある! 私たちには戦いがあるだけだ! こんな風にな!」

 いきなり洋子がガーディアンに向かってサイコボムを連発する。予めガードを固めていたとはいえ、シールドを張る友美の顔が衝撃が走るたびに歪む。

 再び、可憐といずみが攻撃をしかける。洋子と西御寺がそれをかいくぐりながら反撃する。淳は、何も言わず、その様子を睨めつけるように見つめる。既に、街は直径1km の円周状に破壊されている。被害が徐々にその外部へ向かう。住民は、あらかた避難し終えたのか、あるいは戦闘に巻き込まれて命を落としたのか、もう悲鳴は聞こえない。時折、流れ弾が淳の方にも飛んでくるが、シールドで軽々と受け流している。

「く! 多勢に無勢か」

 激しい攻防を繰り返しながらも、洋子と西御寺はじりじりと追い詰められていた。

「誰が、一人で大丈夫だって?」
「うるさい! 畜生! 《光》の奴らの常套手段だ! 『力』を出し惜しみしやがって!」
「あれをやるぞ」
「わかったよ」

 シールドの効果を高め、ガーディアンたちの攻撃を防ぎながら、洋子と西御寺は背中あわせの体勢をとると、闇を身に纏い始めた。

「様子が変だわ」

 可憐が異変に気がつく。闇が膨らみ、みるみるうちに巨大化していく。

「こ、こんなところで、あれをやるつもりなのね!……唯ちゃん! シールドを極限まで上げて!」

 淳は、コズエとミサのもとにジョウントすると、結界を張った。その刹那。闇が爆裂し、巨大な闇の光球が生じた。

「無茶なことを! 『ルール』を無視しやがって!……な!?」

 淳は、光球が膨らんでいく先に、龍之介が立っているのを見つけた。

「しまっ!……間に合え!!」

 淳の手からシールド球が飛ぶ。龍之介の元に闇の光球とシールド球が到達するのが、同時であった。



 龍之介の目の前に、闇が迫ってくる。凄まじい閃光を放っているのが見える。死ぬ! 龍之介はそう直感し、観念して目を閉じた。光球が彼を包む。

「?」

 巨大なエネルギーが衝突するような轟音が耳に響く。龍之介は恐る恐る目を開く。何か、シールド様のものが、彼を取り囲み、光球のエネルギーに抵抗している。

「助かったのか?」
『戦いが始まります……』

 あの声! 龍之介は辺りを見回したが、光球のエネルギー流がうねるように閃光を放つさまが見えるだけである。

「寝言をぬかすな! もう始まってるじゃないか!」
『いいえ……あなたの戦いです……』

 俺の? どういうことだ!? その時、シールドが破れ、一筋のエネルギー流が、龍之介を襲った。

「ぐわぁっ!!」



「お兄ちゃん!?」

 唯は、凄まじいエネルギー流にシールドで対抗しながら、龍之介の悲鳴を聞いた。

「お兄ちゃん?……まさか……まさか!?」
「駄目よ! 唯ちゃん、気をそらさないで!」

 友美の叱咤が飛ぶ。唯は、改めて集中したが、あの悲鳴が頭にこびりついている。唯の気のせいだよね、そうだよね……

「エネルギー流が途切れるわ。打ってでるわよ!」

 可憐が再度、サイコスピアを構え、全員に向かって叫ぶ。いずみも沈鬱な表情で、攻撃の体勢をとる。

 突如、エネルギー流が消え、視界が晴れる。

「今よ!!」

 可憐の声とともに、一斉に光が洋子と西御寺に打ち込まれる。一部は、シールドを貫通し、洋子と西御寺に命中する。一部は、シールドに弾きかえされて、街をなぎ払っていく。

「まだ消えないの!?」

 可憐が、苛立ち交じりに声を上げる。手傷を負いながらも、洋子と西御寺は、攻撃の手を休めない。

「いけ〜!!!」

 コズエの声が響く。洋子のロックにも成功し、自動照準でブラスターが閃光を放つ。

「な、あの娘!!」

 洋子を激しい閃光が包む。

「なめるなぁぁぁ!!!」

 西御寺との併せ技で、闇の螺旋がコズエを襲う。

「ひっ!!」

 コズエが思わず首をすくめる。その時。

『もう、おやめなさい』

 声とともに、光り輝くバリアがコズエを包み、《闇》の攻撃から彼女を守る。

「誰だ!?」
『なぜここで争うのです? なぜ人々を巻き込むのです?』
「出てこい!」

 光が、空中に現れる。急速に輝きを増しながら、ガーディアンと洋子たちの間に割って入る。

「あれは?」

 ガーディアンたちの攻撃の手が一瞬の間、止まる。西御寺はそれを見逃さなかった。

「もらったぁぁ!!!」
『やめなさい!!!』

 光がほとばしり、西御寺を襲う。ガーディアンと比較にならない『力』。悲鳴を上げながら、西御寺は、次元空間から弾き飛ばされ、姿を消した。洋子が、呆然としたままそれを見て、肩を震わせた。

「貴様……」
『ここで戦うのは、やめなさい』

 光の中から、少女の姿が徐々に現れる。

「とうとう『覚醒』したのね……」

 友美が、光とその中に見える少女を見つめながら呟いた。

「お前がそれを言うのか! お前が!……」
『まだやるつもりですか?』
「くそっ!」

 洋子は、舌打ちをすると、姿を消した。

「とうとう目覚めたか」

 淳が、コズエのそばを離れ、少女のそばにジョウントした。

「待ってたよ、桜子ちゃん」



 『城』。REMが目を覚ました。俺は……生きてるのか?……ゆっくり体を起こす。京子がソファの隅にうずくまっている。

「京子ちゃん、大丈夫かい?」

 京子は返事をしない。いや、REMの言葉が聞こえているかどうかすらわからない。サルベージに失敗したのか? REMは、体がふらつくのも構わず、京子に近寄った。

『京子ちゃん?……』
『お願い……放っておいて……』

 REMは、ほうっとため息を吐いた。どうやら、精神崩壊だけは免れたようだ。

『良かった……』
『良くない……良くないわ!』
『京子ちゃん……』

 何てこった!……せっかく、せっかく助かったのに、彼女は自閉しようとしてる。

『君のせいじゃないんだよ。だから……』
『いいえ、違うの……違うの……』

 京子の心から苦しみが伝わってくる。REMは、京子の手を握り、優しくその精神に触れた。

『違わないよ。誰のせいでもない。《闇》が京子ちゃんに無理矢理やらせていたんだから。こんなことで、自分を責めちゃいけない』
『違うの……本当は私……あの人たちが憎らしかった……』
『どうして?』
『わからない……わからない……私は……私は……』

 京子の意識がぷっつりと途切れる。REMは、震える手で、京子の髪をなでる。

『京子ちゃん……ここには、もうあいつはいない……君に何かさせようなんて奴はいないんだよ』

 返事がない。REMの手に力が入る。

『京子ちゃん、返事をしてくれ。俺にまで、心を閉ざすのかい?』
『……誰? あなたは誰?……』
『REMだよ』
『REM君?……何だか懐かしい名前……』
『思い出してくれ……俺だよ……わからないの?』
『REM君……私はREM君を……私はREM君のことを……』
『俺のことを?』
『だからかも知れない……』
『何が?』
『あの人たちが憎らしかったのが……』



「お兄ちゃん! お兄ちゃん!」

 唯がぽろぽろ涙を流しながら龍之介の手当てをしている。やっぱりあれは気のせいなんかじゃなかった。血まみれの龍之介は、ぴくりとも動かない。ヒーリングが追い付かないのではないかと思えるほど、体中に無数の傷があった。

「いやぁ…………お兄ちゃん、返事をして……お兄ちゃん! 唯は……唯は……」

 シュウシュウと傷を塞ぐ音が聞こえる。いずみと友美が、黙ってその様子を見つめている。

「お兄ちゃん……ごめんね……ごめんね……」

 死んじゃいや……せっかく出会ったのに。こんな、こんなことになるなんて!……お兄ちゃんが死んじゃったら、唯は生きてられない……

 淳に手当てを受けながら、ミサも、そんな唯の様子をじっと見ていた。

「ねえ、あの子、龍之介君の恋人なの?」
「うん? いや、まだそうじゃないけどね……」

 淳が手当てをしながら、答えた。

「でも愛してるのね……」
「そうだな。ああ、悪いけど、足を少し上げてみてくれないか」

 ミサは、言われた通りにしながら、また淳に訊ねた。

「でもあの子はガーディアンなんでしょ?」
「ガーディアンが、人を愛したらおかしいかい?」
「そうね……おかしくなんかないわね……」

 そういう自分も傍から見れば、ただのコマンダーにすぎない。でも、あの人のことをあれほど愛した。たとえ戦うことが使命であっても、それと愛することは別。そうね、当たり前のことだわ。

「龍之介君は助かるの?」
「唯ちゃんのヒーリングで助けられない怪我人なんかいないさ」
「そう……良かったわ……」

 私にもそんな『力』があれば良かったのに……ふふ……つまらない妄想ね。

「よし。これでもう大丈夫。立ち上がっても平気だよ」
「ありがとう」

 淳は、ミサが立ち上がるのを確かめると、それまで黙って全員の様子を見ていた桜子に声をかけた。

「久しぶりだね」
「本当に……あれから、2000年も経ったのね」
「2000年しか、だよ」
「そうね。そう言うべきね」

 桜子の顔に、儚げな微笑みが浮かぶ。

「今回は、いままでとは、様子が全然違うようだ」
「そうね……前哨戦でこの有り様ですものね」

 桜子は、辺りを見回した。一面の瓦礫の山。八十八町は、ほとんど壊滅状態だった。洋子と西御寺が放った《闇》のエネルギー流……Dパルスブレイカー。本来、空間戦闘で使われる『力』。それが、半径1kmの圏内を焦土と化していた。所々に無傷で残った建物があることがむしろ驚きである。街外れにある八十八学園と八十八海岸に避難した人たち以外は、おそらく、あれに巻き込まれて命を落としているだろう。

「ひどいものだわ」
「随分冷静だな」

 桜子は、俯くと、独り言のように呟いた。

「仕方ないわ……《光》と《闇》の前では、人の命なんて、塵芥のようなものなんですもの……」



『あの男にさらわれた後……真っ先に《光》と《闇》のイメージが頭に浮かんだわ……』

 京子の独白をREMは、黙って聞いていた。

『《光》の中にあなたが見えた……』
『俺が?』
『でも、《光》の中にいる限り、あなたは私を振り返ってくれないような気がした……』
『………』
『その時だったわ……なんだか、急に《光》が憎らしくなって……』
『京子ちゃん……』
『あいつが囁いたの……それでいいのかって……』
『………』
『だから私は……私は……』
『京子ちゃん……』

 京子の瞳は、何も映してはいなかった。REMの目に涙が浮かんだ。



 龍之介の顔に血の気が戻ってきた。唯は、それを見て、また涙を零した。

「お兄ちゃん……」
「唯……もう大丈夫だよ」

 いずみが唯の肩に手を置いた。

「ううん、まだ……まだお兄ちゃんが目を覚まさないもん……」

 ヒーリングの手を休めずに、唯がいずみに答える。だけど、やりすぎると、唯の方が参っちまう……いずみは、声にならない声でそう呟いた。友美が、いずみの手をとるとそっと唯の肩から手を離した。

「友美……」
「いずみちゃん……」

 友美は、ゆっくりと首を振ると、目でいずみに語りかけた。唯ちゃんのやりたいようにさせてあげましょう……

「そう……だな……」

 コズエが、回復したミサの世話をやくのを間近で見ながら、可憐と桜子、淳の3人は今後の対応を協議していた。

「明らかにアーリマンは、何かを企んでいる」
「確証はあるの?」
「いや……だが、今までの戦いとは、明らかに《闇》の動き方が違う」
「《光》と《闇》のバランスが崩れているだけじゃあ……」
「それもあるけどね。前回の介入がやりすぎだったようだ。今回は、それが織り込み済みで、均衡がとられるようになっている」
「じゃあ」
「そう。俺の存在込みで、バランスされるように、《闇》の力が調節されている様子がある。だが、それは、単に『力』の強さであって、それとアーリマンの動きが直接関係するわけじゃない」
「どうすれば調べられるの?」
「正直……わからん……データが不足していて、推論すらできない」
「あなたにも探知できないの?」
「それだけ慎重にやってるってことだな。存在次元すら探知されないようにね」
「………」

 ミサとコズエが何やら2言、3言言葉を交わす。お互いに頷きあうと、連れ立って、3人のそばへやってきた。

「もう大丈夫かい?」
「ええ。ありがとう」
「あの……こちらは……」

 コズエは、桜子を探るような目で見つめていた。

「ああ。そういえば、君たちはノウン・ワールドのコマンダーかい?」
「はい。あ、私は、ただのリサーチャーですけど」
「こちらは、舞島 可憐ちゃん。ガーディアン・リーダの『マナイユ』と言った方が、わかりやすいかな?」
「ガーディアン・リーダー……じゃあ、いよいよ戦いが?」
「そうだね」
「で、あの、そちらの方は……」
「ああ。杉本 桜子ちゃん」
「杉本さん? こちらもガーディアンなんですか?」

 コズエの言葉に、桜子はクスッと笑う。淳がそれを見て、苦笑しながら、コズエに答えた。

「アミア・フロイラインだよ。知ってるだろ?」
「はあっ!!?」

コズエがぽかんとした顔をする。

「かつごうったってダメですよ! アミア・フロイラインは……」
「2000年前に死んだはずだって言いたいんだろ?」
「はい! 公式にも確認されていることです!……」

 そういう問題ではないけど。ミサはひとりごちた。

「第一、2000年も人間が生きられるはずがないじゃないですか!」
「それはそうだけど、それでも彼女は間違いなくアミア・フロイラインだよ」

 コズエは、穏やかに微笑む桜子をまじまじと見つめた。

「それに、ホログラムとも違う……」
「姿形は世代を重ねれば変わって当然だよ」
「世代を……重ねる?」
「彼女がアミア・フロイラインかどうか、それは後で確かめさせてもらいます」

 ミサが口を挟んだ。

「それより、なぜあなたがそんなことを知ってるの? 彼女達が」

 ちらりといずみたちを一瞥して言葉をつなぐ。

「ガーディアンだということはわかってるわ。でも、あなたの正体が不明ね」

 ミサは、淳をねめつけるように見つめた。

「『使徒』?」
「いいや」
「じゃあ、何者? 敵ではなさそうだけど、戦闘に加わらなかったところを見ると、《光》のものでもなさそうね」
「確かに、《光》のものではない」
「ふうん。で、《闇》のものでもないと」
「そう。《薄明》のものとも……『介入者』とも、『監視者』とも言われてる」
「《薄明》? 『介入者』?」
「君たち、ノウン・ワールドは、『ソルジャー』と呼んでいたようだけど」
「なんですって!!?」

 ミサとコズエが同時に叫んだ。





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