An Episode in The Known Worlds' Saga ---《 The Soldier 》 外伝


光の真名
ひかりのまな

第3章 『戦いへの序曲』

… B-Part …



「コマンダーの派遣が決まった」
「コマンダーを?」
「ああ。『ソルジャー』の反応があったのは、今のところ、この次元だけらしい。」
「それだけで?」
「可能性としては、充分だよ」

 都築家の居間で、コズエを含めた3人が、打ち合わせをしていた。

「取り敢えず、TERA-133 で活動中のコマンダーを一人、こっちに異動させることになったそうだ」
「一人……だけですか?」
「ここがこんな辺境じゃなければもっとたくさん送ってくれるんだろうけどね。次元遷移特性のあう人材がほとんどいないんだよ」
「……そうですよね……でなければ私みたいのが選ばれるはずはないですもんね……」

 いやに気落ちしたことを言うコズエ。

「何言ってるの。それはあなたが優秀だからでしょ」
「そうそう。それと、訓練を受けたコマンダーを馬鹿にしてはいけないよ。我々の想像を越えた戦闘能力を持っているからね」
「戦闘……ですか……」
「『ソルジャー』がいるということは、『やつら』もここにいるということだろ?」
「そうですね……そうでした」
「或いはもう我々の知らないところで、既に始まってるかもしれないけどね」
「はい……」
「コズエ君。くれぐれも気をつけてくれよ。いつどこで戦いが始まるかわからないからね。装備の点検を怠らないように」
「わかりました」
「時間だ。出かけようか」
「はい」



 珍しく、龍之介が早起きしてきた。ダイニングで食事をしていた唯と目があう。

「唯、ちょっと聞きたい事が……」

 龍之介の言葉を拒絶するかのように、唯は目を逸らした。

「唯……」
「あら、龍之介君、早いわね」
「美佐子さん、おはよう」

 ぎこちない様子で、龍之介もテーブルにつく。唯は、龍之介の方を見ないようにして食事を続けていた。気まずい空気が食卓に落ちる。

「ごちそうさま……」

 唯が立ち上がって、食卓を片づける。龍之介は、慌ててトーストを口の中に押し込むと、コーヒーで胃の中に流し込んだ。唯は、肩を落としたまま、鞄を持って、玄関に向かう。

「待てよ、唯! 一緒に……」
「行ってきます……」

 ぱたんと玄関の閉まる音がした。

「畜生!」

 龍之介が、取り上げた鞄を床に叩き付ける。

「ごめんね、お兄ちゃん……」

 唯だって、何もかも話してしまいたい。一人で抱え込んでるのはいや。でも、そうしたら、お兄ちゃんは……お兄ちゃんは……

 唯は、涙をぬぐうと、歩きはじめた。



(誰もいない……そうね、誰もいない……)

 可憐は、目を覚ましていた。気を失っていたのは、わずかの間だった。

(どこにも行かなければ、あの人と会う事もない。そうすれば、怖い思いをすることもない……)

 虚ろな目で、天井を見上げながら、可憐は、体を丸くした。

『ふふ……ふふふ……』

 背中に冷たいものが流れる。まさか……まさか家にまで!……

『ふふふ……どこにいても駄目よ……』

 部屋の中に闇が現れ、そこから、くるみの姿が滲み出てきた。可憐は、目を大きく開いたまま、口をパクパクさせている。体が震えはじめた。

「ふふ、可愛らしい……ここにいれば、安全だと思ったの?」

 くるみの手の中で、闇が踊っている。可憐の目が光を失う。

「精神がもたなかったのね。可哀相……でも、すぐに楽になるわ」
「全くだな」
「なに!?」

 可憐とくるみの間の空間が揺らぎ、REMが現れた。

「お前は……『光の使徒』だな」
「第1使徒、エミュイエルだ。お久しぶりだね、闇の使徒『ジェハ』よ」
「そう。あなたがこの子を守っていたというわけね」

 くるみの手から闇が伸び、剣の形をとる。

「サイコスピアか。全く進歩がないな」
「何とでもおっしゃいなさい」

 闇の剣が振り下ろされる。激しい閃光が生じ、闇が吸収されていく。

「く!……」
「その程度の攻撃で、俺と張り合うつもりだったのか」
「ならば!」

 くるみの手が一閃して、サイコボムが、呆然と事態を見ている可憐めがけて、打ち出される。

「甘い!」

 次々と爆発が起きるが、可憐に傷一つ負わせる事ができない。

「結界か!」
「では、こちらから参る」

 胸の前で合わせたREMの手の中から光が飛んだ。くるみを取り囲むように爆発が起き、部屋の窓が吹き飛ぶ。REMは手を休めることなく、サイコボムをくるみに向けて打ち出した。

「そこか!」

 テレポートして逃れようとしたくるみのジャンプ先を的確に捉え、正確に打ち込んでいく。爆発を受けながら、くるみは、闇の渦を作り出し、可憐に向かって放つ。

「しまっ……!」

 可憐を包んでいた結界が、きしむように破壊されていく。

「私の使命は、マナイユを抹消すること! あなたに関わってる暇はないわ」
「なに!」

 くるみがサイコスピアを形作ると、可憐に向かって投げ込んだ。REMの手から光が伸び、くるみのサイコスピアのからみつき、大爆発を起こした。部屋はもう原形を留めていない。

「マナイユだと!」
「ふふふ……そんなことも知らずに、この子を守っていたの?」
「やかましい!!」

 REMの手に激しい閃光と共に、サイコスピアが現れ、くるみに向かって放たれる。わずかの差でくるみの姿が消える。轟音と共に、廊下はもとより、周囲の部屋を巻き込んで、屋根が吹き飛ぶ。爆煙がもうもうと漂う。REMは、感覚を総動員して、くるみの行方を追う。

「そこか……」

 何もない空間に向かって、光を発射する。そこから闇が飛び出し、光と闇が交差して爆発を起こす。

 可憐の瞳には何も映っていなかった。指が痙攣したように動く。

 REMは、くるみのシュプールを追って、空中に舞い上がった。微かに空間が滲む。すかさず、サイコスピアを放つ。同時にテレポートを行い、空間をスライドしていく。可憐の家は大騒ぎになっている。ちらとそちらを見たREMは、自分の目を疑った。闇が可憐の部屋の辺りに集まっている。

「新手か!」

 テレポートしようとしたREMの目の前にくるみが現れる。

「まだ私との決着がついてないのよ」

 にやりと笑うと、闇の壁をぐるりと巡らし、更に結界を張った。

「『壁』か……確かに2000年前とは、桁違いの『力』だな……」

 REMは険しい顔でくるみに相対した。一方、可憐の傍で実体化した闇から、女性が姿を現した。可憐は、腕を痙攣させるばかりで、そちらを見ようともしない。

「お久しぶり……それとも、はじめましてというべきかしら」

 可憐を見つめる目は、やはり《闇》をたたえている。可憐の体がびくっと痙攣するとふらふらと立ち上がる。

「あらあら。どうしたのかしら。恐怖の余り、精神崩壊を起こしたの?」

 冷たく言い放ちながら、ゆっくりと腕を上げて、闇の剣を作り出す。それにあわせるように、可憐も腕を上げた。

「可哀相に。でも、すぐに楽にしてあげる……何!!」

 可憐の指先から、すっと光が伸び、槍の形をとる。

「覚醒していたのか!?」

 だが、やはり可憐の瞳に光はない。無表情のまま、可憐は光を打ち出した。一瞬の出来事に避ける事もできず、闇から現れた女性は、直撃を受ける。

「ぎゃああああああ!!!」



「いない……」

 龍之介は、唯の後を追って家を出たのだが、学校に着くまで、唯に追いつく事はできなかった。結局、そのまま教室に入ったのだが、唯の姿はなかった。

「友美もいずみもいないか」

 一体、何をたくらんでやがる。昨夜といい、今朝のことといい……

「龍之介」
「あきらか」
「なあ、洋子が今日も来てないんだけど、何か聞いてないか?」
「知らねえよ。どっかでサボってんじゃないのか」
「家にも帰ってないらしいんだ。昨日行ったら、お袋さんがすっかり気落ちしててさ」

 そういや、バカボンボンと変態芳樹もいねえな。普段ならどうでもいいことだが、何か気に入らない。何かある。こいつは絶対何かある。

「なあ、どうしたらいいんだ?」
「警察には届けてるのか?」
「ああ。でも、家出くらいじゃ、探しちゃあくれないだろ」
「まあな……後は、それらしい立ち寄り先をチェックするくらいじゃ……」
「めぼしい知り合いには、全部連絡したらしいんだ」
「でもいないって?」
「そうなんだよ」

 あきらがしょんぼりと肩を落とす。何で、洋子のことでそんなに落ち込むんだ?

「あきら」
「ああ……」
「放課後にでも相談にのるから、ちょっと待ってくれないか?」
「ああ、頼むよ……」

 こっちはそれどこじゃない。すぐにでも唯を問い詰めて、何が起こってるのか、聞き出さないと……

 教室の扉が開いて、唯と友美、いずみが入ってきた。

「唯! ちょっと話が……」

 だけど、その後に、片桐先生が続けて入ってくる。と同時に、本鈴がなった。

「ちっ!」

 次の休み時間までお預けだな。全く、間が悪い!……

 唯たちが自席に腰掛けると、出席をとる片桐先生の声が聞こえ始めた。



 突然の可憐の動きに、くるみの攻撃の手が止まった。

「さとみ!? 何てこと!」

 慌てたように可憐の元に降下していく。REMも驚きながらも、攻撃を加えつつ、その後を追う。可憐の放った光は、屋敷を巻き込んで、大爆発を起こしていた。可憐御殿と言われた屋敷は、既に半壊している。

「すさまじい能力ね……さすがは、マナイユ……な!」

 自動人形のように腕を上げると、可憐は、再び光を放った。慌ててくるみが闇を打ち出す。光と闇が衝突し、屋敷の直上で大爆発が起こった。

「どうなってるんだ?……」

 光と闇が激しく交差し、次々と爆発を起こす。可憐の屋敷は、もはや、全壊と言ってもいい状態になってきていた。

「すまん。遅れた」

 REMの背後から声がした。振り返ると、淳が浮いている。

「いえ……それより、あれは?……」

 険しい表情で、淳は可憐の屋敷で起こっている戦闘の様子を見下ろした。

「……緊急防御プロセスだ」
「緊急?……」
「『覚醒』前に、《闇》に襲われた時のことを考えて、仕込んでおいた」
「そんなものがあるなら、何もわざわざ覚醒させて回る必要も……」
「危険なんだよ」
「危険?」
「封印プロセスを無視して、強制的に『力』を発動するようにしてあるんだ。だから、いざという時の防御には間に合うが、正常な『覚醒』プロセスを踏まないから、人格崩壊の危険がある」
「そんな……」
「抹消されるよりましだと思って仕掛けたんだが……」
「正常に『覚醒』する確率は?」
「5分5分だな……」

 ひときわ大きい爆発が起こる。可憐の屋敷は、完全に吹き飛んだ。可憐の両親らしき人影が屋敷に面した道路に小さく見える。

「終わったようだ」

 《闇》の気配は消えていた。あれだけすさまじい攻撃を受けては、撤退するしかないだろう。可憐の部屋があった辺りにテレポートしたREMは、うつ伏せに倒れている可憐を見つけた。目を閉じたまま、ぴくりとも動かない。

「最大能力で攻撃するように設定してあったからな……しばらく目が覚めないだろう」

 淳が、REMの背後から可憐を見て、ポツリと呟いた。

「目が覚めるまで、結界を張って見ていてくれないか」
「構いませんが……あなたは?」
「まだやることがあってね……《闇》の動きがどうもおかしいんだ。さっきもそれを調べてて遅くなった」
「わかりました」
「じゃ……」

 淳がジョウントして消える。パトカーや消防車のサイレンが聞こえてくる。

「この子がマナイユ……」

 REMは、結界を張り、外部から周囲の空間を切り離すと、可憐の傍に座り込んだ。



 昼休み。唯たち3人は、龍之介を避け続けていた。今も、裏庭の隅で話をしている。

「可憐がガーディアンなのは、間違いないと思う」
「ええ、そうね」
「でも、だったら、どうして唯たちみたいに、先輩は『覚醒』させないのかしら」
「それは……」

 いずみが口ごもる。友美が後を続ける。

「まだ目覚めてないのは、『マナイユ』と『サライユ』だわ。可憐ちゃんがどちらなのかはわからないけど、後一人の『覚醒』が済んでないからじゃないかしら」
「それってどういう?……」
「私を『覚醒』させるとき、先輩が言ってたの。一人の『覚醒』が、次のガーディアンを『覚醒』させるキーになってるって」
「4番目に『覚醒』させるべきガーディアンが見つかってないのか?」
「まさか。先輩のことだもの。でも、何か事情があるんでしょうね」
「トラブルか? まさか、《闇》に抹消されたのか?」
「それはないと思うけど……」

 不意に3人が顔を上げる。

「誰!?」

 何もない空間を凝視する3人。素早く目配せを交わし合うと、互いに距離をとった。

『くっくっくっく……』

 空間の1点にぽつりと染みのように闇が現れ、大きくなっていく。

「来るわ」

 友美の声に、唯といずみは、身構えたまま、頷いた。



「全く、どこ行ったんだ」

 昼休みに入ってすぐ、龍之介に声をかける暇も与えず、唯、友美、いずみの3人は姿を消した。龍之介は、昼食もそこそこに3人を探し回っている。

「俺に聞かれちゃまずい話でもあるのかよ」
「あ! 先輩!」
「屋上にもいないし、校舎の中も、中庭にもいないってことは……」
「龍之介先輩!」
「後は裏庭か……さっきはいなかったけど……ひょっとして俺を避けてるのか?」
「先輩!」
「先輩、先輩って……え?」
「もう、ずうっと声をかけてるのに、無視するんですからぁ」
「こ、こずえちゃん?」

 いつの間にやら、こずえが、龍之介の後ろにぴったりとくっついて歩いている。

「今、お暇ですか?」
「いやあ、ちょっと、友達を探してて……」
「お友達?」
「そうだ、こずえちゃん。お団子頭で、スカートと同じ柄のリボンを頭にしてる女の子を見なかった?」
「女の……方ですか?」
「それと、ロングストレートにヘアバンドしてて、眼鏡かけてる子」
「ええと……」
「もう一人は、ショートカットで、こんなちっこい奴だけど」

 龍之介は、胸の辺りで手をひらひらさせながら言った。

「さあ……見なかったと思いますけど……」
「そう……」
「あの、先輩」
「ん? 何? こないだみたいな訳のわからない話はごめんだぜ」

 龍之介がにやっと笑ってまぜかえす。

「もう! そんなのじゃありません!」
「じゃ、手短に……」

 その時突然に、爆発音が聞こえてきた。

「裏庭の方だ!」

 龍之介が駆け出す。まさか、あいつらが巻き込まれたりしてたら……

「あ、先輩! 待って下さい!」

 ゴズエも龍之介の後を追って、裏庭の方へ走り出した。



「くっ!……」
「駄目だ! バトルスーツを装着しないと!」
「でも、人が!……」
「今なら誰もいない!」

 闇から現れたのは、芳樹であった。触手のように闇を操り、触れるものを爆発させている。3人は、自分たちが「読み」を完全に誤ったことを悟っていた。

「くっくっく……無駄だよ……くっくっくっく……」

 余裕の笑みを浮かべながら、芳樹は次々と触手を繰り出してくる。それを避けるのが精一杯で、3人ともまだ変身できない。

「『闇』がここまで力をつけてるなんて!……」
「感想は後だ! 友美! 来る!」

 爆発。爆発。爆発。

「そうそう、『この前』は、エマイユに色々痛い目に遭わせてもらったからねえ……君だけは念入りにさせてもらうよ」

 芳樹の顔にひきつった笑いがこみ上げる。友美は、触手を避けながらも、芳樹を睨みつけた。

「やれるものならね!」
「言うねえ……くっくっくっく……ほら、さっさと逃げないと危ないよ……ひひひひ」

 闇の触手が、3人の足元をかすめる。かろうじて避けるものの、強力な爆発に巻き込まれ、吹き飛ばされる。

「しまっ!……」
「ひぃっひっひっひ。まだだよ。まだボクを楽しませてくれよ」
「この変態!」

 いずみが吐き捨てるように叫び、サイコボムを作ろうとする。が、芳樹の触手の方が動きが早い。

「ほうれ、逃げろ、逃げろ……」

 爆発。爆発。また爆発。

「ひっひっひっひ……」
「何やってんだ!」

 芳樹が振り返る。その一瞬を3人は見逃さなかった。大きくジャンプして芳樹と距離をあけると、一斉に光を集める。

「芳樹?!……唯!?……」

 バトルスーツを装着した唯たちが見たのは……校舎の陰で呆然と見つめる龍之介の姿だった。

「お……兄ちゃん?……」

 芳樹の腕が振られる。触手が龍之介の方へ伸びていく。

「駄目ぇぇぇぇええええ!!!」

 唯の両腕が突き出され、強力なシールドが龍之介の前に張られる。それを待ち構えていたかのように、別の触手が唯を襲う。

「唯ちゃん!」

 間一髪、友美が唯の傍らに回り込み、シールドを張る。その上空でいずみがアローを構え、渾身の念を込めて発射した。闇の触手と交差する。

「伏せろ!!!」

 いずみが龍之介に向かって叫ぶと同時に大爆発が起きた。校舎が半壊し、ガラス片やコンクリート片が落下する。それらをかいくぐってコズエが現れた。校舎の中からは悲鳴が聞こえる。

「ガーディアン!? じゃあ! 《闇》の使徒!?」

 コズエは、懐から、MDLフェイザーを取り出した。



「早く避難しなさい! そこ! のろのろしないの!」

 突然の爆発と、それに続く校舎の崩壊。教職員は、必死で生徒達を誘導していた。

「片桐先生!」
「川尻君!? 何してるの! 早く校庭に出るのよ!」
「龍之介がいないんですよ!」
「何ですって?!」
「唯ちゃんも、水野も篠原も!……」
「と、ともかく、あなたは逃げなさい。4人は探すから!」
「しかし……」
「早く!」

 校庭には、既に相当数の生徒が集まってきていた。だが、そこからは裏庭の様子など窺い知る事などできない。全員、何が起きたのか見当もつかず、ただ震えているしかなかった。





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