The story of a certain boyish girl.

いずみと龍之介の物語♪

Episode on St.B

…C-Part…




「なぁんだぁ。そうだったんですか」

  放課後。早くお昼を食べてマフラーの続きをしたかったんだけど、春奈を放っておく
わけにもいかず、春奈と香織とあと手伝ってくれるって約束したみのりの4人で、教室
に残り、今朝の事情を説明していた。

「いずみ先輩って、やっぱし、すっごく可愛いっ! きゃはは!」

  あ、明るい……。みのりなんか目が点になってる。

「というわけでだ」
「わかりました!」

  出た。つつつっと汗が頬を流れる。

「な、何が?」
「私もお手伝いしますっ!」
「え? う、嬉しいけど、でも弓道部の練習があるだろ?」
「平気です!」
「あんた部長のくせにそういうのが許されるはずがないでしょ」

  ナイス! 香織!

「大丈夫です! いずみ先輩のためなら、皆わかってくれます!」
「そういう問題じゃないっ!」
「それじゃあ何ですか!? 渚先輩は、いずみ先輩がこのまま不幸になるのを黙って見
  てろっておっしゃるんですかっ!?」

  んな大袈裟な。

「そうは言わないけど、だから私がついてるでしょ!?」

  おい、こら。何なんだそれは。

「だからですぅ」

  春奈も云う云う。

「な、なんですってぇぇぇぇ?」
「……いずみ先輩……駄目ですかぁ?……うるうる」

  うっ……そ、そんな目で見るんじゃないっ。

「こら春奈っ! 無視すんじゃないっ!」
「せんぱぁい……うるうる」
「い、いや、駄目とかそういう問題ではなくて……」
「……うるうる」
「だぁぁぁぁ! うっとぉしぃっ! と・に・か・く! 交替したばかりの部長がポコポコ
  練習を休んだら、部員が動揺するでしょうがっ!」
「そ、そうそう香織の云う通りだし。だから、な?」

  私の言葉には答えず、春奈はじとっとした目で香織を見ると、

「こないだは手伝わせたくせに」

  ボソッとそう言った。

「うっ……そ、それは…………」
「練習なんかいつでもできるって何日も休ませたくせに」
「くっ…………香織ちゃん、ぴーんち」
「それしか説得材料はなかったんかいっ!!」
「せんぱぁ〜〜い」

  あ・あ・あ! もうぉ〜〜〜〜〜〜〜〜っ! こんなことしてる暇ないってのにぃ!

「あ、あの……」

  とその時、それまで黙っていたみのりが口を開いた。

「色々お買い物もありますし、クラブの後とか、休日とかにお手伝いして頂けば……」
「か、加藤さんっ!」
「は、はい?」
「そうですよねっ! そうですよねっ!!」
「あ、あの? 阿部さん?――はわわわわぁぁぁぁ?」

  あぁあ。みのりってば、迂闊なこと言うから春奈に振り回されちゃって……

「わかったわかった。でも、練習に差し支えないようにな」
「はぁい! 頑張りまぁす!」
「あ、阿部さぁぁぁん――て、手を放してぇぇぇ――」

  はぁ。ありがたいような、遊ばれてるような……

「春奈」
「はい?」
「ありがとな」


  ねむい。八十八の駅前は日曜で人通りがいつもより多くて、かなりやかましいんだけ
ど――なんだかそれだって子守歌みたいに聞こえてくる……

「くぁはぁぁぁぁ――」

  マフラーはやっと半分。劇的に進展したのは、みのりがそばにいて、あれやこれや手
伝ってくれたおかげ。っていうか、私があんまりモタモタしてるもんだから、編み込む
柄を最初の予定からもっと単純にしたりしたおかげだけど。

  今日は、ケーキの材料の買い出しと、ケーキ作りは始めてってことで、その練習。昨
日の約束で、香織が手伝ってくれることになっている。こういうのは、唯にでも頼みた
いところなんだけど、なんだかまあ、なりゆきというか。

「ほわ――ふぁぁぁぁ――」

  それにしても、眠い。調子に乗って徹夜なんかするんじゃなかった。今夜は少しでも
寝よう。

「いずみぃ。お待た」
「ふぁい」
「また徹夜したの?」
「うん、まあ――ふぁぁ〜〜〜〜」
「へぇ。あれだけ嫌がってたのにねぇ」
「香織がそそのかしたんだろ――ほわぁぁ〜〜」
「恋する乙女は命懸け――ってか! くぅぅぅっ! 泣かせるねぇっ!」
「――悪いか」
「おおっ! 言うねぇ。もはや二人の前に敵はなしってとこね。――いずみ! どうした
  んだ! そんなになって!――あ、龍之介……今日、バレンタインだから、これ――
  これって。これを作るためにか?――うん……龍之介に喜んで欲しかったから――い
  ずみ……お前――迷惑かな?――馬鹿! 嬉しいよ! でも、それで病気でもしたらど
  うするつもりだったんだ――いいよ……龍之介が喜んでくれるならそれでいい――い
  ずみ、お前って奴は……」

  また始まった。放っておいて切符を買おう。

「――ああっ! 龍之介!――いずみっ!――ひしっ!――くぅぅぅっ!……で、やっぱ
  その後二人きりになるのよねっ!……っていずみ? あれ? ちょっといずみ! どこ
  行ったのよ!」

  切符売場から見てたところ、たっぷり5分はあっちの世界へトリップしてやがった。
ストリートパフォーマンスか何かと勘違いしたどっかのアベックが拍手してたりして、
いとをかし。

「あ! こら! いずみ! なんでそんなとこにいるのよっ!」

  こ、こっち来るな。まだ見てる人がいるのに、仲間だと思われるだろ。

「――はじめまして」
「あ、あんたねぇっ!」
「とっても面白いパフォーマンスでした。また見せて下さいね。それじゃ私、急ぎます
  ので」
「いずみぃ?」

  とにっこり笑って立ち去ろうとする私の腕をがっしと掴む。逃げ損ねた。

「――ちっ」
「その『ちっ』って何よ?『ちっ』って?」
「いいからいいから。さっさと切符買えよ。ったく」
「何言ってんの。春奈がまだ来てないでしょ」
「春奈? 春奈も来るのか?」
「そうよ。午前中で練習きり上げてくるって」
「いいのかなぁ。部長がそんなサボり倒して」
「仕方ないじゃない。どうしてもやりたいって言うんだから」
「それはまあ……ありがたいけど。他の部員の手前もあるだろ」
「それは大丈夫よ」
「そうかぁ?」

  香織は私の顔をまじまじと見詰めると、さも不思議そうに呟いた。

「そうなのよねぇ。どういうわけだか、そうなのよねぇ。ホントにねぇ」
「何を言ってるんだ?」
「あんたって不思議よね。ま、それについては、春奈の云う通り、心配しなくてもいい
  わよ」
「ふぅん――」

  何が不思議なんだろ? ま、いいか。香織の言い方を聞いてると、悪いことでもなさ
そうだし。眠くて考えるのが面倒くさい。

「ふわ――ぁぁ――」

  目を開けてるのがだんだん辛くなってきた。

「おっまたせしましたぁ!!!」

  うっ。徹夜明けの頭に仰角90度で突っ込んでくるこの声は――

「春奈、遅い」
「いずみ先輩っ! すみません遅くなって」
「え? ああ、別に大して待ったわけじゃないから、気にしなくていいよ」
「ちょっと春奈」
「じゃ、行きましょう! 先輩!」
「こらぁ! 私を無視するなぁっ!」
「あ」

  ほんとに驚いたような春奈の顔。あれ? 香織がいることに気がつかなかったのか?

「渚先輩。どうしたんですか、こんなところで?」
「あたしが誘ったんだろがぁぁぁっ!!」
「そでした?」
「ぅおのれぃ! 春奈! そこへなおれぃっ!」
「きゃははは! 冗談ですよ、先輩っ!」

  春奈は、楽しそうに笑ってる。こうして見ると、いいコンビだこの二人。

「むきぃーーっ! なんで私が春奈にからかわれなくちゃいけないのよ!」
「きゃはは☆ そーゆー運命なんですよ、きっと」
「うきぃーーっ!」

  ほんっと、いいコンビだ。くすっ


  顔が熱い。きっと真っ赤になってる。うう――もう走って逃げ出したいよぉ。

「もう食べちゃいたいくらいでしたねぇ」
「でしょう。頬擦りくらいじゃ、我慢できないわよね」
「あぁん、いずみせんぱぁい、もう一度お願いしますぅ」

  不覚にも、うっかり電車の中で寝てしまったのがよくなかったんだけど。

「もう肌はすべすべだし、産毛がきらきらして赤ちゃんみたいでしたし」
「睫毛も長いし、唇をすこうし開いたとこなんか!」
「あぁん! もう可愛いんっ! 思い出しただけでため息が出ますぅ」
「その上あれだもんねぇ」
「はぁい」

  う、また言われるのか。

「「龍之介……う―ふん――」」

  ふ、二人とも妙なしなを作るなぁっ!――と、と。他人のふり、他人のふり。

「可愛いっ! 可愛いっ! 可愛いぃぃんっ!!」
「あ・あ・あっ! いけない道に入ってしまいそうだわっ!」

  く――くそぉっ! 如月駅を降りてからこればっかだ。しょうがないじゃないか。す
ごく眠かったんだし。龍之介とは二人でゆっくりする時間もここしばらくなかったし。
その――だから、龍之介の夢を見ても仕方ないじゃないか。

「ねえねえ。可愛い可愛い、いずみちゃん。こっち向いてよ」

  やだ。

「いずみせんぱぁ〜い」

  ふん。

「ちょっとからかいすぎたかな?」
「でもいずみ先輩が可愛いのは本当ですし」
「ほら、でもいずみって照れ屋だし」
「そこが可愛いんですぅ」
「でしょう! 顔を赤くして目を伏せるとこなんか特に!」
「そうなんですぅ!」

  後ろを歩きながら、まだそんなことを言ってる。ほんといいコンビだよ。一生やって
ろ。ぷん!

「ねえ、いずみ」
「いずみ先輩」
「いずみってば!」
「せんぱぁい。もう言いませんから、こっち向いて下さぁい」

  知らん顔知らん顔。

「しょうがないわねぇ。拗ねちゃったみたい」
「いずみせんぱぁい。謝りますから、こっち向いて下さぁい」

  春奈の声がちょっと涙まじりになってきてる。ちょっとヤバいかな。

「あ。ちょ、ちょっと、いずみ。どこまで行くのよ」
「え?」

  しまった。思わず振り返ってしまった。

「ATARUは、ここよ」
「へ?」

  あれ。何時の間にか着いてる。

「せんぱぁぁ〜〜い」

  あう。瞳がうるうるしてる。

「ほらほら。別に怒ってないから。泣かないの」
「はい……ぐしゅっ」
「あれくらいで拗ねるいずみが悪いのよ」

  ほぉ。そういう言い方をしますか。

「ほほう」
「な、何よ……」
「……で?」
「う……」
「……で?」
「わ、悪かったわよ」
「……で?」
「……くっ……ティアラのケーキセット……でどう?」

  へへ。やりぃ。

「ほら、春奈。香織がおごってくれるそうだから、機嫌直して」
「はい……くしゅ」
「ちょ、ちょっとぉ!」
「何か?」
「う…………わかったわよ」
「じゃ、取りあえず買い物から先にすませますか。春奈、行こう」
「はぁ〜い」
「あうう。何で私が――」

   ふっふっふ。こういう場合、らっき☆って言うのかな?

「最初はケーキの材料からですね」
「そうだな。春奈、わかる?」
「はい! 任せて下さい!」
「ううう――今月のこずかいがぁ――」


「はぁ。一杯買いましたねぇ」
「ま、こんなもんっしょ」
「…………」
「足りないものはないですよね」
「ん。まあ、砂糖とか小麦粉は足りなけりゃ、家にあるのを使えばいいし」
「…………」
「いずみ先輩、どうしたんですか?」

  はぁ〜〜〜〜。何を買えばいいのかもわからないとは、我ながら情けない……香織と
春奈の後をついて回って、訳もわからずにお金を払っただけ…………なんかすごく悲し
いものがある。

「じゃ、帰りますぅ?」
「ノンノン」
「必要なものは買ったんじゃなかったのか?」
「ラッピング関係がまだよ」
「あ、忘れてましたぁ」
「ラッピング?」
「そう」
「そんなの別に凝らなくてもいい――」
「甘いっ!」

  びくっ。

「甘い、甘い、あまぁ〜〜〜〜いっ!」
「そ、そんな目一杯力まなくても――」
「いいっ!? いずみ!」

  ちょっと、そんな力を入れて肩を掴まないでくれよ――

「バレンタインなのよ、バレンタイン!」
「は、はぁ」
「中身はもちろんのこと、見てくれにも細心の注意を払うことは、必然なの必然っ!」
「そ、そういうもんなの――?」
「そうっ! 見た目がラブリーでハートフルであることは、絶対必要条件なのよっ!」
「いや、だけど」
「少しでも好印象を与え、ライバルに差をつける! 男の子のハートをゲットするため
  には、考えられる限りのありとあらゆるポイントに対する気配りが必要なのよっ!」
「で、でも……」

  香織が肩を掴んだ手にぎゅうぎゅう力を入れるもんだから、肩が痛い。

「ははぁん。あんた、龍之介君とらぶらぶだからって、安心してるわね」
「え?」
「油断してると、鳶に油揚げ攫われるわよ」
「まさか」
「何言ってんのっ! 前に私が言ったこと、冗談じゃないんだからねっ! もう最後だか
  らって、せめてチョコレートだけでもって女の子は結構いるんだから! ね、春奈?」
「ま、まあ、それなりに……」
「ほんとっ!?」

  う、嘘……そりゃ、唯とか友美とか一部ではもててたけど……

「当たり前でしょっ! 私たちがなんのためにあんたの手伝いなんかしてると思ってん
  のよっ! それもこれも、恋愛音痴でおよそ色恋に疎いあんたが脱落したりしたら可
  哀相だと思うからなのよっ!」

  れ、恋愛音痴…………なの……かな……

「そう……なの……かな――」
「そうなのっ!」
「そっか……」
「先輩?」

  そっか……

「そっか……そうだよね……」
「へ?」

  そうだよね……なのに……なんで龍之介は私なんかがいいって言ったんだろ。

「あ、あの……いずみ?」
「先輩?」
「……………………」
「渚先輩――ちょっと言いすぎです――」
「だって……」
「……………………」
「いずみ……その……ごめん。ちょっとからかいすぎた」
「……………………」
「先輩。大丈夫ですよ。こんなに一生懸命なんですから、龍之介先輩が他の子に気をと
  られたりするはずないです」
「そうそう! ま、私の見立てじゃ、龍之介はいずみにぞっこんだね」
「そんなのわざわざ見立てないでもわかりますぅ」
「うっく」
「先輩! 元気出して下さい」
「……………………」

  でも……


  ってまあ、落ち込んでばかりもいられないし。

「言っとくけど、でき上がったら最後にこれをひっくり返さなくちゃいけないからね」
「最後にひっくり返すと――」
「そ。それではじめてできあがり」
「おいしそうですぅ」

  買い物が済んで、香織の家に戻ると、早速ケーキ作りが始まった。香織は、なんてこ
とないって感じで説明しながらケーキを作ったけど、私はメモを取るのが精一杯で、と
ても「いっしょに」作ってるって感じじゃなかった。

「結構簡単なんですねぇ」
「でしょ? ちょっとコツがいるけどね」

  いや、あの……その、唯もそんなこと言ってたけど……これが簡単なのか?

「ま、後は火加減に注意するくらいかな。果物が焦げちゃったら台無しだからね」
「そうですねぇ」

  って春奈、あんたがふんふん頷いてどうする。

「ちゃんとメモもとった?」
「あ? ああ」
「今日やってみせた通りにやったらちゃんとできるからね」
「う、うん」

  確かにメモはとったけど……一応、とりもらしはないと思うけど……うう……

「あ、先輩!」
「なに?」
「私、作るとき、お手伝いに行きますから」

  自信のなさがもろバレ……でも――ね。

「い――いい」
「でも」
「ありがと。でもいいんだ」
「先輩」
「春奈、駄目よ」

  をや。

「マフラーだって、ケーキだって、いずみがひとりでやらなくちゃ意味がないの」
「えぇ〜」
「でなくちゃ手作りの意味がないでしょ」
「でも、ちょっとだけなら」
「ありがと、春奈。でも、ひとりでやりたいんだ」
「先輩……」
「でないと……私……」

  ほんとに、龍之介のためにできることが何もない女であることを認めちゃうことにな
るような気がする。

「……わかりました。でも、お手伝いすることがあったら、いつでもおっしゃって下さ
  いね」
「ありがとう」

  いい子だね。ありがとう。何をしたっていうわけでもないのに、色々心配してもらっ
たりして。

「ありがとう、春奈」
「え、その、そんな、いいですよぉ」

  照れることなんかないよ。いい子だもの。「女の子」らしくて優しくて。

「ちょっと私には感謝の言葉はないの?」
「はいはい。ありがとありがと」
「な、何よそれぇ〜〜」

  感謝してるよ。ほんと。意外と香織も「女の子」なんだね。

「ま、いいけど。それよりさ」
「?」
「戦果はちゃんと報告するのよ」
「戦果?」

  あ゛。またあのにやにや笑いをしてやがる。

「もっちろん、私がただでこんなことしたと思ってるんじゃないでしょうね」
「……泣かせたくせに」
「そ!――それはそれ! うふふん。楽しみだわぁ。やっぱりここはキスかしら。いえ
  いえ。そんなのはとっくにすませた二人だもの。それくらいじゃぁないわよねぇ」
「おい……」
「熱い抱擁! 激しい愛撫! ええと、初めての夜はすませてるから……ここはやっぱり
  あれね!」
「なに?」
「あれよ! あれ! ええと、その、何だ。龍之介……恥ずかしいから見ないで……いず
  みの全てが見たいんだ。いいだろ? でも――あ、いや! ふふ。可愛いよ。いずみ。
  いや――あ……そんなの!――そんなとこに、ゆ、指を――ああっ!…………あれ?
  なんであんた突っ込まないの?」

  そりゃまあ、私と龍之介を女性週刊誌ばりのネタにしてるのに、多少の不快感はない
でもないけど、それより。

  私は黙って香織の後ろを指差した。

「後ろ?」

  ゆっくりと香織は振り替える。

「……やっぱりいぢめてたんですね」
「ひっ?!」

  おぉ。春奈の背中に怒りのオーラが見えるぞ。

「あ……な、なんのことかなあ?」
「いぢめてたんですね……」
「は、春奈――お、落ち着くのよ。若さに任せた一時の暴走は後悔しか産まないのよ」
「い・ぢ・め・て・た・んですねぇぇぇぇぇぇ」
「あひぃぃぃぃぃ!」

  おお。後ろ手に両手を掴み上げ、抵抗できないようにして脇から体をがっちりと固定
するまで、わずか、0.04秒。ううむ。「瞬殺の春奈」の異名は伊達ではなかったか。

「お、お願い、落ち着いて、春奈」
「ワタ〜シは落ち着いてますです」
「ああっ! 目が坐ってるぅ!――ちょっと、いずみ! 何とかしてよっ!」
「ええと……死ぬなよぉ」
「全然っフォローになってなぁぁぁいっ!」

  刹那! 春奈の指が香織の体の上を軽やかに舞った。

「そ、それはやめ!――ぎゃはははははははは! く、くすぐっ!――あっはははははは
  はは! おね――いっひひひひひひひひ! あはははははははは! ぎゃははははははは
  はっ! く、くるし――だははははははははっ!」

  春奈のくすぐりって絶妙なんだよな。気絶しちゃった子もいるくらいだし。あの時は
驚いたもんなぁ。悶絶してたかと思うと、いきなりのけぞって失神しちゃうんだもん。

「だひっだひっだひっ! やめ――おひひひひひひひひっ! ぎゃあっははははははは!
  ひいっひいっ! おぉっほははははははははは!」

  そういやあれって、香織じゃなかったっけ。

「でへっひっ! おひはっ! なはははははははははっ! くるし!――にょふぁははは!
  あはははははははははっ!――だっははははははははっ!」
「お〜い、春奈ぁ。ほどほどにしとけよぉ」
「はぁ〜い」
「ほどっ、ほどっって――あんたたち――げははははははははっ! げはっ! あぁっは
  ははははは! はひっはひっ!」

  おうおう。もうすっかり春奈に身も心もいいようにされちゃって。

「だっはははははははは!――はうんっ」

  ありゃ。今回は早いなぁ。所用時間、1分間。

「ふぅっ。ほほ。悪は滅びた」

  をいをい。

「じゃ、先輩。ケーキ、食べましょ?」
「そだね」

  ま、ほっといてもすぐ気がつくだろうし。私たちは、はふんはふんと危ない息遣いで
あっちに行っちゃった香織を放っておいて、ケーキの試食にとりかかった。怪しい約束
をさせられずにすんで、春奈にはちょっぴり感謝。

「ところで、先輩?」
「はむ?」
「私には、教えて下さいますよね」

  ――前言撤回。



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