幸福の場所 #5

幸福の場所　#5　 <Two Moons>

　　　　　　　　　　　　　　　story by くだから

 夏休みが終わり、二学期が始まった。
 部活が忙しかったので宿題がやばかったけど、ちはるさんに手伝ったもらいなんとか
 出来た。
 英語や歴史など文系教科は得意なんだけど、数学や物理など理系科目が苦手だ。
 ちはるさんには結構手伝ってもらっちゃった。
 俺が一人暮しなもんで、部活が無い日や早く終わった日にはご飯なんかも作ってもら
 った。
 そう、二人きりの時はちはるって呼んでるけど、学校とかではちはるさんって呼んで
 る。一応先輩後輩だからね。
 今日は二週間後に迫った秋季大会の選手の発表があった。

「ちはるさんやっぱりシングル１だったね」
「もうさんはいらないわよ、和紫くん？」
「そうだった」
 苦笑いして話を戻す。
「今年は優勝できるのかな」
「あれだけ頑張ったからね、優勝･･全国制覇したいな」
「きっと出来るよ」
「うん」
 けれどその横顔には不安の翳りが見える。
 練習はしてきた、自信もある。
 それでも不安は消せないのだろう。
 ちはる位強い選手になっても、いや強くなったからこそ不安なのかも知れない。
 テニスはマラソンの様に孤独な戦いだから。
 それにちはるは勝つものだと皆思ってる、俺もそう思ってしまう。
 勝って当然というプレッシャーとはどんなものだろう･･･想像出来ない。
「和紫も大会頑張るんだよ」
「ああ、勿論頑張るさ」
 女子部につきっきりだったけど、男子にだって試合はある。
 俺はシングル２だった。
 主将がシングル１で、ひろと副主将がダブルスを組む。
 一回戦負けなんかにはならないぞ。
「和紫と谷村さんがいるからね、結構いいとこまでいけるんじゃない？」
「そう？女子より上までいったりして」
「いけるものなら、いってごらん？」
「ははは、任せなさい！ちはる以外の奴に負ける訳にはいきません」
「あら、谷村さんに負けたじゃない。しかも私が応援してあげてたのに」
「ありゃ、覚えてたの。まああれは昔の事という事で」
「わかったわ。じゃあこれから私が応援した試合は負けちゃだめだよ」
「わかりました。ちはる様の言う事には不肖草薙 和紫命に変えまして･･･」
 ちはるが嬉しそうに何度も頷く。
 ･･･大会が終わった時も彼女がこんな風に笑っていられたらいいな。

 次の日から短時間で密度の濃い練習を行った。
 一日一日と試合に備え感覚を養っていく。
 試合の緊張感に慣れる為、勝利への貪欲さを身につける為に。

 そして二週間後、大会の地区予選が始まった。
 負けるはずのない地区予選、それでも選手の顔には緊張が浮かんでいる。
 俺はこんな時全然緊張しない、変わった体質というか性格なので皆の顔がこわば
 ってるのに気付く。
 ちはるさんは一人で集中していた。

 予選一回戦、なんとダブルスを落としてしまった。
 最初のミスの動揺から立ち直れずそのまま負けてしまった。
 シングル２の子は勝ったので後はシングル１、つまりちはるさん次第だ。
 ダブルスの子の一人が泣いてしまっていた。
 ちはるさんはその子になにか話をしてからコートへと歩いていった。
 あっという間だった、失ったポイントはわずかに２ポイント。
 圧倒的な強さを見せつけ彼女はもどってくる。
 さっきの子に優しく微笑む。
「大丈夫だよ、私達は負けないよ」
 彼女の試合を見て、そして彼女の言葉を聞いた人は皆自分達の勝利を疑わないだろ
 う。
 その後地区優勝を決めるまでの試合は見事だった。
 無事女子は最初の関門を突破した。

 さて俺達はというと。
 毎試合が綱渡り状態。
 ぎりぎりの試合を繰り返して、それでも勝ち進んでいった。
 結局負けてしまったけれど、なんとか県大会に進める所にまではきていた。
 ふぅ、何とかちはるさん達と一緒に県大会に進めたな。

 地区予選から一週間、全国大会の出場権を賭けて県大会が始まる。
 俺達も女子と一緒に県大会に来ていた。

 地区予選一位の女子は無難に勝ち進んでいく。
 ちはるさんは結構注目されていた。
 さて俺達はというと･･･一回戦負け。
 俺はちはるさんの応援に後押しされて、タイブレイクの末勝つ事が出来た。
 後は恩返しに女子の応援をしよう。

 準々決勝、準決勝と勝ち進んでいく。
 さすがに楽勝とはいかなかったが、ちはるさんは無敗だった。
 そして決勝戦。
 ちはるさんに聞いた話では去年ここで負けたらしい。
 雪辱を晴らせるか？

 まずダブルスとシングル２の試合が始まった。
 それぞれの学校の応援が飛ぶ。
 シングルとダブルスというのは同じテニスの試合ながら、内容はまるで違う。
 ダブルスのスペシャリストというのが存在する。
 実際世界ランキング１位２位のコンビでも、ダブルスの試合で勝つ事が難しい
 ペアが存在する。
 先負高校のダブルスペアは強かった。
 試合への慣れか、地区予選のような事もなく確実にポイントをリードしていく。
 このままのペースでいければまず勝てるだろう。
 一方シングル２は苦戦してる。
 相手の子のサーブが兎に角早かった。
 ストロークはちはるさんと打って慣れてるけれど、あのサーブはちはるさん以上
 だろう。
 あのサーブをなんとかしないと勝つ事は厳しいだろう。
 そんな試合を数ゲーム見て、ちはるさんは一人になり集中を始める。
 恐らく一勝一敗でちはるさんに回ってくる事を予想したのだろう。

 そんな予想通りかダブルスは勝ち、シングルは敗れた。
 いよいよ最後の試合が始まる。
 一際大きな応援の中、ちはるさんはコートに歩いていった。
 その顔から不安の色は見えない。
 ちはるさんのサーブで試合は始まった。

「あと一本です！」
 女の子達の中という事も忘れ声を出していた。
 ゲームカウント5to2の30-40、後１ポイントで勝ちだ。
 相手のサーブをリターンする、お互いにストロークが続く。
 そして相手がちはるさんのバックを狙い、ネットにつめて来た。
 読んでいた。
 フォアに回り込み気合と共にラケットを両手で振りぬく。
 伸ばしたラケットの横をボールが通り過ぎていく。
 そして･･･
「ゲーム＆セットマッチ 先負高校 スコア イズ シックス トゥ」
 相手と握手をしたちはるさんに皆が集まっていく。
 ちはるさんは笑顔で片手を挙げて皆を迎える。
 県大会の壁を破り、ちはるさんは無敗のまま全国大会出場を決めた。



 全国大会二日前の夜、俺はちはると二人で俺のアパート近くの公園を散歩し
 てた。
 明日は大会が開催される○県に泊まる。
 合宿の時程じゃないけど空は綺麗で満月が輝いていた。
 今日も誰かの思いを伝えてるのか、月光は何を祈っているのか？
「いよいよ全国大会なんだね」
「うん、そうだね」
 ブランコがキコキコ言ってる。
「和紫は応援に来てくれるの？」
「日曜日は行けるよ。頑張って初日を勝ち抜いてれば応援出来るね」
 決勝は３セットマッチになる為二日にわけて行われる。
「そっか、じゃあなんとしても勝ち残らないとね」
「俺も応援したいしね」
 ちはるは微笑んで唇を重ねて来る。
 俺は彼女の綺麗な髪に指を絡ませ、そっと抱き寄せる。
 筋肉を感じるけれど、それよりもほっそりとした腕や体にいつも驚く。
 彼女は震えていた。
「どうしたの？」
「恐いよ、皆の前では強がってるけど、負けちゃいけないってプレッシャーに押
  しつぶされそうになるの」
 ああ、やっぱり彼女もプレッシャーと闘ってたんだね。
「個人戦の時には感じなかったけど、皆の代表で試合をしているんだなって思う
  とね、誇りにも思うしその分期待みたいのを感じるのよ」
「うん」
 俺は聞いてあげる事しか出来ない。
 そのプレッシャーを克服出来るのは彼女自身しかいないのだから。
「大丈夫だよ、ちはるは勝てるよ」
 上手い言葉が出てこない自分をうらめしく思った。
 しばらくして彼女は俺から体を離して、大きく深呼吸した。
「絶対勝つから、和紫応援に来てね」
「ああ、絶対行くよ」
「私も和紫が応援してくれればきっと負けないよ」
「そうだよ、俺もちはるが応援してくれてから負けてないんだから」
「うん、任せてよ」
「頑張れ！」
 笑顔の彼女を見る。
 大丈夫、負けやしないよ。

 二日後、電話があった。
 先負高校は勝ち残ったようだ。
 俺は応援に行く為土曜の夜だけど早々と眠りについた。

 次の日、予想通り迷いながら俺は会場についた。
 良かった、まだ試合は始まっていない。
 俺は先負高校の皆の所へ行き応援する事にした。
 試合が始まる。
 俺は声がかれるまで応援した。
 相変わらずちはるさんは無敗のようだ。
 そしてとうとう決勝まで勝ち残った。
 決勝戦の前にちょっとだけちはるさんに会えた。
「応援来てくれたんだね」
「勿論。ひろとかも連れてこようと思ったけど朝早いしね、一人で来たよ」
「私は和紫が応援してくれれば、それで満足よ」
「うん、応援してるから頑張れよ」
「大丈夫、ここまできたのだから負けはしないわ」
「じゃあまた後で」
「うん、絶対勝つね」
 自信に満ちた彼女の声を聞いた俺は、その言葉が実現される事に疑いを持たなか
 った。


 そしてとうとう彼女達はやってのけた。
 全国制覇という夢を。
 ちはるさんが勝った時ほとんどの子が泣いていた。
 ちはるさんは笑顔だった。
 本当におめでとう。
 俺は皆と練習出来た事を誇りに思うよ。
 最後まで無敗だったちはるさん、やっぱり凄いよ。

 今日の感動はずっと忘れないよ。

 椅子に座り机の上を見ると私と和紫が笑ってる。
 引き出しを開け、映画のチケットや和紫との思い出の品をまとめたケースを取り出
 す。
 中を見ると色んな出来事を思い出す。
 和紫を好きだと気付いた日の事。
 彼が月明かりのもとで泣いた事。
 遊園地で初めてデートした事。
 初めてキスした事。
 一生懸命練習に付き合ってくれ、大会ではいつも応援してくれた事。
 クリスマスにはちょっとだけお酒を飲んだ事。
 初詣の時、来年も私といる事をお願いしてくれた事。
 ＡＹＡのコンサートに一緒に行った事。
 初めてケンカした日の事。
 あの時は和紫があやまったっけ。
 バレンタインのプレゼントには俺と本気で試合をして欲しいと彼が言った事。
 そう言えば初めて負けたのはあの日だったね。
 ･････色んな事があったね。とっても充実してた毎日だった。
 そして夢が叶おうとしている、けれど････


 今日も授業が終わり、いつも通り部活へ出る。
 顧問の先生に呼ばれる。
 またあの話だ。
「まだ結論は出ていません」
「そうか、まあゆっくり考えろ。ただ大きなチャンスという事を忘れるな」
「はいわかってます。失礼します」
 あまり集中出来ずに部活が終わってしまう。
 最近ずっとこうだ。
 このままじゃいけない事はわかっていた。


 ３月１４日、部活の後和紫とでかけた。
 いつもなら幸せで楽しい時間、でも心が沈んでる。
 ごめんね和紫。
 折角私の為に予定してくれてたのに。
 和紫はまっすぐに家に帰らず、私を公園に連れて来た。
 私と彼がでかける時は、不思議とお月様が良く見える日が多かった。
 今日も綺麗に儚げに輝いている。
「さあ、ちはる話してよ」
「え？」
「ちはる最近ずっと変だよ、何か悩み事でもあるんだろ」
 やっぱり気付いていたんだ。
 半分嬉しく、半分悲しかった。
 和紫に話さなくてはならないから。
「なんでもないよ、最近ちょっとふとっちゃっただけよ」
「嘘だ」
 いつになくきつい口調。
「俺で良ければ相談に乗るよ、････それとも俺には話せない事なのか」
 声に悲しみの響きが混ざってる。
 違うよ和紫、誤解しないで。
「そんなことないよ、ただね････」
 そこから先が言葉にならない。
 だってきっと恋愛のルール違反だから。
 沈黙が続いた。
 どれくらい時間が経ったのだろう、私は泣きそうになっていた。
 和紫が私の肩をつかんだ。
「俺に何が出来るかわからないよ。でも俺はちはるの彼氏なんだから、なんでも自分
  に押し付けないで俺にも頼ってよ」
 言い終わって優しく微笑む。
 それって確か私があなたに言った言葉。
 そしてなんて優しい笑顔。
 彼の胸にしがみついて泣き出した。
 優しく抱きしめてくれる。
 初めて彼の前で涙を見せた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 何度も繰り返した。
 和紫は黙って私を抱きしめていてくれた。

 落ち着くと和紫が目で促す。
 私を覚悟を決めた。
 いつかは必ず話さなくてはいけない事。
 それによって和紫がどう変わっても彼を攻めはしない。
 一度深呼吸をする。
 そして、
「私ね、アメリカに留学するかもしれないの」

 私は和紫の顔を見る事が出来なかった。

 次の日は学校を休んだ。
 和紫はわかったと一言だけ言った。
 そこから先の言葉を聞くのがとても恐かった。


 今日ちはるは学校を休んだ様だ。
 俺は部活には出ないで帰った。
 夜になり公園に行った。
 ブランコに腰掛ける。
 俺は彼女になんて言ってやればいい？
 プロのテニス選手になるのが夢だって言ってた。
 夢を叶えて欲しい。
 けど離れ離れになるのは嫌だ。
 ならどうすればいい？
 答えは一つだった。
 一つのはずだった。


 二日は休めずに学校に行った。
 部活で和紫に会った。
 話しかけづらく、殆ど話さなかった。
 やっぱり駄目なの？
 私が自分の夢の為にあなたと離れてしまうから？

 そんな日々が続き、いよいよ決断をしなければならない日が近づいて来た。
 そして終業式の日に和紫から手紙が届いた。
 今日の夜会って話がしたいと。
 最後のデートになるかもしれなかった。


 待ち合わせの時間の３０分前には公園に着いた。
 和紫ももう来ていた。
 私を認めるとゆっくり歩いて来た。
 正面に立ち私の顔をまっすぐに見る。
 恐い！
 聞きたくない！
 でも聞かなくてはならない。
 和紫が何を言っても受け止めなくてはならない。
 いよいよ和紫が口を開いた。
「ずっと待ってる。ちはるが夢をかなえて戻ってくるまで信じて待ってる。会えなく
  たっていい。俺はずっとちはるの事を好きでいるから。だから自分の夢を捨てない
  で」
 ･･･泣き出していた。
 私をそっと抱き寄せてくれる。
 唇を重ねる。
 今までで一番熱く長いキス。
 嬉しかった。
 幸せだった。
 私は本当に素敵な人を好きだったんだ。
 彼の顔を手のひらでなぞる。
 幼さが残るけれど、とても素敵な顔。
 髪に触れる。
 癖の少ない柔らかい髪が気持ちいい。
 心が満たされていった。
 そして決心した。
 涙が止まらなかった。
 それは嬉しさの涙。
 喜びの涙。
 ･･････そして別れの涙。
 私はもう大丈夫。
 あなたの言葉を胸に頑張って行ける。
 だからあなたは自由になって。
 私の気持ちに縛られないで。
 もっと沢山恋愛して、もっと素敵な人になって。
 そして私よりもっと素敵な人と幸せになって。
 もう一度唇を重ねる。
 それは別れのキス。
「さようなら････和紫。あなたと一緒にいた時間を忘れる事はありません。
  本当に幸せでした･････」


 いよいよ出発の日。
 パパとママも一緒に来てくれる事になった。
 草薙君、黙って行ってしまう事を許してね。
 あなたに会うと決心が鈍りそうだから。
 その代わり手紙を一通残していきます。
 あなたなら私の気持ちをわかってくれると信じています。

 学校の皆、部活の皆、そして草薙君、さようなら････。

 体を無気力が支配しようとする。
 なんとかそれに抗う。
 ちはるさんの手紙を読んでから一週間が経っていた。
 読み終えた時、呆然とし涙があふれてきた。
 ちはるさんの家にも行ってみた。
 彼女にもう会えないという事をすぐに実感した。
 二日間はなにもせずにただ泣いていた。
 俺が月を見上げている時、ちはるさんの頭上には太陽が照っているのだろう。
 俺の月とちはるさんの月。
 同じ輝きを放つ事はないように思えた。
 けれど手紙をもう一度読み直し、
「きっと私の気持ちを解ってくれると信じています」
 今はまだ解らない。
 でも解らなくては、ちはるさんはそう信じてる。
「傷ついてもあきらめない情熱を抱きしめて
  いつまでも夢を追い続ける」
 ちはるさんが好きだったＡＹＡの歌だ。
 ちはるさんは自分の夢に向かっている。
 俺も自分の夢に向かわなくては。

 本当に彼女の事が好きだった。
 この胸の痛みはその証。
 流れる涙はその思い出。
 けれど明日には涙がとまるように。
 それが自分にとって、彼女にとって現在を生きているという証だから。
 そして、またいつか誰かを愛するように････。

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