An Episode in The Known Worlds' Saga ---《 The Soldier 》 外伝


光の真名
ひかりのまな

第3章 『戦いへの序曲』

… A-Part …



 凄まじい爆風が、病室の中を荒れ狂った。いずみは、サイコアローを放った姿勢のまま、爆風を受け流していた。友美と唯は、バリアを張って、桜子を庇っている。REMは、呆然としてバリアを張っており、淳は、窓の外を凝視していた。やがて、風が収まり、辺りに静けさが戻ってくる。窓の外に、京子の姿はなかった。沈黙がその場を支配する。

「何故だ……何故、京子ちゃんがあいつらの……」

 REMの言葉が虚しく響く。淳は、沈黙を守ったままだ。辺りはすっかり静けさを取り戻した。いずみは、構えを崩して、ゆっくりとREMを見る。

「あの……」
「…………」

 いずみが何か言いかけるのを、淳が肩を抱いて止める。REMは、顔を伏せたまま、力なく肩を落としている。桜子が、心配そうにREMを見つめていた。

『ふふ……』

 REMが、青ざめた顔をあげ、窓の外を見た。その目が大きく見開かれている。

「どうしたREM?」
『ふふ……ふふふ……』
「何!?」

 淳も、驚いて窓を振り返る。闇の中から、滲み出すように、京子が姿を現した。体中に傷を負っているようだが、気にする素振りもない。

「《光》のものの中にも『力』を増したものがいたとはね」

 血まみれの顔で、京子は冷たく笑った。

「ハノイユのサイコアローを受けながらもそうしていられるとは、大したものだな」
「お褒めに預かって光栄ね」
「どうするつもりだ? 降参するかね? それとも、俺が相手をしようか?」
「降参? 寝言はやめてくれるかしら。私の使命は、あなたたちを消し去ることよ」
「よかろう。相手になってやる」
「待ってくれ!」

 REMが、淳を押さえて窓際に立った。

「俺がいく」
「REM!」
「こうなったのも、俺に責任がある。俺が相手をして、京子ちゃんを元に戻す」

 それだけ言って、REMは窓の外に出て、京子と相対する位置に浮かんだ。

「『光の使徒』、エミュイエルね」
「そうだ」
「あなたに私を傷つけられて? 私は桜木 京子でもあるのよ」

 冷ややかな口調で、京子が言い放つ。REMは、何も答えず、ゆったりと構えた。

「そう……わかっててやるというのね。では、覚悟なさい」

 京子の手から、闇の剣が伸びる。REMは、自然体のままだ。次の瞬間、京子の体が消え、REMの目の前に現れた。

「てぇえええい!!」

 闇の剣が、REMの体に食い込むかと思われた瞬間、バリアがそれを食い止める。

「甘い!」

 REMの手が差し出されると、光が京子に向かって打ち出された。が、体を素通りして、宙に消える。

「なに!?……ぐぁ!」

 背後に回った京子が、REMの背中に深々と闇の剣を突き立てた。

「ふふふ……あんな単純なホロに騙されるとは、『光の使徒』も大したことはないわね」
「ば……か……な……」
「私の見た目に騙されたの? ふふふふ……」
「が……は!……」

 REMの手が闇の剣を握り締め、強引に引き抜こうとする。バチバチと黒い閃光が腕
に走る。

「無駄よ」
「がぁぁああ!!」
「な!?」

 気合とともに剣を引き抜くREM。そのままテレポートして、体勢を立て直した。肩で息をしている。

「………参る」

 REMの体が分裂し、京子を取り囲み、一斉に、サイコボムを放った。テレポートを繰り返し、逃げ続ける京子に向かい、光の球が執拗に、打ち込まれる。

「く!」

 京子は、逃げながらも闇を連射し、反撃を試みる。光の球と闇の球の応酬が続く中、REMが、手の中で重積ヴォーテックスを作り出し、京子の周りに配置していく。

「これは!」

 京子の顔が恐怖にひきつる。

「次元構造体の干渉領域だ。そこにつかまって逃げられたものはいない!」

 京子は、闇を乱射して、それを破壊しようとするが、全く効果がない。

「ひ!」
「無駄だ!……」

 だが、突然、REMの体がぐらりと揺れた。京子を囲んだ、重積ヴォーテックスに、揺らぎが生じる。

「が!……がは!」
「ははははは! 先程の傷が堪えてきたようだな!」

 京子が目を見開き、絶好のチャンスと、REMに躍り掛かろうとした瞬間、光の壁が現れ、彼女は、まともに、突っ込んだ。

「ぎゃぁぁああああ!!!」

 激しい閃光に包まれ、京子が地面へ落ちる。

「ひ、卑怯者!……」
「誰がいつ、1対1の戦いだと言った?」

 淳が、京子の背後に現れ、再び光の壁を巡らせていく。

「ルナイユ! REMを頼む!」
「はい!」

 唯が、REMの傍にテレポートし、ヒーリングを行う。かろうじて空中に浮いてはいるものの、先程の傷がかなり堪えているのがわかる。

「さて、闇のものよ」

 淳は、光の壁を完成させ、京子と向き合っていた。

「その体から出ていってもらおうか」
「誰が……」
「では、今度は、本気で相手をさせてもらおうか?」
「………」
「賢明だな」

 淳が手を上げ、京子にサイコブロックを施そうとしたその刹那、光の壁を破って、闇が侵入してきた。

「アーリマン!」
『まだその体を渡すわけにはいかん……』
「くそ! どこだ!?」

 闇は、脈動を繰り返しながら、京子の体を包みこんでいく。

「させるか!」

 淳の手に、サイコスピアが現れ、闇に向かって放たれた。が、一瞬の差で、京子の体は闇に溶け込む。闇と光が、激しく衝突し、爆発を起こすが、京子の姿は消えていた。

『今日は、ほんの小手調べだ……次を楽しみにな……』

 低い笑い声とともに闇は消えた。淳の握り締めた拳が震えている。

「そのようなことをさせるか……俺を本気で介入させたいのか?!……」

 病棟から騒ぎ声が聞こえてきた。淳は、戦闘で影響を受けたところを修復すると、病室に戻った。REMが隅に座り込んで、まだ唯に手当てを受けている。

「人が来る。バトルスーツは解除しておいた方がいい」

 いずみと友美は、無言のまま、制服姿に戻った。唯も、REMの傷が塞がったのを確認すると、やはり制服姿に戻る。

「何が……何が起こったんですか……」

 桜子が、怯えた様子で、誰にというでもなく、問いかけた。しばらくの間、誰も口を開かない。

「窓の外にいたあの人は?……ここは……ここは、2階なのに……」
「桜子ちゃん」
「はい」
「今すぐは無理だけど、必ず事情は説明するから、しばらく誰にもこのことを言わないでいてくれるかな」
「でも!……」
「頼む」

 そう言って、淳が頭を下げる。それを呆然と見つめていた桜子が、静かに言った。

「わかりました……」
「ありがとう」

 ばたばたと廊下を走ってくる足音がする。

「杉本さん! 大丈夫!?」
「は、はい!」

 若い看護婦が、息を切らせてドアに立っている。

「すごい音がしたんだけど、何か見なかった?」
「いえ……」
「あなたたちは?」

 淳たちは、顔を見合わせ、一斉に首を振る。

「そう……一体、何だったのかしら?」
「何か、ありましたか?」
「心臓の悪い方が一人発作を起こして……桜子ちゃん、本当に大丈夫?」
「はい」
「なら良かったわ。でも、何かあったら、必ずナースコールするのよ」
「わかりました」
「それじゃあ……あ、あなたたちも、もう面会時間は終わりですからね」

 そう言って、看護婦は、他の病室へ走っていった。

「桜子ちゃん、ありがとう」

 淳が、すまなさそうに言った。

「いいんです。何か訳があるんでしょ?」
「ああ」
「必ず説明して下さいますよね」
「きっとね」

 桜子は、静かに微笑んだ。それで充分です。表情がそう語っていた。

「じゃあ、帰ろか」

 淳の言葉に答えるように、REMが、青い顔をして、黙って立ち上がった。

「大丈夫か?」
「ええ。何とか」

 少しふらつきながらも、桜子に声をかけて、ドアの外に出る。

「じゃあ、また来るからね、桜子ちゃん」

 いずみ、友美、唯の3人も、桜子に声をかけて、病室の外へ出た。

「それじゃあ、桜子ちゃん、またね」
「ええ」
「また来るからね」
「うん」
「びっくりしたろうけど、気にすんなよ」
「うん」

 最後に淳が、ドアを出ようとして、何か言いかけたが、結局、思い直したように、別れの挨拶だけを述べた。

「おやすみ、桜子ちゃん」
「おやすみなさい……」



「間違いないのかい?」

 都築家の居間で、コズエをはさんで、静かに話が進んでいる。

「はい。間違いありません」
「まさか、こんなに早く見つかるとは……」

 男が腕組みをして唸っている。

「その、なんていったっけ」
「龍之介先輩ですか?」
「そうそう、その龍之介君。本当に全然覚えてない様子だった?」
「はい。とても、とぼけているとは、思えませんでした」
「ううん……『奴ら』は既に動き出してるはずだから、たとえ、記憶を封印していたにし
 ても、とうに覚醒していてもよさそうなものなんだが……」
「でも、センサーの反応は確かです」

 再び男は黙り込んだ。年配の女性が、声をかける。

「いずれにしても、中央へは報告が必要なのではなくて?」
「確かにな……」

 男は、天井を仰ぐと、ため息まじりに呟いた。

「覚醒していなければ、『危機』に対処してもらうわけにはいかん……だが、今は、藁をも掴みたい状況だからな……」

 コズエの報告を受けて、これからの対応を相談しているところだった。だが、肝心の『ソルジャー』が覚醒していないのでは、中央に報告したところで無駄に終わる。だからといって、無視するわけにもいかない。

「取り敢えず、報告だけは上げよう。その上で、判断を仰ぐか」
「はい」
「それにしても、厄介だな。2000年前と同じように、既に覚醒して、何らかの活動を始めてると思ってたんだが」



 ここは? 誰もいない……何もない……虚無? なぜこんなところに俺はいるんだ? 見渡す限り灰色の世界。光でも闇でもない、灰色の世界。地面に立ってるはずなのに、足元も灰色で、地面が見えない……

「誰もいないのかー!?」

 いないのか……いないのか……ないのか……のか……

 誰も何も答えない……馬鹿な! 皆どうなったんだ!? 戦いは? 戦いはどうなったんだ!?……戦い? 何の戦いだ? 皆って誰だ?……違う。俺が探してるのは!……

「唯! 唯!!」

 静寂。龍之介の言葉が限りなくこだまする。ゆい……ゆい……ゆい……い……い……なぜ返事がないんだ? 唯はどこへ行ったんだ!? どこだ!? どこにいるんだ!?

『……のものよ……』

 誰だ!? 唯はどこへ行ったんだ? 皆は!?

『……ものよ……愛するものを守りなさい……それが、あなたの務めです……』

 そんなことはわかってる! わかりきってるんだ!! なのに、いない。どこにもいない。ここは……俺の知ってる世界じゃない。唯の知ってる世界でもない。誰も知らない世界だ。なんで俺はこんなところにいる?! 皆どこに行ったんだ?! 唯はどこにいるんだ!?

『もうすぐ時が満ちます……あなたが必要とされる時がきます。だから……その時に備えなさい』

 何なんだよ、それって! それより唯はどこだ!? 唯は!?

『愛するものを守りなさい……あなたの務めを果たして……』

 だからわかってるって言ってるじゃないか! だから唯がどこにいるのか教えてくれと言ってるんじゃないか! 知らないのか?! 知ってるのか?! どうなんだ!?

『そうではありません……そうではないのです……』

 何がだ! 何がだ!! 守れと言ったのはおまえじゃないか! 何が違うんだ!? 教えろよ! 知ってるんなら教えろよ!!

『時が満ちます……』

 待て! 教えろ! 唯は、唯はどこに行ったんだ! 今どこにいるんだ!! 唯は!!

「どこにいるんだぁ!!」

 突然目が開いた。見なれた天井。息が荒い。心臓が破裂しそうだ。夢?……龍之介はゆっくりとベッドから起き上がり、時計を見た。午後8時30分……食事の後、眠っちまったのか。何度も深呼吸し、動悸が収まるのを待つ。何だったんだ? 今の夢は……最近、妙な事ばかりだ。唯といい、友美といい、いずみといい……それに、こずえちゃんだって……何かおかしい。何かが起こってる……なのに、誰も、俺に真実を言おうとしない。くそっ! 一体何があるっていうんだ。唯が帰ってきたら聞き出さないと……

 唯? 龍之介は心臓が鼓動を打つのを感じた。いくら何でも、もう帰ってきてるはずだ。あいつがそんなに遅くまで出歩いたことなんてなかったから……ベッドから起き上がると、部屋を出て、階下のダイニングへ降りていった。

「美佐子さん、唯は?」

 テーブルで頬杖をついていた美佐子が、龍之介の方を見て、ため息をついた。

「まだよ……」
「まだ……って……」

 時計の音がダイニングに響く。

「ねえ、龍之介君。唯は何か言ってなかった? 遅くなるとか……」
「何も……聞いてないよ」

 時計の音がいやに耳につく。今まで一度だって、こんなに遅くなったことはなかったのに。何かあったのか? まさか……

「ただいま……」

 玄関の開く音がして、唯の声が聞こえた。慌てて龍之介が玄関に走る。

「唯! 一体何時だと思ってんだ!!」

 思いがけない龍之介の怒声に、唯は息をのんだ。龍之介も自分の言葉に愕然としていた。ゆっくりと、唯が顔を伏せる。

「いや、すまん。そんなことが言いたかったわけじゃあ……」
「ごめんなさい……」

 聞こえるか聞こえないかのか細い声で答えると、唯は、階段を駆け上がって、そのまま、部屋に閉じこもってしまった。

「唯…………」

 呆然として立ちつくす龍之介の後ろ姿を見つめながら、美佐子はため息をついた。



 八十八病院の遥か上空。淳とREMは、背中を合わせ、目を閉じていた。

「やはり見つからんな」
「……ええ……ぎりぎりのタイミングでしたから、うまくマークできなかったんじゃ」
「いや、それは間違いない。アーリマンに回収された後、しばらくは、次元トレースが生きていた」
「しかし……」
「そう。今はシュプールを追う事ができない」
「あなたのマーキングでも追えないということは……」
「次元境界だな。危ないマネをしやがる」

 風が一層強くなる。この高度だと、うっかりすると、簡単に数百メートルは流されてしまう。淳とREMは、位置を維持しながら、京子のシュプールを追っていた。

「次元……境界ですか……」
「使徒……では到達できないな……残念ながら」
「………帰ってこれるでしょうか……」
「え?」
「アミア・フロイラインは、帰ってきました。或いは京子ちゃんも……」
「アミアか……」

 遠い追憶の彼方に、とある少女の笑顔が浮かんだ。明るく素直で、屈託のない女の子だった。だが、あの戦いは、彼女にどれだけの重荷を負わせた事か。

「アミアは、特別だった」
「特別?」
「ああ。彼女と初めて会った時からそう感じていた」
「一体?……」
「ERDE-035から、TERA-001へただひとり、しかも訓練途中で派遣されたのは、当時、彼女だけだった。誰も彼女がノウンワールドの切り札になるとは思ってなかったよ。俺もそうだったし、アーリマンだって鼻にもひっかけてなかった」
「ええ」
「だけど、まるで彼女に引かれるように、レディ・ガーディアンが集まり、《闇》を撃退し、君たち光の使徒を巻き込んで、戦いを、《光》の側に有利に導いた」
「あれは、あなたの介入があったからでは」

 淳は、まるで、何かを思い出したかのように、ゆっくりと首を振った。

「いや。確かに介入はした。だが、彼女がいなかったら、俺は躊躇い続けただろうし、戦いの趨勢もどうなっていたかわからない」
「あなたを説得したのは、ハノイユではなかったのですか?」
「違う。ハノイユは、何も言わなかった。本来、俺は戦いに関与することをできるだけ避けなくてはならない。ハノイユには、それがよくわかってたからな」
「そうだったんですか……」
「だが、アミアは違った。彼女には、強さがあった。光に生きるものに対する、絶対的な信頼があった。彼らを守ろうとする一途さがあった。彼女も、決して俺の立場を知らなかった訳ではない。だが、それを踏み越えてでも、自分の世界を守ろうとする意志があった」
「確かにそれは私にもわかりましたが」
「何が彼女をそこまで駆り立てたのか? なぜ彼女はあんなにも世界を愛したのか? 単なる義務感では、そこまでできない。教条的な使命感だけでは、俺が心を動かすこともなかった。彼女には、何かがあった。それが何なのかは、俺にだって、最初はわからなかったが……」
「理由があったということですね」
「ああ……まごうことのない理由があった。それが解ったとき、正直、驚いたけどね」
「それで、特別……なんですか?」
「そうだな……」

 遠くの街の灯りがちらちらと瞬いて見える。だから彼女は帰ってこれた。アーリマンの呪縛を解くことができた。

「では、京子ちゃんは……」

 REMが唇を噛む。淳は、再びREMに背を向けた。

「独力では、難しいだろう……何より、《闇》によって覚醒させられているから、自ら脱出してくる事は……」
「まず有り得ないということですね……」
「万に一つくらいの可能性だな」
「彼女は……京子ちゃんは、やはり《闇》の使徒なんでしょうか?」
「いや、違う」
「しかし、あのパワーは、並の人間では……」
「そうだ。だが、彼女は、決して《闇》の者ではない。それは間違いない」
「なぜそう言い切れるのです?」
「それは……」

 淳は目を閉じ、言葉を探した。

「アーリマンが直接介入してきたことで解る。彼女が《闇》の使徒なら、何も、自ら出てくる必要はないからな」
「そうでしょうか?」
「ガーディアンを襲った他の使徒たちは、皆、独力で逃走してるよ。彼女だって、もし、《闇》の使徒なら、俺が介入した段階で、そうしていただろうよ」
「それはそうかも知れませんが……」

 我ながら、嘘が下手だな。淳は苦笑した。

「それより、確実に彼女を取り戻す方法がある」
「本当ですか?」
「ああ。アーリマンが、わざわざ彼女の回収に出てきたということは、まだ利用する気があるからだ」
「まさか……」
「そう。彼女が、また我々……いや、俺かな……ともかく、また襲ってくるのは間違いないだろう」
「また……戦わねばならないのですか?」
「ある程度は、やむを得ないな……」
「しかし、そうだったとしても、どうやって彼女を……」
「そこからが策だ」
「え?」



 友美は、床についても、まんじりともできなかった。

「そういうことだったのね。桜子さんに会いに行けと、先輩が言ったのは……」

 病室に入った途端、感じたあの気配。あれは間違いなく、「覚醒」プロセスだわ。あんまりあっけなくて、ちょっと拍子抜けした感じがする。2000年前は、あれほど、苦労したのに。

「これから、どうすればいいのかしら……」

 使命の遂行に、問題はなくなった。だけど、リーダーがまだ「覚醒」していない。このままでは、体制に大きく問題が出てくる。光の使徒は、当てにできない。彼らの使命は、私たちとは異なる。

「サライユもまだ見つからないのに……」

 寝返りを打ちながら、呟きがもれた。ガーディアンは、5人が揃わないと、大きく戦力が落ちる。今《闇》が集中して攻撃してきたら、ひとたまりもないわ……

「ノウンワールドの動向もチェックしないと……」

 まさか、アミアのような人材が派遣されてくる事は、もう有り得ないけど、アーリマンの「覚醒」は、彼らも探知してるはずだわ。ここにも、コマンダーか、リサーチャーが派遣されてるはず。早々に探し当てて、コンタクトを取った方が良いわね……

「アミア……か……」



 朝の陽射しが窓から部屋の中を照らす。いずみは、寝返りを打つと、目を覚ました。

「朝か……」

 体を起こして、ため息を吐く。ふと、昨日のことを思い出し、唇に手をやる。まだあの暖かい感触が残っているような気がした。

「夢……じゃないよね……」

 何だかまだ信じられない。あの時……もう二度と会えないと思った。今でもはっきりと憶えてる。あの人の後を追わず、ダハーカとの戦いを選んでしまった時。そして、ダハーカの手で、私は……

 いずみは、体を震わせた。戦い……また戦い……もう嫌。それが決められた運命だということはわかってる。私に選択の権限はない。でも……どうして私は戦うんだろう。今まで何度となくそう思いながら、仲間を助けるために戦い続けてきた。それを終わりにすることはできないだろうか……

「それに、あの人と……」

 戦いが終わると、また記憶を封印しなくてはならない。そうすれば、またあの人のことを忘れてしまう。

「そんなの嫌……」

 もう忘れたくない。もう離れたくない。どうして《光》と《闇》があるんだろう。どうして戦いあわなくちゃいけないんだろう。そうじゃなければ、私はあの人と一緒にいられるのに。ずっと一緒にいられるのに……

 涙がいずみの頬を零れ落ちる。再会の喜びは、あっと言う間に、戦いの渦の中に消えてしまうだろう。そして戦いの後には……

「もう嫌なのに……」



「ええ……そういうことで……ええ……」

 廊下の向こうで、ひかりが誰かに電話をしている。可憐は、毛布に包まって、呆然とそれを聞いていた。昨夜は一睡もしていない。目は血走り、顔色がおかしい。

「いえ……診察してもらった結果は、何か強烈なショックを受けたんじゃないかと……」

 可憐の瞳は、それを聞いても何も反応する様子がない。時々、手足が痙攣したように動く。ベッドのシーツは、そのためか、くしゃくしゃになっていた。

「……わかりません……ええ……とにかく、何を言っても無反応で……」

 可憐の頭は、昨日の経験を反芻していた。突然現れた女性。私を殺そうとした。手の中に見えた、闇のエネルギー……それで私を殺そうとした……私を殺そうと……迫ってくる。駄目……もう駄目……!

「いやぁぁぁあああああ!!!」
「そ、それじゃあ、また! ………………可憐ちゃん! どうしたの!?」

 ひかりが慌てて可憐の部屋へ駆け込んでくる。

「いやぁ! いやぁぁぁああ!!」
「可憐ちゃん! 可憐ちゃん!」

 可憐の叫び声を聞いて、可憐の母親も部屋に駆け込んできた。

「可憐!」
「いや……いやぁぁぁあ!……」

 がっくりと首が落ちる。そのまま可憐をベッドに横たえると、ひかりと可憐の母親は顔を見合わせた。

「申し訳ありません。私がついていながら……」
「ひかりさんの責任ではないですから……」
「せめて、何があったのかだけでもわかればいいんですが……」

 控え室で倒れている可憐をひかりが見つけてから、可憐はずっとこの状態だった。何を聞いても答えられず、ただ、何かに怯えるように悲鳴を上げ続けていた。

「ずっとついていてあげたいんですけど、色々後始末がありまして……」
「ひかりさんには、すっかりご迷惑をおかけして……」
「いえ、気になさらないで下さい。何てことはないことですから」
「本当にすみません……」
「また明日、様子を見に来ますので」
「ええ、それでは……」

 ひかりが部屋を出ていく。可憐は目を開けなかった。たおやかな指が、可憐の意志とは関係なく、ひくひくと痙攣していた。





《 B-Part へ続く 》

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