An Episode in The Known Worlds' Saga ---《 The Soldier 》 外伝


光の真名
ひかりのまな

第4章 『目覚めぬ者』

… A-Part …



『昨日、午後12時30分頃、八十八町の八十八学園において、大規模な爆発事故が発生しました。避難が早かったため、11人の生徒が軽い怪我を負っただけですみましたが、原因が解っておらず、警察と消防署は……』

 TVが、昨日の事件を報道している。美佐子と龍之介は、まんじりともせず、夜を明かしていた。唯は、結局帰ってこなかった。

「龍之介君…………」

 疲れきった声で美佐子が、龍之介に声をかける。

「うん……」

 龍之介は、気の抜けたような返事しかしない。

「帰ってこなかったわね……」
「うん……」
「どうしてわかったの? 唯が帰ってこないって」
「………言っても信じてもらえないよ……」
「どうして? 何があったのかくらい、教えて。私は唯の母親なのよ」
「うん……」
「龍之介君」
「見ていた俺だって、信じられないんだ。それに……」
「………」
「唯が帰ってこないことに変わりはないよ……」
「そうね……」

『……また、舞島 可憐さんの自宅が、全壊した事件についても警察と消防署は、本日も現場検証を行うこととしています。先程もお伝えしましたが、この事件で、舞島 可憐さんは、行方不明となっています……』

「警察に届けるわ……」
「うん……」
「ねえ、何度も聞くようだけど、昨日の爆発事故に巻き込まれた訳じゃないのね?」
「違うよ……怪我はしてたけど、元気だった……」
「そう……」

 美佐子はため息を吐くと、また黙り込んだ。重い空気が漂う。

 見た事もない奇妙なスーツを身に纏った唯。あの爆発の中で怪我一つなかったのは、唯が庇ってくれたからなのか……何かを隠すような唯の目。何かを恐れていたような唯の目……友美といずみの言葉、まだ俺には言うわけにはいかない……突然、変身でもしたかのように、唯たちと似たようなスーツに着替えていたこずえちゃん……俺に戦えと言ってた。俺が『ソルジャー』だと言った……

 龍之介は、ソファに寝転がった。謎謎より始末が悪い。俺には何もわからない……俺には、何もできない……

 その時、電話が鳴った。脱兎のごとく美佐子が飛びつく。

「唯!?……は? あ、いえ、失礼しました……はい……はい……お待ち下さい」
「?」

 龍之介が起き上がって美佐子を見た。

「龍之介君、電話よ。都築さんって言う子」



 淳と京子の戦いは続いていた。京子の手から闇が次々と生じ、淳に襲いかかる。淳は京子に対して致命的な攻撃をしかけることができない。勢い、防御一方になっていた。だが、このままでは埒が明かない。

「まだ逃げ回るのか!? 観念したらどうだ!!」
『いやぁぁぁ!! もういやぁぁ!! やめて! やめてぇ!!』
「ええぃ! さっさと死ねぇ!!」
『駄目! 駄目ぇ!! こんなことをさせないで! 殺し合いは嫌ぁあ!!!』

 京子自身の意識は、悲鳴を上げ続け、今にも焼き切れそうだ。まずい!……いつまでもこうしてる訳にもいかない。やはり、リスクは避けて通れないか。

『どうした? 逃げ回ってるだけでは、取り戻す事などできんぞ。いや、それ以前に精神崩壊が始めるかな……くくく』

 くそったれ!! わかっててけしかけてやがる! だが!……

 サイコスピアが連続して放たれ、連続して爆発が起こる。シールドで避け続けてはいるが、もたもたしてると、確かにアーリマンが指摘した通り、精神崩壊が起こってしまう。こりゃ、絵に描いたような絶体絶命かな……

「はははは! それが『不滅』を誇ったお前の『力』なのか!」
『もう……やめてぇぇ……お願い……こんなこと……させないでぇ……』

 京子の意識が弱まっている。このままでは逃避が始まる。そしてその後に……

「くぁぁぁああああ!!!」

 こうなれば、一か八かやってみるしかない。淳が、頭上に手を掲げ、光の球を作っていく。

『無駄だ……』
「やかましい! ひっこんでろ! アーリマン!!」

 光の球が炸裂する。弾丸のように光が京子に向かって降り注ぐ。シールドを張り、防御しようとするが、たちまちシールドが崩壊し、京子の身体を突き抜けていく。

「が……がぁぁぁぁあああ!!!」
『嫌ぁ! 嫌ぁ! やめて! 痛い! 痛い! やめ!!………』

 京子の意識が途切れる。淳が舌打ちする。やりすぎたか!?

『ほほう……連れ帰るのは諦めて、殺す事にしたのか?』

 うるさい奴だ。見て驚け。淳の身体が光りはじめた。光は、急速に強さを増し、淳の身体と同一化していく。境界空間など、瞬きするより簡単に崩壊させられることを思い知れ。

『な、なにをする……何だ! その「力」は!』

 馬鹿め、もう遅いわ。

「や、やめろ〜!!」
『………………』

 京子の意識は完全に沈黙している。が、まだ間に合う。

「アーリマン!! 彼女はもらっていくぞ!!」

 淳がそう叫んだ刹那、空間が光で満ち、次元構造に亀裂が入った。

『こ、これは!……おのれ、そのような「力」が!……』

 最後までアーリマンの思念は続かなかった。境界空間は瞬く間に崩壊し、無に帰して行った。

 次元構造連続体に振動が走る。淳も京子も、そして、アーリマンも消えた。



 ここは……どこかしら……もう何度目かわからないくらい桜子の意識は、同じ空間にやって来ていた。光も闇もない空間。色があるようでないような、「灰色」の空間。

「私はなぜここにいるの?……私を呼んだのは誰?……」

 だれ?……だれ?……れ……れ……れ……小さく微かなこだまが繰り返し返ってくる。彼女はゆっくりと周りを見渡す。またあの光景だわ…………少しずつ何度も見た光景が浮かんでくる。姿こそ違うが、間違いなく自分自身だとわかる女の子が、何かと戦っている。相手の勢いに負けそうだ。闇がすぐ後ろに! 危ない! そこですっと消える。いつも同じ。今度は、別の光景が見えてくる。誰かと話している。いいえ、何かを説得してる。我ながら一生懸命ね。桜子の口元に微笑みが浮かぶ。だってあの時は必死だったもの…………あの時? 何のことかしら? どうして私、そんなこと考えたのかしら。あ、消える……消えたわ……今度は……俯いている私……何も聞こえない、何も見えない。閉じこもってしまった私……桜子の胸にちくんと痛みが走る。何故? いつも切なくなる。何かあったはずなのに。この時、何かがあったはずなのに…………

『それはあなたの記憶……』
「記憶?」
『あなたの心の深遠に沈んだまま、封じられてきた記憶……』
「あなたは誰? あなたが私を呼んだの?」

 声は途切れた。いつもそう……何も答えてくれないのね……桜子はそろそろと歩みを進めはじめる。地面を歩いているのでもない、空に浮いているのではない、不思議な感覚。でも、もう慣れちゃった……多分、今度も、どこまで歩いても何もないのね……

『そちらへ行くのですか?』

 またあの声。どういう風の吹き回しなのかしら。今日に限って、また声をかけてくるなんて。

「いけないの?」

 返事はない。いいわ。どうせ、どこまで行っても、同じだもの。何もないけど、空虚さを感じることがない。不思議なところね。どう考えてもこんなところが、八十八町、いえ、日本や世界中を探してもあるはずないのに。でも、私は驚いてない……まるで、ここに来た事があるみたいな感じ……

「光?」

 桜子の歩いていく先に、突然、強い光が現れた。初めて見るほど強い光……でも、まぶしくはない。優しくて、柔らかくて……初めてだわ、こんなの。桜子は、ゆっくりと光に近づくと、しげしげと眺めた。ただ光が宙に浮いている。周りを回ってみるが、これといって何かに支えられている様子ではない。不思議な世界には、不思議なものが付き物だけど、何なのかしら、これ?

『それを見つけたのですね』
「またあなた? これはなぁに?」
『封じられたあなたの心』
「私の心?」
『長い間、あなた自身からも隠されてきた心……』
「私には、ちゃんと心があるけど? それとも、最近感じてるあの感覚の事?」

 私の心は、ちゃんとここにある。でも、確かに私の中に何かがいる。そんな感じがする。それのことかしら?

「答えて」

 静寂。もう、大体姿も現さないで、思わせぶりなことしか言わないなんて、少し失礼というものじゃない? 桜子は、光をよく見ようと、身を乗り出した。すると、またあの声がする。

『それも心。これも心。どれもあなたの本当の心』
「まるで謎謎ね。まあ、いいわ」

 きりがないわ。桜子は、そっと光に向かって手を伸ばした。熱は感じない。

『それに触れるの?』
「いけない?」

 また返事がない。何なのかしら、勿体ぶって。桜子の指が光に触れる。暖かいものが彼女の中に流れ込んでくる。

「これは?……」
『封じられた心が解き放たれます……』
「心が? どういうこと?」
『時が満ちます。用意をして……』
「用意? 何を用意するの?」
『桜子ちゃん』

 やあね。急に馴れ馴れしく呼ばないでよ。あなたにそんな風に呼ばれる理由なんかないわよ。桜子の指は、すっかり光に飲み込まれ、手首まで埋まっている。

『桜子ちゃん!』
「何? 何が言いたいの?」

 突然、桜子は、光に引き込まれる感覚を覚えた。

「え? 何? ちょっと……」
『桜子ちゃんってば!!』

 駄目! 引き込まれる!……彼女の身体が光にすっかり飲み込まれる刹那、またあの声がした。

『時が来ました。光の真名を持つものよ。目覚めなさい』

「桜子ちゃん! ちょっとどうかしたの!?」
「え?」

 突然視界に入ってきた見慣れた天井、見慣れた壁。担当の看護婦が肩を揺さ振りながら、また声をかけてくる。

「桜子ちゃん! ちょっとどうしちゃったのよ!?」
「あ……すみません」
「どうしたの? ぼうっとしちゃって。さっきからずっと話しかけてるのに、返事もしないんだから」
「私……起きてました?」
「どうしたの? 起きて、窓の外を見てたじゃない」
「そう……ですか……」
「どこか、具合が悪くなったの?」
「いいえ……私、気を失ってたのかしら」
「またぁ……目を開けて、窓の外をきょろきょろ見ながら気を失うなんて芸当ができるわけないでしょ。はい、検温よ」

 看護婦が体温計を差し出す。桜子はそれを受け取り、腋にはさんで、さっきの光のことを考えた。何度も気を失って、あの夢を見たけど、あんなのは初めてだったわ。そういえば、封じられた私の心って……緒黒さんがしたおまじないと何か関係があるのかしら。何だか、あれと関係があるような気がして仕方ない。あの時、確かに思い出したと思ったものが、何なのかわかれば、原因もわかるのかしら……

「はい。いいわよ」

 看護婦の声が何だか遠くで聞こえる。桜子は、体温計を渡すと、看護婦の顔をしげしげと見つめた。

「ふむ。36度5分と。完全に平熱ね。ほんと、凄いわね………何?」
「いえ。何でもないんです」
「もう、すっかり良くなったわね。本当、先生が奇跡だって言うの、わかるわ……」

 看護婦の声がますます遠くになっていく。確かにすぐそこにいるのに。どうしたのかしら? 首を傾げてまじまじと看護婦の顔を見る。

「……じゃ、また後でね」

 後でね……とでね……でね……ね……妙なエコーがかっているように聞こえる。病室に一人になった桜子は、病室の様子も何かおかしいことに気づいた。妙に色が浮いてみえるのだ。何かが変わる……いえ、何かが目覚めようとしてる。だからだわ、こんな風に変な感覚がするのは……

 桜子の手に、ぽっと光が灯り、ゆっくりと宙に浮かび出た。



 日本を遥か遠くに離れた太平洋の洋上。どこまでも海と空が続く風景。時折、海鳥が鳴きながら飛び去っていく……

「のどかなもんだなあ……」
「ええ」

 広い海原の上に、小さな染みのようなシールドが見えた。唯、友美、いずみの3人がその中に見える。唯と友美は足を崩して座っており、いずみは、大の字に横になっている。

「ほい」

 いずみの声と共に、魚がシールドの中に飛び込んでくる。それを唯が空中でキャッチし、そのままホールドして、『力』で焼きはじめる。今は海鳥の姿も見えず、静かな時が流れていた。

「八十八町はどうなってるかしら」
「さあ……」

 友美の言葉に、いずみが曖昧に答える。唯は、二人の会話を黙って聞いている。というより、心ここにあらずといった風情だ。

「唯ちゃん」
「うん……」
「そんなに気を落とさないで」
「うん……」

 友美はため息を吐き、いずみの顔を見た。いずみはどこか呆けたような、疲れたような顔をしている。

「何だ? 友美?」
「ううん。何でもないわ」

 友美は足を伸ばすと、ごろんと横になった。空が抜けるような色をしている。

「のどかだよなあ……」

 いずみの呟きが空に吸い込まれていく。雲がぽっかりと浮き、太陽は燦燦と海面を照らしている。

「いずみちゃんったら、そればっかり」

 友美が茶化すように言う。いずみは、友美をちらと一瞥すると、微笑んで見せた。

「ずっとこうしてたいな……」
「うん……」

 唯がぼんやりと答える。

「戦いなんか、どっか遠い世界でやってくれたいいのにな……」
「いずみちゃん……」

 友美が驚いたようにいずみの顔を見る。

「何で《光》と《闇》なんかあるんだろ……」
「それはだって……」
「わかってる。わかってるよ……けど……」
「うん……」
「宇宙に《光》と《闇》のないところなんてない。この世界にだって《光》と《闇》が溢れてる。世界だけじゃない。それこそ道端に転がってる石ころから、人の心の中にまで《光》と《闇》が満ちている。わかってるんだ。それがプリンセスとアーリマンを引き付けるんだって。でもだからって、だからって……」

 いずみは友美たちに背を向けると、黙り込んだ。

「でもね、どちらが欠けても宇宙は成り立たないわ。この世界だって、人の心だって。それを拒絶することなんて……」
「違う! 違うんだ……私が言いたいのは……」

 いずみの背中が微かに震えている。

「ごめんなさい……私のせい……よね」
「違う……友美は悪くなんかない……あの時は、あれが正しい選択だったんだ」
「でも、それでいずみちゃんは……」
「違う……前だって、ずっと考えてた。何でこんな宇宙に生まれたんだろうって。何で私がガーディアンに選ばれちゃったんだろうって」
「………」
「《闇》なんて嫌いだ。戦いなんて本当はしたくなんかない……」
「あなたが抜けてしまったら……」
「うん……それもわかってる……そんなことはできないって……」

 今度は、いずみも友美も、二人とも口を閉ざした。

 静かに潮の音がする。見渡す限りの海原。日本を遥かに離れた太平洋上で、3人は、一夜を明かしていた。八十八町はもちろん、世界中のどこでも、人のいる所に残っていれば、《闇》の攻撃を誘ううだけだ。それで多くの人を巻き込む事は出来るだけ避けたい。プリンセスが『覚醒』するまで、誰もいない所で暮らそう。3人でそう話し合ったのだった。

 お兄ちゃんに、変身するところを見られてしまった。唯が、以前の唯とは変わってしまったことがお兄ちゃんにバレてしまった。唯は、憂鬱な気分だった。本当は、龍之介と離れてこんな所にいるのは嫌だった。だけど、龍之介にどう対していいか、わからない。一緒にいたい。愛する人と一緒にいたい。一緒に戦って欲しいとさえ思う反面、もうあんな思いをするのは嫌だと、絶対に巻き込みたくないという気持ちが葛藤を起こしていた。

 どっちが唯の気持ち? どっちも唯の気持ち。お兄ちゃんを精一杯愛してあげたい。たとえ報われなくても、できるだけ尽くしてあげたい…………でも唯のことも愛して欲しい。唯のために戦いに身を投じて欲しい…………

 ひとつの「愛」にある二つの側面。それが唯を苦しめていた。

 そして、海は3人の思いを受け入れるかのように静かに音を立てていた。



「ともかく、会ってみない事には何とも言えないわ」
「はい」

 都築家にはミサとコズエだけが残っていた。後の二人は、まだ戦闘準備が終わってないと言って、朝から機器の設置に出かけている。コズエは、龍之介を呼び出すためにミサの要請で残った。

「センサーの反応が、プラス87ということは、間違いないと思うわ。でも、まだ何の動きもしてないどころか、『覚醒』すらまだだなんて、ちょっとおかしいわね」
「まさか、センサーに登録されているアストラルパターンにバグが……」
「それはありえないわ。あのアミア・フロイラインが採取してきたパターンなのよ、これは」
「え、あの?」
「そう。次元世界の人間で、最も多く『ソルジャー』と接触し、親しかったアミアが『カタストロフ』の後、持ち帰ったパターンの忠実なコピー」
「じゃあやっぱり」
「間違いはないわ。でもね、私のカンにも、確かに引っかかるものがあるのよ」
「カン……ですか?」
「ええ。といっても、とてもあやふやな能力なんだけど」

 ミサは、少し寂しげに微笑んだ。本当に役に立たない能力……あの人の事故さえ、見通すことができなかった……その時、コズエが唐突に口を開いた。

「アミア・フロイラインってどんな方だったんでしょう」
「あら? 歴史で習わなかったの?」
「あまり……『カタストロフ』の概略はやりましたけど、アミア個人のことまでは…」
「そっか。ジュニア・ステップが終わったばかりだもんね……」
「ミサさんは、ご存知ですか?」
「少しは。個人的に興味があって、調べたこともあったし」
「教えて頂けませんか? 龍之介先輩が来られるまでには、まだ時間がありますし」
「いいけど……何から聞きたい?」
「シニア・ステップのセカンドグレードになったばかりで、TERA-001へ派遣されたって聞いてますけど……」
「そうね。彼女のプロフィールね……」

 ミサは、少しずつ記憶の糸を手繰りながら、アミアのことを語りはじめた。

 今から約2000年前。アーリマンが現れた『カタストロフ』の17年前、彼女は、フロイライン=ライナック家の一人娘として生まれた。母親は、中央評議会の情報局第3部の部長をしていた。フロイライン=ライナック家は、『ソルジャー』と縁の浅からぬ家系のようで、アミアの9代前にあたる、クリステア・フロイラインも、『ディザスター』の時、『ソルジャー』に出会い、彼を支援して、《闇》を撃退している。

 アミアが中央評議会直属のトレイニースクールへ通うと言い出したのは、そんな祖先への敬慕であったとも言われてるし、一説には、個人的に、『ソルジャー』への関心があったためとも言われている。活発で、明るい性格のため、スクールの教官や、トレイニーたちの評判は良かったが、特に目立った成績は残していない。『カタストロフ』がなければ、《闇》が、TERA-001で目覚めなければ、ごく普通の情報工作員として、一生を終えただろうと言われている。だが、現実には『カタストロフ』は起き、まだ次元遷移特性の補正技術が未発達だった当時、唯一、TERA-001と適合する人材が彼女しかいなかったことが、後に彼女を英雄にした。

 彼女はリサーチャーとして、つまり、『ソルジャー』探索のために、TERA-001へ派遣されたが、実際のところ、当初は、TERA-001が辺境であったこともあって、特にその活動が期待されていたわけではない。だが、《闇》の攻撃が、TERA-001で始まると、他に派遣可能な人材がいなかったため、アミア一人に、次元世界の滅亡を防ぐという重責が課せられることになってしまった。もちろん、ノウン・ワールドは、あたう限りの支援をアミアに対して行った。アミアは、その重責によく耐えたと言えるだろう。時を移さずに、レディ・ガーディアンの二人、「ルナ・エマイユ」と「アルテミス・ハノイユ」に接触。二人から『ソルジャー』探索への協力を取り付ける。詳細な事情はトップ・シークレットとなっているため、明らかではないが、その後、「ディアナ・ルナイユ」「アレス・サライユ」との接触に成功。《闇》の勢力を少しずつであるが、撃退しつつあった。が、ある日突然、彼女の消息が断たれる。公式記録は、その間の事情を何も明らかにしていない。フロイライン=ライナック家に伝わる伝記によると、戦闘の最中、愛情を抱いていた男性をフェイザーの誤射で死なせてしまい、極度の鬱状態、或いは自閉状態に陥っていたらしい。更に、それを「アーリマン」に付け込まれ、次元境界へ連れ去られている。アミアがどうやってそこから生還したのかは、伝記にも記述されていない。それからの彼女は、まるで人が変わったようだと言われている。

 非常におかしなことだが、彼女が『ソルジャー』と接触した時期は、彼女自身明らかにしていない。エマイユ、ハノイユとの接触からガーディアンリーダー「ヴィーナス・マナイユ」との接触の間であろうと推測されているが、それとても4ヶ月の期間があるわけで、実際のところ、不明と言うに等しい。

 いずれにせよ、時を置かずして『ソルジャー』を取り巻く《光》の使者を次々と発見し、味方につけていった手腕は高く評価され、さらには、『ソルジャー』その人にも、単に接触しただけでなく、積極的な介入を決意させるなど、彼女の業績には目を見張るものが多い。後に『ソルジャー』は、他の工作員では、例えベテランと言えど、そのようなことをやり遂げるのは不可能であっただろう、彼女だからこそ、なしえたことだと当時の中央評議会議長に語っている。『カタストロフ』最後の決戦、グランド・インパクトでもレディ・ガーディアンや『ソルジャー』を支援し、戦いを勝利に導いたと言われている。

 『カタストロフ』以後の彼女は、中央評議会の厳重な統制もあってか、マスコミにわずらわされることもなく、母親と同じく、情報局へ数年勤務した後、結婚し、子供を2人もうけている。だが、若くして開花した才能を充分に発揮させることなく、29才の若さでこの世を去っている。

「……というところかしら」
「ご先祖様まで『ソルジャー』と一緒に戦ったことがあるなんて、知りませんでした」
「そうね。何にしろ、アミア・フロイラインのやったことが、余りにも凄すぎて、他の人が霞んじゃうから」
「凄い人だったんですね」
「でも、調べれば調べるほど、どこにでもいそうな普通の女の子だったって印象も強くなるのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。愛する人を誤って殺してしまったからなのか、「アーリマン」に連れ去られていた間に何かあったのか。少なくともそれまでの彼女は、そんなに凄い仕事をする人だという印象が全然ないの」
「それからは変わったんですか?」
「そうね。変わったと言っても、別に、仕事の鬼になったってわけじゃないのよね」
「じゃあ何なんでしょう?」
「諦観したっていうか、悟りを開いたっていうか、そんな感じだったらしいわ」
「何があったんでしょうね」
「さあ……何しろ、2000年も前のことだから、直接知ってる人はもういないし。それ以上は、私も何とも言いようがないわ」
「そうですよね……それにしても、アミア・フロイラインが『ソルジャー』に、戦いに加わるよう説得したってことに驚きました。こずえ、『ソルジャー』を見つけさえすれば、一緒に戦ってくれるものだと思ってましたから」
「それは仕方ないわ。2度も《闇》と戦ってくれたんだもの。次も当然そうしてくれるものだと普通は思うわよ。でも、何か事情があるのか、彼自身は、戦いに関与することを極端に嫌がっていたそうよ」
「だからでしょうか」
「何が?」
「まだ『覚醒』すらしてないっていうのは……」
「……考えられないことではないわね」
「だとしたら……どうすれば良いんでしょう。こずえには、『ソルジャー』を『覚醒』させるなんてできません」
「誰にもできないわよ、そんなこと。だからここへ来てもらって、様子を見ようっていうわけでしょ」
「そうですね……」

 キンコ〜ン。ドアフォンが鳴った。

「きっと、龍之介先輩です」
「いよいよね」





《 B-Part へ続く 》

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