幸福の場所 #10

幸福の場所　#10　 <Seventeen Dance>

　　　　　　　　　　　　　　　story by くだから

「遅い･･･」
 約束の時間からもう２０分は経過している。
「暑い･･･」
 アーケードの陰に居るとはいえ、こんな昼間に３０分以上立ってれば汗も出てくる。
 ぬるくなったスポーツ飲料をいいかげん飲み干して、もう一度時計に目をやる。
「時間間違ってないよなぁ」
 先負駅に１時のはずだったよな･･･


 ･･･随分とこうしていた。
 さとみの両手は俺の背中にまわされ、そして俺の胸で泣いていた。
 俺はただ黙っていた。
 どれくらいの時間が経ったのか、不意にさとみが顔を離した。
 さとみが涙を拭い終えるのを待ってから
「帰ろう、送っていくよ」

 お互い何も喋らずに、並んで歩いて行った。
 １０分程歩いた所でさとみが止まった。
 どうやらさとみの家に着いたらしい。
「和紫、ありがとう」
 今日初めて、俺の顔を見ながらさとみが喋った。
「一人じゃ寂しかったんだ･･･和紫が来てくれて嬉しかった」
「ああ･･」
 素直なさとみにちょっと驚いた。
「それでお願いがあるんだ」
「何？」
「今日の事は誰にも言わないで欲しいんだ」
 なんだ、そんな事か。
 勿論誰にも言わないよ。
「それと･･･明後日付き合ってくれないかな？」
 いいよ、それくらい･･･ん？
「今日のお礼もしたいし･･･詳しいことは明日電話するから」
「え、あの、ちょっと･･･」
「今日はありがとう、お休み和紫」
 そう言って家の中に入ってしまった。
 小さく溜息をひとつして、俺も自分の家へと帰った･･･


 ･･･で、１時って言ってたよな？
 まさか約束を忘れたってことはないだろう。
 ということは単なる遅刻だろうな。
 ･･･そしてさらに２０分ほど後、
「ごめん、和紫」
 ようやく現れたさとみは、上目づかいに俺を見てる。
「さとみぃ」
 別に怒る気はないのだが。
「ホントごめん。何故か目覚し時計がならなくて」
 という事は
「･･･寝坊？」
「うん、寝坊」
「･･････今日さとみの奢りね」
「どうしてよ？」
「３０分以上遅刻したんだ、それくらい当然だろ？」
「女の子は支度に時間がかかるんだから、しょうがないじゃない」
「さとみの場合は寝坊したからだろ。それに今日はさとみが誘ったんじゃないか」
「それと奢りは関係ないじゃない」
 あ、とうとう開き直りやがった。
「普通こういう時、男は笑って許して『今日は僕が奢るよ』って言うものなの」
「なんだそれは。大体俺はさとみの彼氏じゃないん･･･」
 言いかけて後悔が俺を襲う。
 普段のノリでつい会話をしてしまった。
 でもさとみは別に気にした風もなく
「まあ、割り勘でいいよ。それより早くいきましょ」
 あのね、待ってたのは俺なんだけど･･･

 別にさとみの言い訳を認めるわけじゃないけど、今日のさとみは綺麗だった。
 水色のサテンのシャツに黒のワイドパンツ、素足に白のサンダルを履いていた。
 薄く化粧もしてるみたいだし、香水もつけてるみたいだった。
 果物みたいな甘い香りがする。
 なんかとっても大人っぽい。
 Ｔシャツにカーゴパンツで来た俺とは、なんか不釣り合いに感じた。

「どうする？映画もうはじまってるよ」
 ここは矢吹町。
「どうしよう？」
 不夜城の町と呼ばれるくらいだから、昼間の人込みはかなり凄い。
「次が始まるまでまだ１時間以上あるな」
 そのせいか、さらに暑く感じる。
「こまったね」
 どこでもいいから、この暑さから逃れたかった。
「取り敢えずどっか行こうよ」
「そうだね。･･･ねえ和紫」
「なに？」
「ＡＰＩＡ行こうよ」
 ＡＰＩＡか、あそこならなんでもあるし。
「いいよ。行こう」

 ＡＰＩＡは一階が喫茶店とレストラン、二階がカラオケとゲームコーナー、三階は
 ビリヤードとボーリングと、あてもなく矢吹町に来たら取り敢えずここにくれば暇
 ではなくなる場所である。
 俺達はボーリングをすることにした。
 運良く待つ事もなく、シューズに履き替える。
 ボーリングなんて久しぶりだ。

「どわー、また割れた」
 ８フレーム投げて、これで３度めのスプリット。
 画面にはスプリットの文字が明滅してる。
「あははは、まただね和紫」
 さとみがけたけた笑ってる。
「これを取ったらオーザッキュ１年分だね」
 さとみの奴、絶対取れないと思ってるな。
 ふん、 見てろよ。
 おりゃ･･･コロコロ･･･ガタン･･･スー。
「ぷっ、ガーター」
「･･･さとみの番だぞ」
「はいはい････よっ」
 私が投げたボールはゆっくりピンに向かっていき、そして、
 ＳＰＬＩＴＳ            ＳＰＬＩＴＳ            ＳＰＬＩＴＳ
 あちゃ、私もスプリットってる。
「うわははははは、まあ頑張ってくれ」
 む、和紫ってば私が取れないと思ってるな。
 ふー、見てなさい。
 はっ･･･コロコロ･･･カン･･･ゴン。
「ＹＥＳ！」
 さすが私。
 悠然と振り返ると、和紫が呆然としている。
「オーザッキュ１年分かしら？」
 うふふふ、なんかすっごく快感。
 性格の悪い女の子になっちゃいそう。

 ２ゲームして、映画館に向かう。
 お目当ては「ＳＥＶＥＮＴＥＥＮ ＤＡＮＣＥ」
 恋愛ものだから、見たら泣いちゃうかもね。
 でも泣いちゃってもいいの、見たいんだから。

 勿論どちらも奢らずに、映画館の中に入っていく。
 立ち見かなと思ったけど、なんとか後ろのほうで座れた。
 和紫って恋愛映画好きなのかな？
 ごめんね、無理矢理付き合わせちゃって。
 でもお願い。
 今日だけでいいから付き合ってね。
 そしたら、きっと･･･


 そっとハンカチが手渡された。
 あ、やっぱり私泣いちゃってたんだ。
 仕方ないか、失恋してまだ２日も経ってないのに恋愛映画見てるんだから。
 それにしても和紫って優しいね。
 よくわからないけど、和紫ってなんか大人。
 服装も子供っぽいし、顔立ちだってどちらかといえば童顔。
 なのに、時々妙に大人で優しい。
 不思議だな、和紫って。


 映画館から出ると、時間は午後６時前。
 デートならこの後食事でもするんだけど、今日は･･
「和紫、飲みに行こうよ」

 飲みに行くといってもどっかのバーなんかに行くわけではなく、適当な居酒屋。
 矢吹町をうろつけば、居酒屋なんてすぐに何軒も見つかる。
 あ、この店のＣＭ見た事ある。
 よし、ここにしよう。
 いやがる和紫「高校生ってばれたらどうするんだよ」を無理矢理引っ張って「和紫
 なんて学校でお酒飲んだじゃない」いく。
 私だってこういう所入るの初めてなんだから、すこし緊張してる。
「いらっしゃいませお客様、何名様でしょうか？」
 元気のいい声で店員が聞いてくる。
「あ、二人です」
 うわー、緊張してきた。ちょっと和紫、そんなおどおどしないでよ。
「二名様ですね、こちらへどうぞ」
 すたすた歩く店員の後を慌ててついていく。
 何も言われないね･･･
 席に座って一息つくと
「まずはお飲み物の注文よろしいでしょうか？」
 あ、はい、飲みものね。
 何にしよう？
「和紫何にする？」
 取り敢えず和紫に聞いて、と。
「俺生ビールの中ジョッキ」
「はい、生中ひとつですね」
 う、和紫ってこういう所来た事あったの？
「さとみはなんにするの？」
 え、あ、何にしよう。
 そうだ、和紫と同じのにしよう。
「私も同じのを」
「はい、生中ふたつですね」
 そう言って店員は奥に向かっていった。
 ･･･ふー。
「ねえ、さとみ」
 私の正面の和紫は、すっかり落ち着いている。
「ビール飲めるの？」
「わかんない」
「お酒強いの？」
「あはは･･･わかんない」
「もしかしてお酒飲むのって」
「うん、初めて」
 あ、和紫があきれてる。
「まあ取り敢えずビール飲んでみてまずかったら、サワー頼んだ方がいいよ。アルコ
  ール度低いし飲み易いから」
「そうなの？わかったわ、次はサワーを頼むね。･･･和紫ってこういうとこ来た事あ
  るの？」
「何回かね」
 ふーん、そうなんだ･･･

 うわ、にっがーい。
 ビールって全然おいしくない。
 飲みたくないことを、和紫に顔でうったえる。
「それ俺が飲むから、さとみは何か食べ物とサワー頼んだら」
 さっすが和紫、サンキュー。

 あ、凄くおいしい。
 甘いしお酒じゃないみたい。
「これ凄くおいしいね」
「ああ、カルーアミルクね。コーヒー牛乳みたいでしょ？」
 うん、そんなかんじがする。
「飲み易いけど、一気に飲むなよ。一応アルコール入ってんだから」
「はーい」
 とは言っても、おいしいし飲み易い。
 ごく、ごく、ごく･･･。
 あ、もう飲みおわっちゃった。
 次はなにを飲もうかな？

 和紫がおいしそうに飲んでいる。
「ねえ和紫、それなに？」
「あ、これ日本酒だけど」
「おいしいの？」
「まあ、おいしいかな」
 そうなんだ。
「私にも一口頂戴」
「え･･･一口だけだぞ」
 では一口･･･うわっ、喉が熱い。
 でも･･･おいしい。
 ごく、ごく･･･
「あー、こら、ばか、さとみ」
 聞こえない、聞こえない。
「ふー、おいしかった。おかわり頂戴」
「･･･さとみ、なんともないの？」
「別に、なんで？」
「いや、それならいいけど」
「それよりもう１杯飲むの、和紫ついで」
 和紫はいわれた通りについでくれた。
 それを一気に飲み干す。
 ･･･あれ？なんか世界がまわってきた。でも気持ちいいなぁ。
「あはははは」
 自然と笑っちゃう。
「和紫･･･あははははは」
 なにが面白いのか自分でもわからないけど、とにかく
「あはははは」
「ふぅ、さとみは変な笑い上戸か･･･」
「あぁ、和紫なにか言った？」
「いいえ、なんにも言っておりません」

 それから先負駅に着くまでの記憶がなかった。

「おい、さとみ。起きろ」
「･････････････」
「おーきーろー」
 ん･･･、気持ち悪い。
 ･･･ここどこだろう？
 なんで揺れてるんだろう？
「さとみ、目が覚めたか？」
 あ、和紫の声だ。
「降ろすぞ、立てるか？」
 地面に足がついたけど、ふらふらして地面に座りこんでしまった。
「しょうがないなぁ」
 和紫が肩を貸してくれて、ようやく立つ事ができた。
「ここ、どこ？」
 頭がうまく働かない。
「先負駅だよ」
 先負駅･･･そうか先負町に帰ってきたのか。
 あれ、どうやって帰ってきたんだろう？
 ･･･まあいいや。
「ほら、家に帰るぞ」
 和紫が歩き出す。
 家･･･
「いーやーだ」
「はぁ？」
「まだ帰らないの、今日はまだ終わってないの」
 そうだ、たしか私は今日一日かけてふっきるんだ。
 はて、なにをふっきるんだっけ？
 よくわからないけどいいや、とにかくまだ帰らないの。
「あのね、こんだけ酔ってどこいくの」
「私全然酔ってないの」
「いーや完璧酔ってる」
「それじゃあこのまま家に帰ったら怒られるじゃない」
「はぁ、酒癖の悪さはちはるさんを凌ぐな。もう絶対さとみと飲むのは止めよ。
  それでどこ行くの？」

「はい、２時間ですね。ご希望の部屋はございますか？」
「Ｙ２０００でいいです」
「かしこまりました。それではお部屋のほうに案内いたします」
 和紫に引っ張られて歩いていく。
「リモコンの使い方はわかりますか？」
「はい、大丈夫です」
「それでは、失礼します」
 パタン･･･。
「ふにゃ」
 ソファーに倒れ込むように座ると、とたんに睡魔が襲ってきた。
 ･･･あ、駄目、寝ちゃいけないの。
「和紫、なんか歌って」
 取り敢えず騒がしくなれば、眠れないだろう。
「はいはい、わかりました」
 よし、和紫が歌いだした。
 これでだいじょう･･･くー････。
 うりゃ、だから寝ちゃだめだってばさとみ。
 そうだ、私も歌えばいいんだ。
 あはははは、そうだよ。
 なんで気付かなかったんだろう。
「か・ず・しぃ、私が歌うの」
 はい、マイクを持って･･･。
 なによ、曲が流れてこないじゃない。
「かずし」
「はいはい、さとみは何を歌いたいの？」
 なんにしよっかなー。
 ･･･そうだ、あれにしよう。
「邯鄲の夢を歌うの」
 ･･･美しい、アジア風の音楽が流れてきた･･･。
 懐かしくて、暖かくて、どこか寂しげで、悲しげな音楽･･･。
 切ない歌詞･･･。
 でも、とても好きな曲。
 ･･････とても嫌いな曲。


 ････ん、また揺れてる。
 今度は頭がはっきりと働いているみたい。
 和紫におんぶしてもらってるのか、わたし。
 だから揺れてるんだ･･･。
「和紫」
 そっと名前を呼んでみた。
「ん、目が覚めたのか」
 和紫はゆっくりと私を降ろしてくれた。
 あたりを見回してみると、どうやら私の家の近くのようだ。
 ･･･たしか駅前からカラオケに行って･･･そっか、また私寝ちゃったのか。
 それで和紫がここまで背負ってきてくれたのかな。
「気分はどう？」
 すこし不安そうな顔で、和紫が私の顔を覗き込む。
「少し頭痛がするけど、大丈夫。気分も悪くないし」
「そっか」
 そう言うと、和紫は地面に座り込んだ。
「あはは、ちょっち疲れたわ」
 時計を見ると１１時２０分を少しまわっていた。
 もうこんな時間なんだ。
 あと３０分ほどで今日が終わる。
 結局、１日中和紫をひっぱりまわしちゃったね。
 ごめんなさい。
 そして、
「ありがとう、和紫」
 私もしゃがみこんで、和紫と同じように空を見上げた。
 名前も知らない星達が静かに、綺麗に輝いてる。
「今日１日思いっきりはしゃげたから、だから･･･」
 きっとまた、いつもの私に戻れる。
 そう、わたしはいつも元気。
 いつだって笑っている。

「････ねぇ和紫、私が寝てる時変な事しなかった？」
「ぷっ、あのねぇ、なにもしてないよ」
「ふーん、そうなんだ･･･」
「なんだよ、疑ってるのかよ」
「キスくらいならしてもよかったのに･･･」
 唇に指をあててそう言ってみる。
「さとみぃ、まだ酔ってるのか？」
 そう冷静に言いつつも、和紫の顔がちょっと赤くなってる。
 くすっ、和紫って可愛い。
「それとも私って魅力ないのかしら？」
 ちょっと声音を変えてみる。
 和紫ってば顔真っ赤にして、私から目をそらして夜空に目をやってる。
 もう和紫ってば冗談なのに･･･でも･･･ちょっとだけ本気かな？
 ････
「ねぇ、和紫」
「なんだよっ」
 和紫がこちらを向く。
 その瞬間････
「あっ･････」
 一瞬の触れ合い。
 和紫の頬と私の唇。

「あ、な、おい･･･」
 状況がよく飲み込めていなさそうな和紫に
「今日のお礼よっ。じゃあね、お休み和紫」
 そう言って走りだす。
「ホント、ありがとう、和紫」
 口の中で呟いて、私は１度だけ振り向いて家へと走っていった。


「一体なんだったんだ･･･」
 さとみに呼ばれて、そっちを向いたと思ったらさとみの顔がすくそこにあって、頬
 になにか触れたと思ったらさとみは走り出してるし･･･。
 まあいいや。
「よっと」
 立ち上がってズボンをはたく。
 俺も帰ろう。
 今日は疲れた。
 ただ気になるのは、
「俺が飲み代やらカラオケ代出したの、さとみ覚えてるんだろうな･･･」

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