The story of a certain boyish girl.

いずみと龍之介の物語♪
Spring of Love!


… D-Part …



 そして、日曜が来た。一生忘れられない、あの日曜日…………

「おっはよぉございま〜す!」
「あら、阿部さんでしたかしら?」
「はい! いずみ先輩はいらっしゃいますか?」
「ええ、ちょっと待って下さいね」

 玄関でお母様と話をする春奈の声が聞こえる。元気な奴…………

「いずみ、阿部さんがいらっしゃいましたよ」
「はい」

 一応、身だしなみをチェックする。まあ、いつもと変わんないけど。

「お待たせ」
「…………先輩」
「何?」
「それじゃあ、ダメです」
「ダメって……何が?」

 春奈は、大袈裟にため息をつくと、いきなり玄関に上がり込んだ。

「は、春奈?」
「やっぱり早めに来て良かったです。さ、先輩」
「あの、話が見えないんだけど?」
「ちゃんとした服に着替えるんです」
「ちゃ、ちゃんとした服って……これじゃあ、いけないのか?」
「ダメです!」
「ダメですって…………」
「さ、お部屋に案内して下さい」
「はい…………」

 な、何がいけないんだろ………うう、わかんない……

 部屋に入るなり、春奈はクローゼットを開け、真剣に私の服をチェックし始めた。

「なあ、春奈」
「気が散るから黙ってて下さい」
「ごめん…………」

 …………なんで私が謝らなくちゃいけないんだ? あ、そ、その服は…………

「こんな可愛い服があるんじゃないですか!」
「そ、それは、その」
「これで決まりです!」
「え、でも…………」

 そ、それは龍之介とデートの時に着ようと思って…………

「さ、これに着替えて下さい」
「なあ、どうして今着てるのじゃいけないんだ?」
「着替えて下さい」
「なあ、春奈…………」
「き・が・え・て・く・だ・さ・い!」
「はい…………」

 うう……春奈が怖いよぉ…………仕方なく私は着替え始めた……しくしく……………

 …………なんか、春奈の視線が気になる。何熱心に私の下着姿を見てるんだ?………

「先輩って」
「うん」
「なかなかナイスなバディだったんですね」

 ずるっ!…………お、お前はおやじか!?

「ねえ、先輩?」
「何だ?」
「龍之介先輩って、噂通りの人ですか?」
「噂って?」
「…………もう経験しました?」

 どっき〜〜〜ん!!!

「な、な、な、何言ってるんだよ。そ、そんなの、ま、まだに決まってるだろ」
「先輩」
「な、なに?」
「全身真っ赤になってそんなこと言っても、全然説得力ありませんけど」
「…………」
「大丈夫です。絶対誰にも言いませんから。うふふ」
「…………」

 こ、後輩に弱みを握られるなんて…………しくしく…………



 結局、春奈のチェックは、ハンカチ・ティッシュにまで及び、とっておきを根こそぎ身につけるはめになっていた。……せっかく、龍之介の……ぶつぶつ……

「何ですか?」
「べ、別になんでもないよ」
「それにしても、遅いですね……」

 あれから、すっかり遅くなったとかで、春奈にせき立てられ、大急ぎで電車に乗って如月町まで来たんだけど……

「なあ、誰かと待ち合わせしてたのか?」
「え? あ、そ、そうなんですけどね」
「誰?」
「ああ! 遅いなぁ!」
「をい」
「ちょっと見てきますねぇ!」
「あ、こら!」

 ということが数回繰り返されるばかりで、駅前からどこかに行きそうな気配がない。それにしても、誰が来るのかも言わないなんて…………

 時計を見ると、11時25分。もう30分もここでぼさっと突っ立ってる。

「ああ、来た!」

 やれやれ、やっと待ち人のご到着か。

「遅いですよ!」
「ホントだよ、大体なぁ…………」

 ええっ!? な、なんで!? なんでこんなところに!?

「わりい、わりい。いや、店が混んでてね」
「言い訳になりません!」
「怖いなぁ、春奈ちゃんは」
「ごまかしてもダメです!」
「だから、謝ってるじゃない」
「私じゃなく、いずみ先輩に謝って下さい。せっかくおめかしして待ってたのに。ね、先輩…………先輩?」

 き、き、き、聞いてないぞ…………

「どうした?」
「りゅ、龍之介が…………なんで?」
「いや、まあ、な」
「は〜い。それじゃあ、いずみ先輩は、確かにお渡ししましたから、後はよろしくお願いしますね、龍之介先輩!…………逃げちゃダメですよ」
「わ、わかってるって……」

 逃げる?

「なあ、どうなってるんだ?」
「そうそう、先輩?」
「何だよ」

 春奈は、私の耳元に顔を近づけると、こそっと囁いた。

「逃げたら、ばらしますからね」
「!!!」
「じゃあ、私はこれで〜!」

 さよぉ〜なら〜〜………と妙なエコーを引きながら、春奈は去っていった。後に残されたのは、呆然としてる私と、妙に照れている龍之介。

「ま、ここでこうしてても仕方ないし、ATARUにでも行くか」
「……………………」
「どうした? 真っ赤な顔して?」
「へ?」
「顔が真っ赤だぞ」
「あ、あはははは。な、なんでもないって。あはははは」
「まあいいけど。それより」
「なに?」
「大人しく家で寝てろって言ったのに、なんでこんなところにいるんだ?」
「そ、それは…………」

 お、怒ってる? どうしよう…………

「体は大丈夫なのか?」
「う、うん…………」
「気分は?」
「い、いい…………」
「熱は?」
「ない…………」
「本当だな?」

 言いながらおでこに手をあてがってくる……暖かい……心臓がどきどき鳴ってる。目が優しい。怒ってなんかいない……

「なんか、ますます顔が赤くなってくるけど、本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫だよ……」

 赤くなるのは…………龍之介のせいじゃないか…………

「そ、それより、龍之介こそなんで? どうして春奈が迎えに来たんだ?」
「ん〜…………その説明はちょっと待ってくれや。色々あるから」
「色々?」
「それより、ここでこうしてても仕方ないだろ。映画でも見に行こうぜ」

 ぎくう!

「え、映画?」
「心配すんな。ホラーじゃないから」
「そ、そうか!? ざ、残念だなぁ。わ、私は好きなんだけど」
「ほぉ〜」

 龍之介がニヤニヤ笑いながら、私の顔を覗き込んできた。

「そうだよな。ホラーだったら俺に抱きつけるもんな」
「ば、馬鹿野郎!」

 うわ〜ん。顔が熱いよぉ〜。

「あっはっはっは! 無理して俺にあわせるなって。今日やってるのは恋愛映画だってさ」

 げ、ばれてる!

「べ、別に無理してないよ。本当に残念なの!」
「わかった、わかった。ほら、行くぜ」

 笑いながら龍之介の手が差し出された…………えと、それって……その……あの……

「じれったい奴だな。ほれ!」

 そう言って龍之介は私の手を握って歩き始めた。馬鹿馬鹿! 顔が、顔が熱いよ………言っとくけど、手を握り返したのは、わ、私じゃなくて、手が勝手にしたことなんだからな…………




 映画館を出たら、2時近くになっていたので、レストランに直行した。と言っても、私は龍之介に手を引かれてついていっただけだけど……

「ええと、落ち着いたか?」
「う……うん…………」
「いずみって、恋愛映画は大丈夫じゃなかったのか?」
「苦手だよ……ぐすっ」
「その割には、えらく派手に泣いてたような……」
「だ、だからじゃないか」
「あ、そっか」

 やだって言ったのに、龍之介が無理矢理連れ込むから……うう〜、今時恥ずかしいだろ? 映画見て、おいおい泣いちゃうなんて…………

「そうか? 俺は素直でいいと思うけどな」

 龍之介はそう言ってくれたけどな。えへへ。

「さて、何はともあれ、メシメシと」
「なあ、そろそろ教えてくれよ」
「何を?」
「春奈だよ。何かたくらんでるじゃないのか?」
「別に、たくらむとか、そーゆーのではないと思うけど」
「じゃあ、何だよ?」
「いずみ」
「な、何?」

 し、真剣な龍之介の顔……

「俺のことを愛してるか?」
「え…………」

 と、と、と、突然、何言い出すんだぁ!

「俺はいずみのことを愛してる」

 は、恥ずかしくて龍之介の顔がまともに見られない……

「だから、黙って俺の言うことを聞いてくれないか」

 そ、そんなに大袈裟なことなのか?……でも……いいよ。龍之介の言うことなら…………私は何も言わずに頷いた。

「ありがとう。いずみ」

 龍之介の声が優しい……もう……なんだっていい…………

「あ! お姉さ〜ん! レディスランチとビーフストロガノフ! 後、シナモントーストのレディスセットね〜!!」

 は?

「いやぁ、わりぃ、わりぃ。ここのレディスについてくるデザートが好きでさぁ」

 デザート?

「一人じゃ食うチャンスがなくて。いやぁ、久しぶりだわ………あれ? どうした?」
「こ、こ、こ、こ!………」
「こ?」
「この! 大馬鹿者〜〜〜!!!」




「なあ、いい加減に機嫌を直してくれよ」
「……………ふん……」
「なあ、いずみ」
「………………」
「いずみ〜」
「………………」

 何だよ、何だよ! せっかくうっとりした気分だったのに! デザートが食いたかったんなら、そう言えばいいんだ! 何だよ! 真っ赤になってた私がまるで馬鹿みたいじゃないか! そんな、口先で謝ったくらいで許してやるもんか! ええい、どうしてくれよう!…………せめて、サーティワンのチョコチップス3段重ねくらいはないと許してやらん!…………何? いいじゃないか……好きなんだもん……3段重ね……

「よぉし! 龍之介、お詫びに………」

 え?

「チョコチップスの…………」

 龍之介?

「龍之介?」

 どこにもいない…………

「龍之介? 龍之介!?」

 まさか………呆れて帰っちゃったのか? 嘘だろ?

「龍之介?」

 どこにもいない…………どうしよう……怒っちゃったんだ…………どうしよう………別に……悪気があったわけじゃないのに……私があんなに怒るから……だから…………どうしよう…………どうしよう…………

「何、おろおろしてるんだ?」

 え? 龍之介?

「帰ったんじゃ……なかったのか?」
「なんでいずみを放って帰るんだ? ほら、これでご機嫌を直してくれよ」

 サーティワンのチョコチップス3段重ね…………

「お、おい、どうしたんだ?」

 馬鹿………馬鹿…………

「だって………私が勝手に拗ねてるから………怒って……ひっく……帰っちゃったって……ひっく………思って……ひっく……それで……」
「やれやれ。怒ったり泣いたり、忙しいなぁ」
「そ、そんな言い方…………ひっく……するな……ひっく……よぉ……」
「ごめん、ごめん」
「知らないよぉ……ひっく……もう……」
「ほら、これで機嫌を直せって」

 そう言ってアイスクリームを差し出す。私はそれを受け取ると、代わりに左手を差し出した。龍之介はにっこり笑ってその手を取り、ゆっくり歩き始めた。




 その後、アイスクリームで懐柔され、遊園地で籠絡されて……私はすっかり上機嫌になっていた。……悪かったな。どうせ私はお子さまだよ。

「もうこんな時間か」
「え、何時?」
「4時半…………そろそろ行かなくちゃな」
「行くって…………どこに?」
「ついてくればわかるさ」

 龍之介がウィンクして、私の腕を取った。

「ひょっとして…………春奈の?」
「それは着いてからのお楽しみ」
「結局、何をやってたんだ?」
「だから、行けばわかるって」

 言うなり、龍之介は歩き出そうとした。けど、私が動こうとしないので、怪訝そうな顔をする。

「いずみ?」
「私…………行かない」

 春奈……が関係してるってことは、香織もってことだし、あの二人がやってたことって……

「なんで?」
「いるんだろ?…………友美と……唯……」
「だから?」
「……………………」
「あのな……一体、何を怖がってるんだ?」
「そういうんじゃない…………」
「いいか? いずみ」
「なに…………?」
「お前、そうやってずるずると答えを出すのを引き延ばして、友美や唯と疎遠になるの
 を待つつもりか?」
「……………………」
「それで何が変わる? いいか?」

 龍之介は私の肩をつかみ、私の顔を正面から覗き込んで言った。

「俺が言うのはおかしいけどな。このままだと、友美と唯はどうなる? 俺は今更あの二人とどうにかなるつもりはないし、そのことは変わらない。その上、お前が避けてばかりいたら、あの二人は大事な友達までなくしちまうことになる」

 私はハッとして龍之介の顔を見た。

「あの二人は何もしてないのにだ。お前、それで平気か?」
「でも…………」
「自分のせいで友美と唯が悲しい思いをしたと思いこんで、そこから目を逸らしたいだけだろ? なんでいずみの勝手な思いこみに友美と唯がつきあわなくちゃならないんだ?」
「……………………」
「あの二人はそんなことを望んじゃいないんだぞ。お前、それでも友達か?」
「!」
「友達なら、自分の都合ばかりじゃなくて、相手のことも考えてやれ」

 私…………馬鹿だ…………

「それに、俺のことも考えろ」
「……………………」
「それの一体どこに、俺の意志はあるんだ?」

 大馬鹿者は私だよね…………ごめん…………

「こうなったのは、お前のせいだけか? 違うだろ? なのに、何をそんなに悩んで、怖がってる? そりゃお前、僭越ってもんだぞ」
「ごめん…………行く…………」

 肩に置かれた龍之介の腕から、ふっと力が抜ける。

「それに、いざとなったら、俺一人が悪者になってやるさ」
「そんな…………」
「心配すんな。俺は八十八学園の超問題児なんだぜ? そんなの慣れっこ慣れっこ」

 そう言って龍之介は気持ちよさそうに笑った。私はもう……何も言えなかった。




「ここ?」
「そ」
「でもここ…………」

 教会なんだけど?

「あぁ〜! やぁっと来ましたねぇ!」
「げげ、春奈」
「なにが『げげ』なんですか? 先輩?」
「い、いや、あはは。何でもない…………」
「さ、先輩はこっちへ来て下さい」
「え? え? あ、龍之介…………」
「はいはい。後でいくらでもいちゃついていいですから、先輩はこっち」
「は、春奈…………!」

 ご、強引な奴…………それにしても、裏口に引っ張り込んで、何をしようってんだ。

「お、来たか」

 私は、あんぐりと口を開けたまま、固まってしまった。だって、だってだぞ! あのあきらが!…………学生服を着てるんだぞ!?

「な、なんだよ、いずみ。おかしいか?」
「……………………」
「おかしいよな、やっぱり。だから俺は柔道着の方がいいって言ったんだけどよ」
「どこの世界に柔道着で女の子をエスコートする人がいるんですか」

 まあ…………春奈の言い分ももっともだけど……エスコート?

「な、なあ、一体何が始まるんだ?」
「はいはい。先輩は黙ってこれをつけて下さい」
「これって…………?」
「もう、わかりました。私がつけてあげます」

 お、おい!…………だってこれ、ウェディングベールのような…………?

「じゃ、私向こうに行ってますから、後はよろしくお願いしますね」

 そう言うなり、あきらの返事も待たず、春奈は扉の向こうへ消えた。扉?

「な、なあ、あきら。あの扉の向こうって」
「礼拝堂だけど?」
「礼拝堂? なあ、一体何を…………」

 続きは言えなかった。突然始まった音楽に、腰を抜かさんばかりに驚いたからだ。

「こ……これ!…………」
「さて、行くぜ。俺の腕につかまりな」

 と言いながら、呆然としてる私の腕を無理矢理つかんで腕に掛けると、あきらは扉を
開けた。

「なんで……ウェディング・マーチ…………!?」




 礼拝堂に入ると、もっと驚いた。

「ど、ど、ど、どういうこと?」
「静かにしろ。みっともねえぞ」

 そりゃ、そうかも知れないけど、でも…………

 香織……春奈……洋子……と、友美……それに……唯………弓道部の連中に……か、片桐先生!? 一体、一体何が始まるんだ?!

 正面には、龍之介が緊張した面もちで立っていた。その奥には……

「神父さんがいるんだけど……」
「当たり前だろ、教会なんだから。それよりちょっと黙ってろ」

 頭の中は真っ白。訳の分からないうちに龍之介の隣に立たされ、正面の神父さんの方を向かされた。

「ええ………私もこういうのは初めてで……」

 いかにも困ったという顔で私たちを見る。

「ですが……ま、これもお導きというものでしょう」

 そう言うとにっこりと笑った。それはいいけど………これって…………

「それでは、ただいまより、神藏 龍之介と篠原 いずみの 交際誓約式を始めます。ご一同、ご起立下さい」

 交際誓約式…………? なんだか……

「では、賛美歌の斉唱から」

 突然、オルガンの音が鳴り響き、静かに歌声が流れ始める。

 初めて聞いたわけでもないのに、どういうわけかその賛美歌に胸を打たれた。本当に
どうしてだろう?…………

「……一同、ご着席下さい」

 粛々と式が進む。私は……ただ呆然としてるだけだ。

「続けて、両名の誓約に移ります。神藏 龍之介」
「はい」

 龍之介が……普段以上に凛々しく見える……

「あなたは、いかなる時も篠原 いずみを愛し、これを助け、共に困難に立ち向かうことを誓いますか?」
「誓います」

 龍之介…………どうしよう、膝が、膝が震えて……止まらないよ……

「篠原 いずみ」
「は…………はい」
「あなたは、いかなる時も神藏 龍之介を愛し、これを助け、共に困難に立ち向かうことを誓いますか?」
「……………………」

 こ、言葉が…………出てこない…………な、なんだか訳がわからなくて……

 礼拝堂は、シンと静まり返っている。どうしよう……どうしよう……

 不意にハンカチが差し出され…………

「え? え?」
「いきなりで動転しちゃったんだな」

 そう言って、龍之介が私の頬をそっと拭ってくれた。私……!? 泣いてた?

「篠原さん、落ち着いて」

 神父さんも、優しく声を掛けてくれる。

「あ、あの……あ…………」

 龍之介が拭ってくれるそばから、頬が濡れていく。私……どうしたら……一体………

「いずみちゃん、ゆっくり深呼吸して」

 清潔なシャンプーの香り………肩を抱きしめて、背中を優しくさすってくれる人がいる……サラサラのロングヘアが頬に触れて気持ちいい…………

「いずみちゃん、焦らなくてもいいんだよ」

 甘い石鹸の香り………握りしめた手をそっと包んで、髪を撫でてくれる人がいる……お団子頭に結ばれたリボンが涙で滲む…………

 私…………私…………どうしようもなく肩が震えて、言葉が出てこなくて……

「いずみちゃん、合図するから『はい』って言うのよ」
「俯いたままでもいいからね」

 でも……でも……それじゃあ……それじゃあ……友美と……唯は……

「大丈夫。私たちが」
「ついてるからね」

 友美!…………唯!…………

「3・2・1……」
「今よ」
「は…………は…………はい……」

 みんなのほっとした声が聞こえる。

「ここに二人は、互いの愛を確かめあいました」

 神父さんのその言葉を合図に、オルガンが鳴り響く。私は……私は……

「ともみ…………ゆい…………」

 多分、涙でのどがつまって何て言ってるかわからないだろう……けど、二人は、私に寄り添ったまま、静かに頷いてくれた。

「まだ感激するのは早いわよ」
「そうだよ。まだ続きがあるんだから」

 だって!……だって!…………

「では、誓いの証に、指輪の授与を」

 指輪?

「ほら、こっちよ」
「お兄ちゃんの方に向いてね」

 龍之介の方って…………

「ふふ。仕方ないわね」
「はい。しっかり前に出してね」

 二人が私の左手をとって、龍之介の方に差し出してくれる。どうしようもなく震えてしまって…………

 はっとするほど男らしい指が私の手を取り、薬指に……薬指?…………いいの?……いいの? 龍之介? 本当にいいの?

 オルガンが賛美歌を奏で続ける中、友美と唯に支えられて、私は確かに受け取った。龍之介だけじゃない。友美と……唯の思いを確かに受け取っていた。

「確かに証は立てられました。皆さんの祝福をお願いします」

 私は顔を上げることができなかった。弓道部の仲間が口々におめでとうと言ってくれる。私はただ泣きじゃくりながら頷くばかり。

「篠原さん、これからが大変よ。しっかりね」

 片桐先生…………ありがとう……

「ま、あんまり龍之介と喧嘩するなよ」

 馬鹿……余計なお世話だ……ありがとう、あきら……

「よかったな。しっかり龍之介を操縦しろよ」

 もう……洋子ったら……

「おめでとう。どう? 私の作戦は? 味なもんでしょ?」

 …………香織の馬鹿。声も出せないじゃないか。

「先輩、何かあったらいつでも駆けつけますからね」

 縁起でもないこと言うなよ。でもありがとう、春奈……

「いずみちゃん、龍之介君を離しちゃダメよ」
「そんなことしたら、唯がもらっちゃうから」

 うん!…………うん!…………

「それと、私たち、ずっと友達なんだからね」
「わすれんぼさんは、お仕置きだよ」

 ごめんよ!…………ごめんよ!…………私……

「今回の分は」
「これで勘弁してあげるかな」
「「ね?」」

 え?

「「それぇ、いけぇ〜〜〜!!」」

 二人して、私を突き飛ばして…………私は……龍之介の腕の中へ……そして、みんなが賛美歌を斉唱する間、私は龍之介に抱かれて、ずっと泣きじゃくっていた。




 あの後……神父さんが集会室を貸してくれて、みんなで騒いだ。

「はじめて相談を持ちかけられたときは、一体なんのためにと思いましたが」

 みんなの騒ぎをにこにこして見つめながら、神父さんが話しかけてきた。

「でも、こうして拝見した後だと。なるほど確かにと思います」

 まだ少しぼんやりしてる私を見つめて、神父さんは穏やかに言った。

「あなたがお友達に恵みをもたらす人でしたからね」
「え…………そ、そんなこと、ないです。いつも、私がわがままを聞いてもらってばかりで………今度の、このことだって」
「それが問題なのではないのですよ」

 神父さんは、優雅に龍之介をからかってる友美と、それを見てコロコロと笑い転げている唯を見て言った。

「良いお友達をお持ちですね」
「はい!」

 いきなり威勢良く返事をしたので神父さんは目を丸くしたけど、やがてクスクスと笑いながら、こう付け足した。

「得ることは与えることです。あなたが豊かなものを得ているということは、同時にあなたが豊かな恵みを与えていると言うことなんですよ」




「そもそもは、確かに香織ちゃんなんだ」

 散々騒いで、もちろん、その後始末もしたから、随分遅くなってしまった。本当は、まだ掃除とか残ってたんだけど、いてると目の毒だから、さっさと帰れと追い払われてしまい、今は電車の中。

「春奈ちゃんと友美の家へ押し掛けて、友美をかき口説いたらしんだな」

 いかにも…………らしいや。

「実際のところ、毎日通ってきては、切々と訴えるんで、友美の方が根負けしたってところもあったらしいよ」
「そうか…………」
「まあ、友美だってこのままじゃいけないってのはわかってたから、比較的あっさりと説得を受け入れたんだろうけどな。問題はまあ唯というか……」
「どういうことだ?」

 龍之介は、少し頭を掻き掻き、言葉を継いだ。

「最初は、話もできなかったんだよ。俺も手を焼いてな。洋子やあきらにも説得してもらったんだけど、結局、どうしようもなくて…………友美に説得してもらったんだ」
「……………………」
「てきめんだったよ。それでともかく、学校には行くようになったんだな」
「やっぱり……友美と唯は無理して…………」
「そりゃ、早とちりだ」
「え?」
「で、二人が出て行ってみると、なるほどいずみの様子がおかしい。というより、話に聞いてたどころの沈みようじゃなかったってことだな」
「私…………そんなにおかしかったか?」
「あのな…………顔色は悪いは、なんかおどおどしてるは、あれが本当にいずみかって驚いてたぞ」
「そっか…………」
「それを毎日見てながら、なぁんにもできなかった俺の身になってみろよ」
「ご…………ごめん………」
「はは。ま、いいっていいって。で、続きだけど、今度は、友美と唯が、これは何とかしなくちゃいけないって言い出して」
「……………………」
「で、香織ちゃんが実はこういうアイデアがあるって言ったのが、この件なんだ」
「作戦ってこれだったんだ……」
「なんだ? その作戦って?」
「うん……香織と春奈に相談したらさ……香織がまかしとけって言って……それ以上は教えてくんなかったんだけどな」
「ふ〜ん。わかってたんだな」
「何が?」
「いずみが落ち込んでたのは、ただ逃げてただけだってこと」
「う……………………」
「まあ、友美と唯が手放しで祝福するのを見たら、いやでも気がつくってことでね」
「…………」
「実際、わかっただろ?」
「うん…………」
「………でもまあ……結果的にはよかったけど、結構照れくさかったんだぞ」
「そうだったのか?」
「そうなの。正直、いずみが具合悪いって聞いたときは内心、ほっとしたけど……」
「ひっどぉ〜」
「ごめん、ごめん。でもなあ、あの電話は、みんなに散々怒られたんだぞ。指輪のサイズも聞けないわ、せっかくのデートは取り消すわで、もうぼろくそ」
「あははは! ご愁傷様」
「特に香織ちゃんと春奈ちゃんの突っ込みが厳しくて……春奈ちゃんなんか、先輩を当てにしたのが間違いでしたとかいって、さっさといずみに電話するし」
「それで春奈が迎えにくることになったのか」
「そういうことだけど……なんかなぁ……なんで俺がそこまで言われなくちゃ………」
「クスクス……春奈も悪気はないんだよ。で、全部香織が段取りしたのか?」
「いや。実際のプランニングは友美がやったし、そのベールを作ったのは唯だしな」

 私は思わず手元を見つめた。そう……唯が…………

「会場の準備は洋子とあきらがやってくれたし、細かな連絡は春奈ちゃんが仕切ってたかな」

 あれ? それじゃあ………

「香織は何してたんだ?」
「…………そういや、何してたんだろ?」

 あいつらしいや……思わず笑ってしまった。

「それにしても、よく教会なんか貸してくれたな。洋子の知り合いなのか?」
「ああ、それね」

 龍之介がにやっと笑った。

「あそこは、洋子とあきらが結婚式をすることになってる」
「え?」
「でまあ、知らない間柄でもないってことで、洋子が半ば強引に頼んでくれたんだよ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。洋子とあきらが何だって?」
「だから、あいつら、卒業したら結婚するんだよ」
「え、えぇ〜〜〜〜!!」
「どうだ、驚いたか」
「お、驚いた…………一体、いつの間に…………」
「俺たちと同じさ」
「同じって…………」
「あきらが洋子のことを好きだったてのは知ってるな?」
「うん」
「でさ、あの旅行の後、どういう訳か、洋子が急にあきらのことをかまいだして、あれよあれよと言う間にそういう話になっちゃったんだ」
「そうだったんだ」
「始業式の前の日に、二人とも両方の親に挨拶に行ってるぜ」
「早い……」
「まあ……あきらだし」
「確かにね」
「俺たちはいつになるかな」

 どきん!

「はは……進路も決まってないのに、そんなこと言ったらおかしいけどさ」
「そんなことない……」
「いずみ?」
「う、嬉しかったよ、私。こんなに幸せなことなかった。絶対忘れられないよ。そ、それにさ………」
「それに?」
「け、結婚式の………練習みたい………だったし…………」

 じ、自分で言ってて、恥ずかしい!

「いずみ…………」
「あ、あれ、変だな。あ、あれだけ泣いたのに、ま、また涙が…………」
「やれやれ。いずみがこんな泣き虫だったとは思わなかったな」

 そう言いながら、指で涙を拭ってくれて…………龍之介が私の目をじっと見てる……なんだか……吸い込まれそうで……私……

「オホン!」

 目の前に座っていたおじさんの咳払いで、はっとして目を開けた。慌てて龍之介から離れたけど、二人とも顔が真っ赤………私……いつの間に二人だけの世界に浸るようになっちゃったんだろ………やだ……




 八十八駅から家まで送ってもらう間、私も龍之介も何も喋らなかった。龍之介は何か考えてるみたいだったけど、私は左手の薬指にした真新しい指輪の感触で幸せいっぱいだったし、その上、龍之介が肩を抱いててくれたんで、すごく暖かかったし…………だから、そんなこと、全然気にならなかった。

「すっかり遅くなっちまったけど、大丈夫か?」
「門限?」
「ああ」
「夜中ってわけじゃないから、大丈夫だよ」

 ふと龍之介が立ち止まる。

「どうしたんだ?」

 黙って龍之介が指さすその先に……

「あ!」

 ひとつ。光のかけらが尾を引いて流れる。そして、またひとつ。

「流れ星…………」
「そういえば、なんとかいう流星群が見られるってニュースでやってたな」
「ふうん」

 しばらく間をおいてまたひとつ星が流れる。

「綺麗だよね………」
「そうだな」

 本当にぽつりぽつりとしか流れない。

「流星群って言っても、次から次って訳じゃないんだね」
「そうか?」
「何言ってるんだ? 見てれば……」

 龍之介?

「な、何見てるんだよ?」
「いずみ」
「ば、ば、ば、馬鹿」
「いいじゃないか」

 だって、だって………そんな……その……だから……

「て、照れるだろ」
「目を逸らすなよ」
「だ、だ、だ、だって……」
「いずみ!」
「は、はい」

 あ…………見ちゃった……龍之介の……目……そんな……真剣に……だから………

「いつかはちゃんとしてやるな」
「何を…………?」
「言わせるなよ…………」

 龍之介の手が私の頬を包む。心臓が……心臓が……あの……力だって……あの………

 あ……………………

「だから、これは約束のしるしだ…………」
「龍之介…………」

 だから………あの………あたたかくて……その……やわらかくて……あ……ん………



 綺麗な流れ星の夜。私たちの物語の最初の1頁。私はまだ子供だったけど、かけがえのない大切なものってひとつじゃないんだってことが初めてわかった日のこと。

 それは、やっと物語が始まったんだってことが、まだわからなかった頃のこと。

 でも、物語を紡げるようになったんだってことが、やっとわかった頃のこと……


Fin



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