An Episode in The Known Worlds' Saga ---《 The Soldier 》 外伝


光の真名
ひかりのまな

第2章 『光の目覚め』

… D-Part …



 いずみは、淳に体を預け、ぐったりとしている。覚醒は終わったが、まだ目を覚まさない。淳は、綺麗に手入れされたいずみの髪をなでながら、彼女が目を覚ますのを待っていた。いずみの頬には、涙の跡がある。ルナイユを助けられなかったことへの後悔の涙と……そして……

「君をこうやって抱くのは、2000年ぶりだな……」

 ぽつりと淳が呟く。

「アーリマンが、まさかあんな手を使ってくるとは、思ってもいなかったから……」

 いずみが微かにみじろぎをする。

「すまない……」

 ゆっくりといずみが目を開ける。しばらく、淳の顔を呆けたように見つめる。

「あなた……なの?……」
「そうだ」

 淳が、優しく囁く。いずみの目に涙がじんわりと浮かんでくる。

「思い出したわ……何もかも思い出したわ……」
「ごめんよ。辛いことばかりなのに」
「違う……」

 いずみが大きく頭を振る。

「どうして忘れてたのかしら……こんな、大事な事……」
「2000年前の戦いで傷ついた君を再生するには、記憶も能力も全て封印して、アストラルボディを隠すしかなかった」
「あなたがしたの?……」

 淳が、ゆっくりと頷く。いずみの目から涙が零れ落ちる。

「忘れたくなかった……」
「………」
「少しでもあなたの傍にいたかった……」
「………」
「私は今でもあなたのことを……」
「君は、ガーディアンだ……」
「わかってるわ。それはわかってる……」
「プリンセスを守護する事が、何よりも優先されなくてはならない」
「………でも、それでも……」

 淳は、顔を上げると、遠くを見つめながら、いずみの言葉を遮るように言った。

「でないと、また、あの繰り返しになる」
「………」
「かろうじてアーリマンを封じたとは言え、あれはあってはならないことだった」
「そんな!……」
「それもこれも、みんな……」
「私のせいなの? 私が悪いの? 私があなたを……」
「そうじゃない」

 いずみの涙を拭いながら、あくまで優しい口調で、淳は話し続ける。

「だけど、そのために判断が狂い、多くの命を巻き込む事になってしまった……君も覚えてるだろう……ヘリオスがどうやって被害が広がるのを防いだか……ルナイユが、その後、どうなったか」
「………ええ……」

 淳の腕をつかむ、いずみの指が微かに震える。

「今度の戦いでは、絶対にあれを繰り返してはならないんだ」
「また……戦いなの?……」
「そうだ……だから君を覚醒させた」
「………」

 彼女は、小柄ながらも、ガーディアンの中では、攻撃力が抜きんでていた。だから、彼女の目覚めは絶対に必要だったのだ。

「私はどうすればいいの……」

 いずみが、次々と流れ落ちる涙を拭おうともせずに、呟く。

「それでも忘れられない……あなたを……あなたを愛してる……」

 淳の胸に顔を埋めてくるいずみ。淳は、何も言わずにしたいようにさせる。

「あなたは………あれは……あれは嘘だったの?……」
「そんなことはない!」

 いずみを抱く腕に力が入る。忘れるものか……忘れられるものか……

「だけど、またあれを繰り返す事になっては……」
「嫌!……」
「ハノイユ……」
「愛してる……愛してる!……」

 淳の胸に、どうしようもなく、愛おしさが込み上げてくる。悠久の時を経て、彼女と知り合い、それまで、意識した事もなかった『愛』を教えられた。だが、その結果が、あの悲劇だ……くそっ! わかっているのに!……

「ハノイユ……」

 淳の胸で鳴咽を上げるいずみの顎に指をかけると、淳は唇を重ねあわせた。悲劇は繰り返されるべきではない。だが……彼女を……どうしようもなく愛している……

 いずみは、淳の背中に腕を回すと、くちづけを繰り返す合間に、掠れた声で、何度も
訴えた。

「もう、忘れさせないで……お願い……愛してるの……」

 辺りに夕闇が迫ってきていた。



「で、何? 話って?」
「それが、その……」

 リビングに通されたコズエは、出されたコーヒーに手も付けず、もじもじするばかりで、一向に話を切り出す気配がない。

「どうしたんだい? 何か話があるから、わざわざ家まで訪ねてきてくれたんだろ?」
「はい……」

 やはり、センサーが反応している。これ以上はないっていうくらい、激しい反応だ。

「先輩は……」
「うん」

 どうしよう? まさか面と向かって、『あなたがソルジャーですか?』と聞いたところで教えてくれるはずはないだろうし。

「こずえちゃん、さっきから変だよ。ひょっとして、デートの約束、後悔してる?」
「そ、そんなことじゃないんです」
「何か噂でも聞いたんだろ」
「え?」
「女と見たら見境なく手をだすだの、同級生の女と同棲してるだの、色々言う奴がいるからね」
「そうなんですか?」
「おいおい、止してくれよ。確かに問題児だなんて言われてるけど、そこまでひどいことを、やったりしないよ」
「そうですよね。ただの噂ですよね」
「?………それを確かめに来たのかい?」
「あ!……いえ……違います……」
「じゃあ、何?」

 思い切って、言ってしまおうか? センサーはこんなに反応してるんだ。間違いのはずはない。

「あの………」
「うんうん」
「2000年前の、例の戦いのことなんですけど……」
「は?」
「あなたがアーリマンとおっしゃった、敵との戦いのことですが……」
「い、一体、何のことを言ってるの? こずえちゃん?」
「何のことって……」

 龍之介は、本当に面食らっているようだ。

「2000年前って……あのね、日本は縄文時代だよ。なんで俺がそんな時代のことを知ってるんだ?」
「いえ、この世界の話ではなくて……」
「はあ?」

 ますます当惑した顔。とぼけているわけではなさそうだ。一体、どういうこと?

「それに、アーリマンって何? どっかにそんな国あった?」
「《光》と《闇》の戦いの事を憶えてらっしゃらないんですか?」
「何それ?」

 完全に呆気にとられた顔。そんな! センサーはずっと反応してるのに、全く記憶がないなんて! とぼけているようでもなさそうだし、どういうこと!?

「こずえちゃん……大丈夫?」
「………」

 そう言えば聞いた事があるわ。戦いの起こるその時まで、『ソルジャー』は、自分の記憶や能力を封印してるって事。じゃあ、この人は、本当に何も知らない?……

「こずえちゃん」
「は、はい」
「俺をからかいにきたのかい?」

 少し怒った声。こずえは慌ててまくしたてた。

「ち、違います。ごめんなさい、変な事言って。今日はこずえ、どうかしてるんです。先輩が、デートに誘ったりしてくれたものだから、ちょっと舞い上がっちゃって……すみません! 忘れてください!」
「いや、あの……」
「ごめんなさい! 今日は失礼します!」
「こずえちゃん」
「あの、日曜にはちゃんと行きますから!」
「あ、ああ」
「じゃあ、こずえ、失礼します!」

 ばたばたと帰り支度をして、コズエは玄関に向かった。もし、封印されてるんだとしたら、今は何を言っても無駄だわ。そんなことも忘れて、ペラペラとあんなことを喋るなんて!

「こずえちゃん、ちょっと……」
「それじゃあ、失礼します!」

 靴を履いて、龍之介に頭を下げたコズエは、そのまま玄関を飛び出し、一目散に駆けていった。

「何なんだぁ? 一体?」

 後に取り残された龍之介は、コズエの去った玄関に呆然と突っ立っていた。



 もうすぐ日が暮れる……窓の外を見ながら、桜子はぼんやりしていた。あれから……淳が彼女に『おまじない』をかけてから、彼女は、急速に体力を取り戻しつつあった。あの時、確かに何かを思い出したのに……それはまた、遥かな記憶の彼方に飛び去ってしまった。でも、もうすぐ思い出せそうな気がする。私の中で、誰かがしきりにそう囁くのが、感じられる……

「よお! 桜子ちゃん!」

 慌てて入り口を振り向いた彼女の表情が、ぱっと明るくなる。

「REM君!」
「どや、調子は?」
「うん。なんだか、すごく元気なの!」
「そりゃ、良かっ………」

 そこで彼は気が付いた。『覚醒』プロセスが、桜子ちゃんの中で動いている! それじゃあ、彼女は!……

「どうしたの?」
「え? ああ、何でもあらへんよ。いや、顔色もええし、こりゃ、退院もすぐかな」
「ふふ。本当に元気なの。早く退院したい」
「じきやで。退院したら、わいがどっか、遊びに連れたったたるわ」
「ホント!?」
「ああ、男リチャードに二言はあらへん!」
「ふふふ。京子ちゃんは良いの?」

 一瞬、ぎくっとするREM。桜子は、それに気が付いた。

「あの……ごめんなさい……悪い事言っちゃった?」
「い、いや! そんなことあらへんよ。京子ちゃんなら大丈夫!」
「ほんと?」
「ほんとも、本当! まっかせなさい!」
「ふふふ。楽しみにしてるわね!」


 REMとお喋りを楽しむ桜子。そんな二人を、冷ややかに見つめる目があった。

「こんなところにいたとはな……」

 八十八病院の上空に浮かび、二人の様子を透視している。

「くく……あいつの後をつけていれば、必ずわかると思っていたが……正解だったな」

 少しずつ姿が消えていく。

「残りのガーディアンが揃えば、まとめて始末してくれる……」


 コンコン。ドアがノックされる。

「はい。どうぞ」
「失礼します……」

 入ってきたのは、友美と唯の二人だった。

「あの?……」

 桜子が不審な顔をする。どこの人たちかしら?

「あなたが、杉本 桜子さん?」
「そうですけど……」
「私は、水野 友美。こっちが……」
「鳴沢 唯です」
「はじめまして……」

 桜子がわけもわからないまま、挨拶する。REMには、二人がガーディアンであることが、すぐにわかった。あいつが寄越したのか。早めに引き合わせて、何かあった時の対応に役立てようってことだな。

「あの……失礼ですけど?……」
「あ、ごめんなさい。私たち、緒黒 淳さんの後輩なんですけど」
「緒黒さんの?」
「ええ。桜子さんのお話を聞いて、一度会いに行ってくれって頼まれたものですから」

 桜子の顔に笑顔が戻る。緒黒さんが、友達のいない私に気を遣ってくれたんだ。

「ご、ごめんなさい。中へ入って」
「じゃあ、お邪魔します」

 扉を閉めると、二人は中へ入った。REMもにこにこしている。これから、段々と賑やかになるな。友達の少ない桜子ちゃんには良いことだ。REMは黙って、3人が仲良く話をするのを聞いていた。


(奴はまだ現れていないのか……)

 闇に気配を溶け込ませた、先程の人物が、新たな客をじっと見つめる。

(雑魚はどうでもいい……あいつが現れたら、まとめて始末してくれる……)


「でね、龍之介君ったらね、ほとんど裸の上に人体模型の絵を描いて現れたの」
「あはははは!」
「もう、先生なんか、卒倒せんばかりに驚いちゃって」
「でも、龍之介君は、知らん顔して、『ようこそ! 八十八学園へ!』なんて言うのよ」
「あはは!……おかしい!……」

 桜子が、龍之介とも知り合いだという事がわかって、先程から、その話で盛り上がっている。

「こんにちは」
「あ、緒黒先輩」
「賑やかだね」
「こんにちは……あら! その方は?」

 淳の後ろから、おずおずと姿を見せたのは、いずみだった。

「いずみちゃん!」

 唯が、声を上げる。いずみは唯を見て、頷いて見せた。

(思い出したんだ……よかった……じゃあ、もう、先輩と……)

 唯がにやにやと、悪戯っぽく笑ってるのに気づいたのだろう、いずみは頬を染めて、わざとらしく咳払いをすると、桜子に挨拶した。

「はじめまして。篠原 いずみっていうんだ。よろしくな」
「はじめまして。桜子です。篠原さんも、八十八学園?」
「うん。友美と唯とは友達だよ。あ、私の事は、いずみでいいからな」
「いずみ……ちゃん?」
「……ま、それでいいか」

 うふふ。桜子が、鈴を転がすような笑い声を上げた。それにつられて、いずみも笑い声を上げる。

「それじゃあ、自己紹介がすんだところで……」

 淳が言いかけで、言葉を切った。その顔に緊張が見える。すぐに他の4人もその理由に気づく。

「誰だ!?」

 いずみが窓の外を睨み付けて怒鳴った。

『ふふふ。皆さん、お揃いね……』

 闇の中から滲み出すように、少女が姿を現した。

「京子ちゃん!」

 REMが叫ぶ。

「ありがとう。あなたのおかげで、手間がはぶけたわ」

 馬鹿な! 彼女には、マーカーをつけてあったはずなのに! なぜここにいることがわからなかったんだ!?

「でも、あの変なマーカーは頂けなかったわね。あなたが帰った後、さっさと外させてもらったわ」

 そんな! あれに気づくとは! 一体、何が!……

「じゃ、皆さん、仲良く死んで頂戴ね」

 事情のわからない桜子が、ベッドの上でガタガタと震えている。それを見て、京子が冷たく笑った。

「あはははは! 覚醒していなければ、こうも可愛らしいとはね!」

 京子の手から、闇の剣が伸びる。

「待て! 何をする気だ!」
「ふふふ………やっぱり今度も、《光》の側につくのね。なら、容赦はしないわ」
「待て! 目を覚ますんだ!……」
「どいてくれ」

 いずみが一歩前に出る。

「あら、ハノイユね。私に挑もうっていうの?」
「誰も傷つけさせないからな!」

 そう言って、光を招きよせ、バトルスーツに変形させる。友美や唯のものとは異なって、シルエットがシャープだ。

「待ってくれ! ハノイユ!」

 REMが叫ぶ。いずみは、それを聞き流すと、手の中に光の矢を形作り、弓を引き絞るような体勢をとる。一方、友美と唯は、桜子を隠すようにいずみと並んで立ち、バトルスーツを纏った。

「誰にも、誰にも手を出すな!」
「そうはいかないわ」

 京子が闇の剣を構える。いずみも無意識のうちに身構えた。

「私の使命は、あなたたちをこの宇宙から、消し去ることですもの」
「じゃあ、ここで死んでもらう」
「待て! ハノイユ!」
「行くわよ!」

 京子が音もなく、いずみたちの方へ向かってくる。

「待て! あれは!」

 淳が叫ぶのと同時に、いずみの手から、サイコアローが飛んだ。

 窓の外で、病棟を大きく揺るがせる、すさまじい爆発が起こった。





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