幸福の場所 #1

幸福の場所　#1　 <Encounter>

　　　　　　　　　　　　　　　story by くだから

 はっと目を覚ます。
 時計に目をやるとまだ６時３０分を指していた。
「目覚し時計に勝っちゃったな･･･」
 そんな事を呟きながら軽く伸びをしてみる。
 カーテンをあけてみた、どうやらいい天気になりそうだ。
 寝直す時間はないからな、しょうがない早めの朝食を食べてしまおう。
 俺は朝から良く食べる。味噌汁を作り、ご飯をよそい、コンビニで買っておいたおか
 ずをレンジであたためる。
 朝のニュースを見ながら３０分程で朝食を済ませる。
 一息いれた後シャワーを浴びた。昨晩浴びたばかりだがまあいいや。
 髪を乾かせ服を着る、それは新しい制服だった。ちょっと緊張してるのがわかる。
 中学がブレザーだったから学ランは初めてだった。
 白いワイシャツを着てズボンを穿き学ランを着る。
 カラーがちょっと苦しい。
 そんな事を思いながら髪を整え、歯を磨く。
 時計に目をやるともう８時になっていた。
「早起きして遅刻したら馬鹿だな、しかも高校生活初日から」
 呟いて俺はバッグを背に家を飛び出した。

 外はまだちょっと寒く感じられた。
 俺は自転車で家から１５分程の所にある先負高校へ向かった。
 学校に近づくにつれ期待と不安が増していくのがわかる。
「今日から高校生なんだよな」
 知らずの内に独り言が口をつく。
 いよいよ学校についた、うわーどんどん緊張してくる。
 自転車を駐輪場にとめ、取り敢えず掲示板へ向かった。
 そこには新一年生のクラスわけがあるはずだった。
 掲示板はすぐに見つかった、沢山の新一年生がいたからだ。
 俺もその中に加わり自分の名前を探した。１組から８組まであるようだ。
 １組から順に探していくと･･･あった！
                ･
                ･
  ４組 １８番     草薙 和紫
                ･
                ･
 合格発表の時に自分の名前を見つけた時の様な喜びを感じる。
 俺は４組の集合する教室を見てその輪から離れた。なんせ地元じゃない高校に進学
 した訳だから、残念ながら知り合いはいなかった。俺の住んでた所は地元の高校に
 進学するのが当たり前だったんだ。
 まあそれは兎も角俺は１０４の教室へと向かった。下駄箱はまだどこでもいいよう
 だった。
 ちょっと方向音痴な俺は迷いながらも１０４の教室の前に立った。一回深呼吸して
 ドアを開ける。
 ガラッ･･･。教室の中の目が一斉にこちらを向く、うわーなんともいえない空気だ。
 でも皆すぐ目を戻す。それから雑談をする人もいた。ほとんどの人は黙っていたけ
 ど。
 俺は１８番のカードが貼られている机を探してそこにバッグを降ろし座った。
 フーと一息つき、さてどうしようと思った時、
「お前かっこいいなー、彼女いるだろ？」
「は？」
 いきなり横の席の奴から話しかけられた。
「なあさとみもそう思うだろ？」
 今度は後ろの女の子に話しかけてる。何だこいつは？
「あんたねー、初対面の人にそういう風に声かけないよ普通。相手の子も何だこいつ
 って顔してるよ」
 そう言ってからこっちを向いて、
「はじめまして、私は黒川 さとみ、こいつは水波 卓郎。これからよろしくね」
 ちょっとボーイッシュな感じのする可愛い女の子だ。
 俺は戸惑いつつも
「あ、俺は和紫（かずし）草薙 和紫。よろしく」
「和紫かー、かっこいい名前だな。俺は卓郎、こいつはさとみって呼んでくれよ」
 妙に元気のいい奴が話に戻ってきた。けどなんかいい奴に思える。
「俺も和紫でいいよ、よろしく卓郎、さとみ･･･」
 初対面の女の子を名前で呼んでいいのかな、気を悪くしないかな？
 彼女はそんな俺の考えに気付いたのか、クスッと笑い
「うん、よろしくね和紫」
 ･･･良かった。
 卓郎がまた俺に話しかけようとした時ドアがガラッて開いて先生が入ってきた。
 女の先生だ、若いし綺麗だけど何かちょっと恐そうだぞ。
 先生は黒板に名前を書きこちらに、生徒のほうに向き直った。
 教室は静まりかえっていた。
「おはようございます、皆の、４組の担任の芹沢 よしこです」
 凛とした声が教室を通り抜ける。
「皆さんの高校生活が今日から始まります、期待や不安で胸が一杯だと思いますが
 これからの学生生活を悔いの残らぬ様過ごしてください」
 何かいい先生っぽいぞ。
「さてこれからの予定表を配りますから、皆さん一枚ずつ取って後ろに回してくださ
 い」
 前の知らない人からプリントを渡される。それを知らない後ろの人に手渡す。

 新しい生活の始まりを実感していた。

 高校生活が始まって最初の一週間はあっというまだった。
 訳あってこの春から一人暮らしを始めたのが、それに拍車をかけた。
 まあ忙しかったけど友達も少しは出来た。
 もっとも普段一緒に居るのは卓郎とさとみが多かったけど。
 不思議な二人だった。
 いままで僕が出会って来たどの人とも違っていた。
 特に卓郎はとにかく元気だった。まるで疲れなんてしらない様だった。
 さとみは卓郎のペースになれているようだった。
 やっぱり同じ中学出身なんだろうな。
 そんなこんなで日々が過ぎていった。

 そうして桜が散ってしまいそうな頃、俺達は重要な決断を一つしなければならない。
 それは部活動だ。
 どうも卓郎とさとみは帰宅部を決め込んでるらしい。
 けど俺はテニス部に入りたかった。子供の頃からやっていたので続けたいんだ。
 だから放課後いつもは２人と喋っているのだが、今日はテニスコートへ見学に行っ
 た。
 コートは全部で８面あって３面を男子、５面を女子が使っていた。
 男子の方は人数が少なかった、全員で１５人位しかいない。
 それに比べて女子は多かった。
 後で聞いたんだけど、女子テニス部は結構強豪らしい。
 見学に来ている人数も全然違ってた。
 ちょっと苦笑して近づくと知ってる顔がいた。
 あの人は確か･･･
「坂上君？」
 声をかけてみるとやっぱりそうだった。
 彼も俺の事に気付いたようだ。
「えーと確か和紫君だっけ？」
 疑問形になってる。
 まあしょうがないか。彼とは一度会っただけだから。
 彼の名は坂上 一哉。
 違うクラスなんだけど卓郎やさとみと知り合いらしく、放課後喋った事があった。
「坂上君はテニス部に入るの？」
「うーん、悩んでる。テニス部に入りスコートの女の子を見るべきか、それとも水
 泳部に入り水着姿の女の子を見るべきか･･･」
 独り言の様に言ってる彼を見て、卓郎が「一哉ってすげえ女好きだぜ」って言って
 た事を思い出した。
 おもわず笑ってしまった。
 それを気にした風もなく
「そうだ、和紫君。明日一緒に水泳部の見学に行こう！」
「は？」
 俺は誰かに話しかけられた時と同じリアクションをしてしまった。
 なぜ俺が水泳部の見学に行かなくてはならないんだ？
 俺はテニス部に入るつもりなんだけど。
 反論する間もなく
「よし、明日ここで待ってるからね。じゃまた明日ー」
 と帰ってしまった。
 俺は呆気にとられ、そして「卓郎の知り合いだからな」というよくわからない結論
 で納得してしまった。
 まあ明日の事は兎も角もうちょっとしっかり見学しなければ、大事な事なんだから。
 気を取り直し見学するが･･･どうもよろしくない。
 ひどい言い方だがうまくないのである。
 勿論何人かはうまそうな人もいるのだが、全体的レベルはちょっとね。
 寂しくなって女子の練習に目をやると、あれ？男子が混ざってる。
 目を凝らしてよく見ると知ってる人がいた。
 けどこの知ってるは先ほどとは意味が違った。
 有名人を知っているという意味だった。
 相手の男子に打ち負ける事なくラリーを繰り返す彼女は、俺の憧れであり女子テニス
 界期待のホープだった。
「佐久間 ちはる･･･」
 自然と声がでる。
 昨年高校１年生ながら全日本選手権でベスト８まで進出した凄い人なのである。
 よもや先負高校にいたなんて、その試合を見に行っときながら情けない。
 じゃああの相手をしているのは男子部員のうまい人達なのか？
 俺は興奮してきた。もしそうならテニス部に入る価値は充分すぎる程ある。
 その日は帰ってからもしばらくは興奮がおさまらなかった。

 次の日、もう心は決まっていたけど一応水泳部の見学に行った。
 なぜか卓郎も一緒だった、帰宅部を決めてるはずなのに。
 ほどなく理由はわかった。
 可愛い女の子だった。
 どっから情報を入手したのかわからないけど、俺は２人に連れられていった。
 そして彼女はいた。
 彼女を見つけた時、
 卓郎は小さく口笛をふいた。
 坂上君はニヤリと笑った。
 そして俺は驚きの表情に染まった。
 彼女の名前を知っていた。
 昨日の知っているとはどちらとも違っていた。

 色々な人とこの春は出会う。
 いままで出会った事がないタイプの人との出会い、憧れていた人との出会い、そして
 出来る事なら会いたくはない人との出会い。
「桜木･･･舞」
 俺は二人に聞かれないようにそっと呟いた。

《幸福の場所 #2 へ続く》

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