An Episode in The Known Worlds' Saga ---《 The Soldier 》 外伝


光の真名
ひかりのまな

第2章 『光の目覚め』

… C-Part …



 帝都テレビ上空500mのところで、REMは待っていた。

「お久しぶりですね」
「2000年ぶりだからな」
「それにしても、目覚めて早々にこれとは……」
「どうやら、《光》と《闇》のバランスが崩れはじめているようなんだ」
「そうですか……」
「何にせよ、頑張ってくれとしか俺には言えないが……」
「そんな!……じゃあ、今度は」
「元々は、君たちだけでも充分に対処できる戦いだよ」
「それはそうですが」
「大丈夫だよ」
「そうでもありません………」

 REMは、京子の話をした。それを聞いた淳の顔に驚きが走る。

「第1使徒の君の『力』をもってしても探知できなかった?」
「ええ」
「馬鹿な。それなのに、いつものように現れたんだって?」
「………」
「何かあったのなら、俺の方にも『警告』が聞こえたはずだが」
「だが、事実なのです」
「マーカーは付けておいたのか?」
「一応は」
「……今どこに?」
「学校にいるはずです」

 淳には、とても考えられない事態だったが、エミュイエルの言う事だ。信じないわけにはいかなかった。これと言って異変がないようだし、何も「気配」が感じとれない。これでは、対処不能だ……

「暫くは様子見しかないか……」
「そうですね……」

 淳は、気の毒そうにREMを見た。覚醒前の人格であったとはいえ、REMが京子を愛していたことはわかっていた。その彼女が不可解な事件に巻き込まれたのだ。顔色が冴えないのは、そのためだろう。そんな淳の視線に気づいたのか、REMが話題を変えた。

「レディ・ガーディアンの覚醒は進んでるのですか?」
「ああ。と言っても、まだ2人だけどね」

 残りのガーディアンが誰かは、言わない方が良いだろう。淳は、沈んだ気持ちでそう考えた。

「プリンセスが、レディ・ガーディアンを選んでから、もう20万年も経つのですね」
「そうだな……」
「彼女たちは、実際よくやってますよ。常にプリンセスのそばにいて、プリンセスを傷つけないように戦わねばならないのですから」
「君たちの方が、苦労は多いだろう。次元を渡り歩いて戦い続けなくてちゃならないんだから」
「でも、戦いに専念できますからね」
「まあ……そりゃそうだけど……」
「そう言えば、ハノイユは覚醒させたのですか?」
「いや、これからだよ」
「そうですか………」

 淳の心の中に、苦い思いが蘇る。彼女をあんな形で封印してしまわざるを得なかったことが、傷となって心に残っていた。

「すみません。嫌な事を思い出させたようですね」
「いや……気にしないでくれ。それより」
「はい」
「彼女も暫くマークしておいてくれないか」

 淳は、テレビ局を指差しながら言った。

「彼女を?」
「ああ。そんなに長くないから」
「構いませんが、一体なぜ?」
「《闇》に狙われてる」
「それじゃあ、あの子!……」
「そういうことだ」
「わかりました」
「それじゃあ、頼むよ。俺の結界は外しておくから。マーカーをつけて、常にモニターするようにしてくれ」
「はい」
「後はプリンセスをどうするかだな……」
「それなんですが」
「何か考えでも?」
「プリンセスを見つけ次第、『城』に移って頂こうかと思ってるのですが」
「『城』?」
「ええ。2000年前は根拠地を作らなかったことで苦労しましたからね。自己封印をかける前に、用意しておいたんですよ」
「さすがに手回しが良い」

 淳が、REMを見て微笑む。

「いえ。本当なら、とっくの昔に用意しておくべきだったのが、ここまで遅れたんですから」
「ヘリオスが聞いたら、心配性だって文句を言うかも知れないけどな」

 淳がクスクス笑いながらまぜかえす。

「はは。確かにヘリオスなら言うでしょうね」

 REMが苦笑する。

「いずれにしても、プリンセスが完全に覚醒したら、早々に移ってもらった方が良いだろうね」
「ええ」
「それじゃあ、俺はハノイユを覚醒……」

 その時、淳の顔色が変わった。

「どうしました?」
「またやられた!」
「え?」
「ハノイユが襲われている!」
「何ですって!」
「すまん! じゃあ、頼んだぞ!」

 そう言って、淳はジョウントした。

「いかに彼とはいえ………当然か……」

 REM−エミュイエルは、悲しげな声でポツリと呟いた。

「あんなことさえなければ、な……」

 そして彼も、可憐にマーキングするためにテレポートして行った。



「かは!……か!……」

 洋子に首を絞め上げられ、友美の顔色が徐々に変わっていく。震える腕に、満身の力を込め、洋子にひじ打ちを当てる。

「ぐぶ!」

 友美の首を締め付けていた腕から力が抜ける。その隙に友美は洋子から逃れ、体勢を整えようとした。肩が大きく上下し、喉からぜいぜいという音が漏れる。

「小癪な」

 同時に、洋子が腕を振り上げ、友美が腕を振り下ろす。

 バチィィィィ!!

 激しい衝突音と閃光が周囲に充満する。友美がすかさず、手の中にサイコボムを形作る。ボール状のエネルギー体が友美の手の中で、微かに震えている。

「はっ!」

 気合と共に友美がそれを打ち出す。ジャンプして逃れようとした洋子の足をかすめ、爆発を起こした。

「ぐぁっ!」

 痛みに顔を歪めながらも、洋子の左手が一閃する。来る! 友美がテレポートする。だが、それを予測したかのように、テレポート・アウトした友美の足に、闇で形作られたリングががっちりとはまる。

「しまっ……!」

 洋子がにやりと笑うと、次々とリングが友美の体にはまっていき、黒い閃光を上げながら、ぎりぎりと友美の体を絞めあげていく。

「ああああああ!!!」

 苦痛に顔を歪めたまま、友美は地面に倒れ込む。リングはますます友美の体に食い込んでいく。友美の体中に黒い閃光が走る。

「友美ちゃん!」

 慌てて唯が友美のそばに駆け寄ろうとする。

「駄目!……いずみちゃんを……」
「もらったぁ!」

 洋子が大きく振りかぶると、槍状にした闇をいずみに向かって投げつけた。

「いずみちゃん!」

 唯がバリアを張ろうとする。だが、間に合わない。いずみも避けようとしたが、普通<の人間が追従できるスピードではない。

「きゃああああああ!!」

 いずみの悲鳴があがる。脇腹が大きく裂け、鮮血がほとばしる。

「いずみちゃん!!」

 一瞬のスキが唯にできる。すかさず、洋子が闇状のリング、パラサイコチョウカーを唯にもしかける。

「あ!!」

 全身を闇のリングで締め上げられ、黒い閃光が唯の体中を走る。唯は、声もなく、地面に倒れ込んだ。

 もう駄目!……何て『力』なの……2000年前とは、全然違う……

 友美が苦痛に喘ぎながら、いずみの方を見る。血を流しながら、ピクピクと体を痙攣させている。いずみちゃん……ごめん……激痛が体を駆け抜け、友美は悲鳴をあげる。唯は、目を大きく見開いたまま、苦痛に全身を痙攣させている。

「あっけなかったな」

 薄れいく意識の中で、洋子の冷たい声が聞こえる。友美も唯も、余りの力の差に、無力感に襲われていた。

 ごめんね……お兄ちゃん……

 一瞬、唯の体が大きく痙攣すると、ぴくりとも動かなくなった。

「とどめだ」

 洋子の手が頭上に掲げられる。闇の槍が音もなく生じる。

「寂しくないように、3人まとめて、始末してやるよ」

 冷たい目でそう呟くと、洋子はそれを放った。その刹那、光の壁が洋子の周りに現れ闇の槍が激しい音を立てて消滅した。

「これは!……」

 急速に光の壁が収縮し、洋子の体に迫る。

「くそっ! あいつか!……肝心なところで邪魔しに来やがる!」

 洋子の体から闇がほとばしり、壁となって広がっていく。そして、闇の壁と光の壁が接触し、轟音を轟かせて爆発した。洋子の体が、まっさかさまに地面へ落ちる。

「がは!……お、憶えてやがれ……」

 体中傷だらけになった洋子は、ふらふらになりながらも、辛うじて立ち上がり、テレポートで姿を消した。

「エマイユ!」

 淳が友美の傍らに現れ、リングを解除する。

「大丈夫……それより……唯ちゃんと……いずみちゃん……を……」

 淳の右手が振られると、唯の体に食い込んでいたリングが消える。いずみのそばに駆け寄った淳は、傷口に手をかざした。仄かな光が手のひらから発せられ、いずみの傷がどんどん小さくなっていく。

「う……うん……」

 唯が目を覚ました。だが、淳は、いずみの傷を治す事に集中している。やがて、いずみの顔に血の気が戻り、口元から何か言葉が漏れるようになってきた。

「もう、大丈夫だ……危ないところだった……」

 険しい顔をしていた淳の顔に、ほっとした表情が現れる。

「先輩……」

 唯がゆっくりと立ち上がって、淳といずみのそばへ歩いてくる。友美も、足を引き摺るようにして、二人のそばへやってきた。

「すまない。少し遅れてしまった」
「いえ……私たちの力が足りなかったばかりに……」
「君たち二人掛かりでも、太刀打ちできなかったか……」
「はい……」
「想像以上に、バランスが崩れていたんだ」
「バランス?」
「ああ」
「う…………う……」

 いずみが目を覚ました。

「いずみちゃん!?」
「と……友美か……?」
「ごめんね、いずみちゃん。唯が不注意だったから……」
「唯?……」

 苦しそうな息の下で、いずみが呟く。

「二人とも、それは……」

 いずみは、洋子に襲われたこともさることながら、二人の友人が、突然変身したことにも、大きなショックを受けていた。

「これは……私たちのバトルスーツ……」

 友美が答える。額から目の下まで、丁度顔の上半分を覆うシールド。上半身をぴったりと包んでいる、メタルコーティングされたスーツ。キュロット状のパンツに、膝まであるロングブーツ。胸に輝くエンブレムには、見たことも無い紋章が描かれており、友美と唯で、デザインが異なる。

「バトルスーツ……?」
「君もすぐに思い出す」

 淳が話に割り込む。

「思い出す? どういうこと?」
「立てるか?」
「無理だよ……あんな怪我が……」

 肩と脇腹を見たいずみは、再び驚きを見せた。

「傷が……ない……そんな馬鹿な……」
「先輩が直してくれたのよ」
「直したって……傷痕も何も残ってない……」
「サイコメディケーションで……新陳代謝を加速して、傷を塞いだからね」
「サイコ?……」
「それより、まずは立ってくれ」
「………」

 淳に支えられながら、いずみは立ち上がった。

「向こうのベンチへ行こう」
「思い出すってどういうことだ?」
「説明するより、覚醒してもらった方が早いんだが」
「覚醒?」
「先輩。それじゃあ、いずみちゃんは……」

 唯の問いに、淳はいずみを抱えたまま答えた。

「そう……ハノイユ……」

 唯がいずみを見る。いずみは、訳がわからず、きょとんとしたまま、淳に助けられてベンチに腰掛けた。淳が、友美と唯に、申し分けなさそうに告げる。

「後は俺が引き受ける。すまないが、君たちは、八十八市民病院に行ってくれないか」
「市民病院に?」
「そこで、杉本 桜子という子に会ってくれ」
「何のために?」
「俺からのお願い……としか今はまだ言えない」

 友美と唯は、しばらく躊躇っていたが、更に淳に懇願され、不承不承ながらも、その場を離れる事を承知した。

「ごめんね。また後で、いずみちゃん」
「あ、ああ」
「それじゃあ、いずみちゃん」
「唯も気をつけてな……」
「うん……」

 二人は、その場からテレポートして消えた。それを確かめると、淳は結界を張った。

「さて、急がなくちゃいけない。奴等が次の攻撃をしてくる前に、君にも全てを思い出しておいてもらわなくてはならないからね」
「さっきから、思い出せって、そればかり言うけど、一体、何を思い出すんだ?」
「2000年前の君の記憶と能力……」
「2000年前? 一体?……」
「始めるよ」
「ちょっと待ってくれ、まだ答えてもらえてない……」

 淳はそれには答えず、いずみに向かって手をかざした。唯や、友美の時と同じように光が溢れ、いずみの体を包み込む。

「先輩……これ!……」
「体の力を抜いて、目を閉じて」
「はい……」

 やがてすっぽりと光がいずみを包む。しばらくは身じろぎもしなかったいずみの口から、少しずつ呟きが漏れはじめた。

「ルナイユ?……駄目だ……」

 淳の体が、ぴくっと震える。

「駄目……駄目!……駄目ぇ!!」

 いずみの呟きは、やがて絶叫に変わる。

「お願い!……ルナイユを……ルナイユを!!」

 いずみの叫びは、そこで途切れた。



「あ、ここだ」

 あれからコズエは、龍之介の事を、手当たり次第に聞いて回っていた。曰く、ナンパのことしか頭にない奴。曰く、近づいたら、子供ができる。曰く、始終トラブルを起こし、生活指導の先生に目を付けられている。曰く、八十八学園の問題児。

「なんだか、ロクな噂がなかったけど、どうなってるのかしら?」

 コズエは、『憩』の前に佇みながら、首を傾げていたが、いつまでもそうしている訳にもいかず、思い切ってドアを開け、中へ入っていった。

(どっちにしろ、センサーの反応は間違いないんだから)

「いらっしゃいませ」

 美佐子が声をかける。

「あの……」
「はい?」
「龍之介先輩は、いらっしゃるでしょうか?」
「あら、龍之介君のお友達?」
「友達というか、何というか……」
「?」
「あのぉ……いらっしゃらないんでしょうか?」
「ちょっと、待っててね」

 美佐子は、勝手口を開けると、龍之介を呼んだ。しばらくして、2階から返事が返ってくる。

「そこに座って待ってて。今来ると思うから」
「はい。すみません」

 コズエは、隅のテーブルに腰掛け、店内を見回した。随分と古い様式だけど、とても感じがいい。龍之介先輩のお母さんの趣味かしら? コズエは、洗い物をしている美佐子に視線を注いだ。とてもお若い感じだけど、いくつなんだろう?

「美佐子さん、呼んだ?」
「うふふ。可愛らしいお嬢さんが、先程からお待ちよ」
「え?」
「龍之介君ったら、相変わらずね。また唯が不機嫌になるわよ」
「唯は関係ないよ……あれ、こずえちゃん」
「こ、こんにちわ!」

 慌てて立ち上がって、頭を下げる。

「どうしたの?」
「あの、その、ちょっと、お話がしたくて」
「俺と?」
「はい」
「デートの約束を取り消しっていうんなら、駄目だぜ」
「そんなんじゃないです!」
「なら何?」
「龍之介君」
「ん?」
「全く油断も隙もないわね」

 美佐子が少し呆れたように笑って口をはさむ。

「唯には知られないようにしといてよ」
「何で、そこで唯が出てくるの?」
「………時々、どうしてあなたがそんなに鈍感なのか、信じられないときがあるわ」
「は?」
「いいの、いいの。お嬢さんには、リビングに回ってもらって。ここだと、いつお客さ
 んが来るとも限らないから。それに……」

 そこで、美佐子はコズエをちらっと見た。

「何だか、人に聞かれたくない話のようだしね」
「う、うん。じゃあ、こずえちゃん、こっち来て」
「はい。すみません」

 龍之介は、玄関の方に回るため、店の入り口に立った。

「どうも、すみません」

 こずえは、美佐子に頭を下げると、龍之介の後にくっついて、店を出ていった。それを見送っていた美佐子は、ふうっとため息を吐くと、独り言を言った。

「ほんとに気が付いてないのかしら。それとも、とぼけてるだけなのかしら……唯も苦労するわね」

 そこで、壁にかかっている時計に目をやる。

「そういえば、今日は遅いわね。何をしてるのかしら?」

 時計の針は、4時半を回っていた。





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